魔の探求者編 1
「大丈夫かマドモアゼル。この有事に魔の探求者に会えたこと、己が幸運を誇りに思え」
なんだかかっこいい人に助けられた。
「無事か?」
「あ、は、はい」
やだ、声までかっこいい。
後ろ姿じゃ顔が伺えないけれど、随分背が高くて、体格も良さそう。
「下がっていろ」
「あ……」
真っ黒な髪とは対照的に純白のコートに身を包んだその男の人は颯爽とあたしの前に躍り出てかっこいいポーズを決めた。
主観評価でしかないのでその度合いを計ることは難しいものの、無理矢理表現するなら稼動している扇風機の羽を素手で掴みながら「俺が台風を……止める!」って言うくらいのかっこよさ。
超かっこいい。
「迷える子猫を邪の道へ誘う行為……許されるものではない」
「てっ、てめぇは一体何者だ!?」
「我こそは鮮血の伝道師、漆黒と紅の悪魔。闇より深き闇を知る者……」
「せ、せん……?」
わぁすごい。
あたしを襲おうとした賊の方が圧倒されている。
あと、さっきは魔の探求者って言っていたのにこの僅かな間に鮮血の伝道師へと二つ名が変わっている。不思議。それも次の一瞬で闇より深き闇を知る者に進化している。不思議不思議。
闇より深い闇に固有名詞はついていないのかしら。
ならあたしが付けてあげようかな。
「罪深き暗闇……」
「む……? ふふ、その通り、我は罪深き暗闇よ」
あ、答えてくれた。嬉しいな。
ついでにあたしの方を振り向いてくれた。
目元を少し覆うくらいに伸びた前髪、そこから覗く暗い瞳。鼻は高く右耳にはピアスが光っている。でも耳自体は髪でほとんど隠れてる。
革のコート越しでもわかる体つきの良さに比べれば少し顔は細身を想起させる印象。
お髭はない。清潔ね。
「さぁ二択だ選べ。このまま我に免じてこの場を去るか。はたまた」
「なぁに抜かしてんだてめぇ!?」
「急にでしゃばって意味わかんねぇこと言ってんじゃねーぞこら!? 死にてぇのかあぁん!?」
ここは街道の半ば。
『エクシー』の町から王都『テクサフィリア』まで続く果てない道をあたしは一人歩いていたんだけど、偶々通りかかった、そういう二人組に絡まれてしまい困っていたところに助けが来た、そんな場面なの。
エクシーからテクサフィリアって随分と距離があって、普通に女の子のあたしが普通に歩いていると二ヶ月はかかっちゃうくらい。むしろ歩いて二ヶ月って距離は世界からすれば短いのかもしれないけどね。
絡んでくるのも一人くらいならどうにかできそうなものの、男性お二人いらっしゃるとさすがにあたし、何もできない。
それにこの道を徒歩で進む人なんてそうそういないから助太刀とか全然期待できなくて、自分一人の力で切り抜けようかと考えていた矢先にこのかっこいい人が後ろから登場してくれたのでとっても安心。
「退かぬならば、仕方ない。相手をするより他に、道はないらしいな……これもまた、定められし運命というのならば、俺は天からの声を受け入れよう」
「だから意味わかんねぇっつってんだろうがよぉ!!」
「やんのかごらぁ!!」
わわわわ。
賊の一方が短剣を、そしてもう一方が袖を捲って臙脂色に煌めくバングルを見せ付けてきた。
背は助けてくれた人の方が高いから威圧感って意味では負けてないけど、やっぱり二体一の状況はよくない。
よくないよね。
よくないです。
よしよし。
あたしの行動、決定。
あたし、一歩前に出て、白コートの男の人に並ぶ。それで眉間に皺を寄せて怖い顔してる賊二人をキッと睨み返してやる。
「ん、おいおい嬢ちゃんなんだやっぱり俺達と一緒に遊ぶことにしたのかい?」
「それともなんだぁ? 嬢ちゃんも一緒に痛い目に遭いたいのか?」
まったく、小者らしい発言を繰り返してくれるよ。
そんなのちっとも怖くないんだから。
ううん、本当はちょっぴり怖い。
怖いけど、一人じゃなければ、頑張れる。嘘をつける。虚勢を張れる。勇気を出せる。
「ち、が、い、ま、すぅ! 二人と一人じゃ不公平だから、あたしもお手伝い!」
顔を顰める男性三人。
うん、そりゃあ相手は勿論、助けに来てくれた人もびっくりだよね。ごめんなさい。
でもあたし、この状況で黙っているなんてこと、できない。
「ふぅっ」
一息。
それで、あたしは羽織っていた長く膝下まで伸びたポンチョの、首元のボタンを外す。はらりとベージュを基調として葉っぱの模様がネイビーに彩られたそれが地に落ちる。
腰に手を回してあたしは三本の杖の中から【月繋ぎの杖】を掴んで正面に構える。
「む……綺麗な杖だな……只ならぬ魔力の発現を感じる」
「わかりますか。その通り、これは【月繋ぎの杖】というのです」
「なるほど妖しく美しい響きだ……ただ闇に誘われしメートヒェンというわけではないらしい。しかし、それでどうするつもりだ」
杖の名前は自分でつけた。どうやら彼はあたしのネーミングセンスってものを理解してくれるみたい。
エクシーの町にいた頃なんて、クローツくんにもアリちゃんにも白い目で見られたからなぁ。
ちょっぴり嬉しいかもしれない。
あら、でもまた賊さんを無視してしまったかもしれない。しれないしれない。
「ちょっといい杖持ってんじゃねぇか譲ちゃんよお。それで俺達を倒そうってか? やめときな怪我すんぜ」
「おい相棒、もうこいつらに一回目に物見せてやろうぜ?」
「は、それもそうだ、な!」
「む……!」
短剣に火が灯る。
バングルがドクンドクンと鼓動する。
「【|フレア(炎)】」
「【|ギガント(巨人化)】」
二つの詠唱が耳に届く。
とってもわかりやすい魔法だ。
――どっち、が。危ないかな。うんと。
度合いがよくわからないけど、たぶん、なんとなく、【炎】のほうかな。よし、そっちにしよう。
呟く。
魔法の言葉を。
「――【月の光】」
あたしは杖を握る力を強くする。
大きな木から削ることで造られた、あたしの背の半分に満たない大きさのこの杖を右手に持って、左手は正直行く当てがないので適当にポーズ。示指と中指を揃えて立てて、唇に当てておく。ホントに全く意味はないのだけど、ちょっとかっこいい。
別にあたしが強く握ろうがどうしようが、目の前の短剣やバングルのように光ったりはしない。しないけど。
でも、もう魔法は発動してる。
「おい兄弟どうした、火が消えてるぞ」
「……あぁ? な、なんだおかしいぞ相棒。俺ぁちゃんと発動した、はず……」
「おいおい頼むぜ兄弟」
「ほう」
うん。
間違ってない。
発動はしていた。
彼の魔法、単純明快で誰でも最初に覚えるらしい火の魔法は彼の内側にある魔力を使って発動されていた。
だから。
「あたしの魔法は、あなたのそれよりも強かったみたいですね」
言ってやる。
はっきりとね。
ふふん。
どうだ驚いたか面食らったか仰天したか。空、仰いだ?
「チョーシこいてんじゃねっ……!?」
「なっ、一体何がどうなってん、だ、よ……」
仰いでない。
残念。
って、あれ。なんだこれなんだこれ。
あたしにもわかるほどの膨大な魔力、強力な魔法の予兆、圧倒的すぎるほどの覇気の放出。
これって、あたしの、すぐ……隣から?
目の前の二人が完全にびびって数歩、下がっていく。
う、あたしもちょっぴり、離れたい、かもなー。
正直あたしがこれまでに見た中でも一番か二番にすごい魔法が放たれようとしている、と思う。
たぶんその辺のやんちゃな不良に対して使う魔法じゃ、ない。
ダ、ダイジョブカナー。
「お、おほいおいおいおいなんだお前急に魔力が高ぶってないかおい」
「きょ、兄弟こいつ、やべぇんじゃねぇのか!?」
「我を恐れるなよ……ふ、恐怖に足を掬われた者から、散るぞ?」
「「ひぃっ!?」」
おぉー超かっこいい。
なんてイケメンなんだこの人。
どうしよう渋くて低音ボイスな語り憧れちゃう。
「よーく、目を凝らせ、逸らすな、見ろ、我が力の演舞を……【虹炎奏】」
そう詠唱してあたしの隣の彼は左手に、炎で出来た紫色の槍を構えた。
紫色、と言えば虹の七色の一番内側の色。とはいえ、国によっては七色じゃなくて六色だったり、場合によっては二色しかカウントしないところも逆に八色カウントする地域もあるとか。
うーんそうねぇ。
あたし、七色なんてまったく細かいなぁと思うけど、やっぱり二色は大雑把すぎるかなって。
なるほど彼は虹色に輝く炎の槍【虹炎槍】なる魔法を使うみたいだ。
てっきり溢れる魔力から考えるに、天まで伸びて山をぶった斬ってしまえるような巨大な剣を出したりするのかと思いきや、意外とサイズは普通くらい。
だけど、なんって密度なのかしら。
じっと見つめているだけで吸い込まれてしまいそう。
「さぁ、どうする……?」
「「ほんとすみませんでしたーっ!!」」
「は、あ、お、おぉ?」
あら清らかな土下座。
あんな土下座見たことないわ。
ほらもうお隣さんが困ってるじゃない。せっかく凄い魔法使ったのに。
「「もう勘弁してくださいもう悪いことしませんからー!!」」
期せずして感想がど被りしてしまった恥ずかしい。もうもう言い過ぎたかな。
でもまぁ、謝っている人を相手に対して攻撃を加えるような人ではないみたいで、ものの十秒で紫色の槍は空気に紛れて消えた。
「悪に手を染めるには相応の覚悟が必要となる……己よりも凶悪な存在に喰われる覚悟がな……なるべく、悪いことはするな」
「「はっ、はいっ!!」」
「あ……」
そそくさと悪党二人が逃げていく。
うーむ。
この場を離れてもらえたのはいいことだけれど、あっち走ってってエクシーの町に行くようなことがあったらどうしよう。
大丈夫かなぁ。この一瞬で改心するとも思えないし。
ま、まぁなにかあればクローツくんとアリちゃんもいる、かな。うん、それなら安心かもしれない。
って、それよりそれより。
「あの、ありがとうございました!」
そ、なによりお礼言わなきゃ。
助けてくれてありがとうございました。
なんだかちょっぴり昔読んだ絵本の展開みたいでわくわくしちゃう気持ちもあるけど、そんなことはちょいと横に押しやりまして。
きちんと言うべきことは言わなきゃですね。
「ありがとうございました。あたし、あんまり喧嘩とかは得意じゃなくって」
「礼など要らん。闇に染まっても良い人間はごく僅か、限られている。君ではない」
「ふふ、君、なんかじゃなくってさっきみたいにお嬢さんとか少女って呼んでください」
「ふふ……メートヒェンよ、素晴らしい心意気だが、さてしかし我は本来陽の下を歩けぬ身分故、ここで袂を分かつのが必然であり、これ以上我と関わりを持つことはメートヒェンの損失に繋がり」
「あの、これからどちらに向かうんですか? あたしの後ろから現れたんならきっと王都へ行くんですよね? ならそこまでご一緒しましょうそうしましょう是非是非お話聞きたいです闇の世界のお話っ!」
「…………お、おい?」
「あたし、アオイ!」
「お、わ、我は……」
「あなた、何て名前? あ、二つ名はもう聞きました。魔の探求者で鮮血の伝道師、漆黒と紅の悪魔で闇より深き闇を知る者!!」
「ぬん」
「あうっ」
ぬんってされた。
なんでかしら。
「我は……ブラックシュバルツ」
「それ意味一緒!」
「……ふふふ、真名を知りたいならば仕方があるまい。よく聞け我が名は――」
あ、さっきの賊の人、巾着落としてる。
「なんだろこれ?」
「――――――っ!!」
あら、なんだろうなぁ。綺麗な宝石。この黄緑に近い碧色はそうねぇ、エメラルド、と、いうよりはペリドットかしら。
にしてもこんなに沢山、巾着いっぱいの宝石なんて、どうして持っていたんだろう。私物だったら困るんじゃない。お幾らになるのか想像もつかない。
たぶんあたしが一生の稼ぎを注いでも到底及ばないだろうなぁ。
うーむ。
「あそうだ、ごめんなさい、あなたのお名前!!」
「……王都へ、行く」
「えっ、あのっ、えっ?」
「行くぞ」
「えぇっ? ちょっと魔の探究者? ねぇってば」
何故かあたしのことを無視してすたこらさっさと進んで行っちゃう魔の探求者。
何故に?
真名を教えちゃいけない決まりもあるのかしら。
はっ!!
そ、それなら仕方ない!!
確かに、真名を解放してしまうことで彼の真なる闇の力が今ここで顕現してしまったらあたしにはどうすることもできない。
そんなことまで考えてるだなんて、素敵!!
では気持ちを切り替えて。
「じゃあ行きましょ。王都、テクサフィリアへ!」
「……あぁ」
あたし、魔の探求者のすぐ横に並ぶ。
大きな背に、大きな歩幅。
頑張って歩調を合わせる。
目指すはまだまだ遠く、王都『テクサフィリア』。
きっと不思議な出会いが、待ってると思う。
あたしこと、アオイの旅は始まったばかりなのです。




