2 冒険者になろう
「九八、九九、一〇〇!!」
俺は修練の倒立腕立て伏せを終えると、一息ついた。
「目玉焼きが焼けました!!」
シルビアが嬉しそうに台所から顔を出す。
ようやく卵をきれいに割れるようになり、なんとか目玉焼きに見える代物をお皿に盛ってシルビアが食卓に乗せる。
俺は自分が用意していたサラダを盛り付け、『俺が炊いた』ご飯を盛り付け、一緒に食卓に着く。
「「頂きます♪」」
二人で合唱して朝ごはんを食べ始める。
今日でここに来て一週間目だ。
チート能力養成ギブスを付けて特訓したおかげで、そろそろ仮面を付けることで世界を廻るたびに出ても十分対応できる力が身に付いたらしい。
そして、一週間俺が徹底指導したことで、駄女神様が料理・掃除・洗濯が人並とはいかないまでも、一応形だけでもできるようになった。
女神の館に入った時は心底ビックリしました。まさか、女神の神聖な家…のはずが、ほぼゴミ屋敷に近かったですから!!!
さらに『魔法で料理を作ってくれる』と言われて、目の前に出現した料理を見て、さらにビックリしましたから!!!
『料理魔法』でどうしてカップラーメンが出現するのかと?!!!
なんでも、女神自身が作れる料理しか魔法で作れないのだそうで……ここはファンタジー世界なのになんでカップめん?!!という点もさることながら、日ごろのこの駄女神様の生活、特に食生活はどうなっていたの?!!と突っ込みどころしかありませんでした。
ということで、俺自身の修練以外の時間は『ほぼ全て駄女神様の生活指導』の時間と相成りました。
俺ん家は両親が共働きで、三つ下の弟と五つ下の妹がいるので、料理を含めた家事全般を俺は手伝わざるを得なかったのだ。
いや、小さいころはともかく、二人とも大きくなるにしたがって、積極的に家事を手伝ってくれるようになったのだ。
おかげで弟の光男や妹の花蓮の方が駄女神様より明らかに家事全般ができる上にしっかりしているんだけど…。
ついでに言えば、光男は俺よりイケメンで、俺より運動神経がよく、俺より成績がよく………性格も控えめで優しいので、気付かなかったけど、俺のようがダメ兄だよな…。
花蓮は超元気少女で、でも家事もよくやるしっかり者だったので、駄女神様よりずっと精神年齢が上のような気がする…。
最近は料理に夢中になって、積極的に夕食や弁当を作ってくれるようになったので、ついつい花蓮に頼って……ええと、俺ももう少し料理をやるようにしないとな…。
駄女神様の惨状を見ていて、俺自身の至らなさも逆に見えてきたな…。
「ふっふっふっふっふ♪これで私もなんとか料理魔法で、カップめん以外にトーストと、目玉焼きとサラダとご飯ができるようになったのですよ!褒めてください♪」
……ええと……トーストはトースターでパンを焼けるようになっただけだし、ご飯は炊飯器でご飯を炊けるようになっただけだし…。サラダは野菜を切って盛り付けるだけだよな…。
トースターとか、炊飯器を他の世界からファンタジー世界に仕入れている時点で反則としか言いようがないのだけれど、それすらなしにしたら、駄女神様が本当に何も作れなくなっちゃうよな…。
ここは広い心で大目に見てあげよう!!うん、そうしよう!!
朝食を取ってしばらくして、俺たちは女神の箱庭から一番近い町、スタートの街の冒険者ギルドに向かっていた。
シルビアは時々この町で買い物をしているそうなので、いくつかの店では顔なじみらしい。
屋台のおばさんに声を掛けられてニコニコ対応していた。
『少し話しただけ』だと愛想のいい美少女なので、彼らは騙され……ごほんごほん!駄女神の本質までは見抜かれていないらしい。
俺たちはシルビアも来るのが初めてだという冒険者ギルドの扉をくぐって中に入った。
俺は皮鎧に短剣とナイフを持つという軽戦士風の格好。シルビアは『世界維持の女神シルヴィオの神官』という触れこみの出で立ちをしている。
『自分自身の神官』をやっている形になるのだ。
名前がほぼそのままじゃないか?!と聞いてみたら、『女神さまにちなんだ名前を付けてもらいました…でごまかせているから大丈夫』とニコニコしながら返答された。
中に入るといろいろな冒険者でごった返していた。ここの支部は周りに『魔の森』や『地下迷宮』がいくつかあるせいで、街の大きさの割にはギルドのメンバーが多いのだそうだ。
「お前さんたち、初めてみる顔だな。」
人相の悪い皮鎧の大男がニヤニヤしながら俺に向かって声を掛けてきた。
周りの空気がそれを見てざわつく。雰囲気からして、ある程度のベテラン冒険者らしく、しかもかなり敬遠されているようだ。
どうやら『初心者に対する洗礼』というやつらしい。
「ええ、今日冒険者登録しようと思うんです♪」
ニコニコしながらシルビアが答える。
えええええ?!!全然空気読んでねえよ!!
「へえ、そうかい。じゃあ、そんなひょろい兄ちゃんとじゃなくて、ベテラン冒険者の俺たちをパーティを組まないかい?」
髭の戦士風の男と、少しやせた金属鎧の男がニヤニヤしながら近づいてくる。
「いえ、仲間はもう間に合っていますので、大丈夫です♪」
シルビアが一ミリたりとも空気を読まずにニコニコと言い切っている。
うん、ある意味勇者だね。
「おいおい、せっかくの俺たちの誘いを断ろうというのかい?」
「その通りだ。俺たちにはこれ以上仲間は必要ない。」
本格的にシルビアに絡んできそうになったので、俺が男たちの前に立ちふさがる。
二人とも確かにそこそこの強さの冒険者のようだ。
今の俺はギブスでの特訓のおかげで、相手のオーラを見ただけでおおよその強さがわかるようになった。
ここに来たばかりの俺では厳しいくらいの相手だったが、今の強化された俺なら仮面をかぶらない状態でシルビアをかばいながらでも十分に二人とも対応できるくらいだ。
「若造が!ふざけるな!!」
髭の大男が俺に掴みかかってくるのを軽くかわすと、腹に右正拳突きを打ち込んで吹っ飛ばす。
続いて近寄ってきた金属鎧の目付きの悪い男に足を引っ掛けて、転ばせる。
そのまま後頭部に当て身を入れて、気絶させる。
「ち、ちくしょう!」
髭の大男がふらふらっと立ち上がり、さらにその仲間と思しきローブの男と神官らしき女が動いた時、ギルド内を男の声が響き渡った。
「これは一体何の騒ぎだ!!」
テノールよりはやや低めの声を受けて、ギルドの入り口から俺たちの方に向けて人がまるで通り道を作るかのように開いていった。
「スパークだ!」「スパーク様よ!!」
ギルド内が大きくざわつき、できた隙間を一人の男がこちらに歩いてくる。
シルビアはきょとんとした表情で、俺は愕然としながら男を見る。
身長は俺より少し高く、足は俺よりずっと長い。
ザ・美形!金髪碧眼の憂うような瞳のその男が近づくと、俺たちに突っかかってきた四人組は気絶した鎧の男を抱えて、少しおびえたような表情で後ずさっていく。
「一体何があったのかね?」
歯をきらっと光らせながら男はギルドの受付嬢に問いかける。
「…は、はい!スパーク様!」
俺より少し年上に見える美人の受付嬢は陶然とした表情を浮かべながらスパークに答えている。
「そちらの冒険初心者の方たちにそこの四人組の二人が絡んだのです。
二人はそちらの方が撃退されたようですが。」
受付嬢の話を聞いて、スパークは俺たちと四人組の冒険者を見やる。
「さて、君たちはこちらのお二人にちょっかいをかけたわけなのかね?」
スパークに厳しい視線で睨まれて、大男は殴りかかろうとするが、神官風の女が青い顔になって男を止める。
「だめだ!あいつ、スパークはヤバすぎる!とっとと引くよ!」
女に促されて、四人組はそそくさと立ち去っていった。
そして、スパークは俺たちに向き合って言った。
「君たち、怪我はないかい?」
そのさわやかすぎる声と、表情に俺は鳥肌が立ちそうになる。
俺の弟も相当なイケメンだったが、このスパーク程のイケメンはテレビですらお目にかかったことがない。
「はい、大丈夫です。お兄さんありがとう♪」
ニコニコしながらシルビアが答えると、スパークは安心したように笑顔になる。
「そうか、それは良かった。
…それにしても、我々が属する冒険ギルドのメンバーが迷惑を掛けてしまったようだね。
大変申し訳ない。なにかあったら言ってほしい。いつでも力になるから。」
「わかった。お兄さん親切だね。何かあったら相談するね♪」
シルビアと俺に会釈をするとスパークはギルドの奥の方に歩いていく。
その姿を多くの男性冒険者たちは尊敬のまなざしで、女性冒険者の多くは熱い視線で追っている。
なんかこう…むちゃくちゃむしゃくしゃするんだけど?!!
なに、あの、見た目も所作も超絶なイケメンは?!!!
ああ、俺もあんな風にもてもてになりたい!!!
…おっとっと、そんなことを考えている場合ではなかった。
幸い?シルビアはスパークという超絶美形を見ても、特に熱い視線を送ることもなく、ギルドの受付嬢の方へ歩いていこうとする。
うん、この美形に動じないマイペースぶりはいいよね♪
「すみません。私たち冒険者登録したいんですが?」
シルビアは美人の受付嬢に向かって話しかける。
「…は、はい!ただいま!」
騒ぎに動転していたらしい受付嬢は我を取り戻すと俺たちに話しかけた。
「お二人で登録されるのですね。そちらの男性の方はかなりお強いようですね。
…ところで、スパーク様に助けていただくとはお二人とも本当に運がいいですね。」
「うん、いい人に助けてもらってよかったです。」
再びスパークのことを思い出したのか、陶然としている受付嬢にも気づかずにシルビアはニコニコしたままだ。
「……ええと、あなたはスパーク様をどうお感じですか?」
スパークに全く興味のなさそうなシルビアに受付嬢が怪訝そうな視線を向ける。
うん、確かにギルド内を見ていても、女性冒険者や受付嬢の大半がファンで、男性冒険者の多くも明らかに尊敬しているような相手だからな…。
「んん?なんか、強そうで、親切な人だと思いますが、それがなにか?」
シルビアが表情を変えないので、しばし、きょとんとしていた受付嬢は俺を見やってにやりと笑った。
「なるほど♪お二人はそう言う語関係だったのですね♪」
「んん?なんかよくわかんないけど、私と卓也は仲良しだよ♪」
シルビア!!何を言い出すんだ!!!お姉さん完全に俺たちのことを恋人だと誤解しているよ??!!!
俺たちをすごく『優しい暖かい視線で見ている』よ!!!
はっと気づくと周りの冒険者たちも俺たちを『暖かい視線で見ている』んだけど!!!
俺、シルビアの恋人じゃなくて『保護者』なんだけど!!!
俺の内心の叫びに気付かないまま、受付嬢はいそいそと受付の準備を始めたのであった。




