12 迫りくる脅威
グリフォン怪人を撃退後、再び空の旅を再開した俺たちは、日が沈む少し前に『テマエの街』に一泊することにした。
この街は昨日泊まったチュウトの街よりはこじんまりとした街で、街の周りの防壁もチュウトの街はスタートの街よりかなり簡素化されている感じだ。
王都が近く、魔物もあまり出ないようなので、街や城の防衛がそこまで手厚くなくてもいいかららしい。
街に入って早速、教会へ行くと、司祭さん達からものすごい歓待を受けそうになった。
「今のところ支援は間に合っていますから、皆様が万が一に備えるためにお使いください。
必要な時はいつでも遠慮せずに支援をお願いしますので。」
報奨金や魔石代金がたくさんあるため、駄女神様に笑顔で宣言してもらった。
「おおっ!!!女神の司徒様と勇者様のなんと慈悲深いことだ!!!!」
教会中で感激されてしまいました。
女神のイメージと駄女神様本人とのギャップがさらに大きく広がっていく気がするのだけれど、シルビア本人も『食べ物以外にはあまりわがままを言わない』ので、きっと許容範囲内なのだと納得することにした。
そして報告のためにこの街の冒険者ギルドにも顔を出した。
テマエの街自体が規模も大きくないうえに、王都に近い分治安もいい。
なので、ギルドはあるもののスタートの街と比べても建物も小さく、職員の人数も少ない。
時間的に依頼達成の冒険者が多いはずだが、やはりそれほど人数が多くない。
ここでは変異怪人の情報だけ集めて出ようかと思った時、日本だと小学生に上がるくらいの年の男の子がギルドに入ってきた。
「お礼はしますから、だれか、お父さんを探してください!!昼までに戻るはずが、戻ってこないんです!」
男の子はどろどろになった服を着て、泣きながら疲れ果てている様子だ。
冒険者やギルド職員が迷惑そうな顔をしている。
ただ、あまりにもくたびれた感じがするよな…話だけでも…。
とか思っていたら、いつに間にかシルビアが男の子の前にしゃがみ込んでいる。
「なにがあったの?詳しい話を聞かせてくれる?」
シルビアの声を聞き、しゃくりあげていた男の子が泣き止み、なんとか話し出そうとする。
俺も慌ててシルビアの隣に行って、男の子の声を聞きもらすまいと動く。
「隣の村に仕事で行ったお父さんが昼には必ず戻るはずだったのに…。」
少年の家は大工の仕事をしている父と少年と妹の三人暮らしであり、予定の昼を過ぎてもまったく戻る気配がなく、探しに行ったものの小さな自分では見つけることもできずに疲れ果てて戻ってきたのだという。
「わかったわ。私たちが探しに行くから、一緒にいこうね。」
シルビアの言葉に従い、俺たちは男の子を連れて、村の方へ向かおうとする。
「おやおや、とんだ偽善者がいるぜ?もしかして冒険者が無償で仕事を受けようとでもいうのかね?」
くたびれた雰囲気のおっさん冒険者が呆れたように言う。
「ええ。私はこう見えても女神シルヴィオの神官です。私の心に従ってこの子から仕事を受けるのです。」
おおっ?!!シルビアがらしくないカッコいいことを言っている!!
出会った時のダメっぷりが少しは改善しているような気がする。
そして、俺たちは唖然とする男や冒険者たちをしり目に村に向かって駆け出していった。
「では、女神サーチ!!」
うん、法術を使うのはいいのだけれど、そのネーミングはなんとかなりませんか?
「こっちに一〇キロ(この世界換算)の地点だわ。…どうも、怪我をしているみたい!急ぐわよ!!」
女神サーチで場所と状態までわかるとはパネえっす!!!
俺たちは白鳥さん号を女神収納から取り出すと、後部座席に男の子、ミロくんと駄女神様を乗せて、ペダルを漕ぎだした。
暗い中、白鳥さんの目玉が光り、サーチライトのように前方下方を照らしてくれる。
割と低空を約時速四〇キロで飛んでいると、漕ぎだしてから一五分くらいで現場に到着です。
ミロ君のお父さんは道から大きく外れた畑の中に突っこんで動けなくなってました。
真っ暗になりつつある状況で女神サーチがなければ発見が難しかったでしょう。
さらに道から見えないところで気絶していたからミロ君が見つけられなかったようです。
「怪我をしていて気絶しているけれど、命に別状はないようね。
女神ヒール!!!」
シルビアが両手をかざすと、男性は血色もよくなり、大きく呼吸を始めた。
まもなく意識を取り戻した男性にミロ少年が抱き付いた。
「お父さん!無事でよかった!!」
「おお、ミロ!…わしは気を失っていたのか…。」
男性はミロを抱きしめながら口を開いた。
「一体何があったのですか?」
俺は男性が立ち上がるのに手を貸しながら問いかける。
「ええ、仕事を終えてもう少しで街に着こうとした時です…。」
男性・トマスさんは昼の少し前に予定より早く仕事を終えると、お土産を持って帰宅の路に着いた。
トマスさんがこの付近まで道を歩いた時、不意に道の後方から地鳴りと共に何かの大群が走ってくるのを感じた。
振り返ると、『黒ローブをまとった』牛の大群が猛スピードで街の方向に走っており、トマスさんは躱す間もなく、『暴れ牛たち』に吹っ飛ばされてそのまま気を失ったのだそうだ…。
『黒ローブをまとった暴れ牛』てなに?!!どんだけ突っこみどころ満載なの?!!
「あれ?牛と言えば、スパークさんが冒険者ギルドから『変異ミノタウロス退治』を請け負っていなかったけ?」
「シルビア!グッジョブ!!そいつらはおそらく魔王軍の怪人『ミノタウロス男(仮)』とその戦闘員たちだ!!」
シルビアの言葉に俺の頭もひらめく。
スタートの街のギルドマスターとサブマスターが王都近辺で変異ミノタウロスに負けて大怪我をし、それを退治するためにS級冒険者スパークが王都へ向かったという話を思い出したのだ。
今までの怪人の強さから言えば、勇者の仮面をつけた俺でなければ勝てないのではないだろうか?
…いや、グレゴリオ教皇も怪人を倒したのだから、S級のスパークなら何とかなるかもしれない。
とは言え、まずはトマスさんとミロを街に送り届けなければならない。
ミロ君の妹のサリーちゃんがものすごく心配しているから。
トマスさんの家に着くと、サリーちゃんトマスさんに抱き付いて大泣きです。
よほど心細かったんだね。
トマスさん、そしてサリーちゃんを見てくれていた隣の家のおばさんともども思い切り頭を下げてくれています。
俺たちはトマスさんからのお礼のお金を断ると、まずは教会に行って『トマスさんを助けに行った際、変異ミノタウロスの仕業であろう事件と遭遇』したことを伝えておいた。
もちろん、『魔王軍の動きを伝える』ことが目的だったが、結果的に『少年とその父を助けるとは司徒様と勇者様はなんて慈悲深いのでしょう!!』と感激されてしまった。
どんどん『過剰評価』されているようなのは気のせいでしょうか?
そして、やはり魔王軍の動向を伝える目的で、冒険者ギルドに足を運ぶ。
夕方遅くなっていたので、ギルド内部は冒険者はまばらになっており、職員たちは俺たちを見るとぎょっとしていた。
さっきのミロ君の件を覚えていたのだね。
俺たちを気まずそうに見る視線の中、受付の女性の一人に先日もらったばかりの『A級冒険者証』を見せて、ギルドマスターか代理の者と話がしたい旨を話す。
防音機能のある応接室で、俺たちは壮年の魔法使いらしいギルドマスターと、戦士風の男性のサブマスターに対して教会同様『トマスさんを助けに行った際、変異ミノタウロスの仕業であろう事件と遭遇』したことを伝えた。
ギルドの依頼達成記録に俺たちが魔王軍の怪人たちを倒していることが残っているため、こうして正式に話をするとすぐに俺たちが『女神シルヴィオの司徒』と『仮面の勇者』という正体を明かすことになり、ものすごく恐縮されてしまう。
少し前まではただの浪人生だった自分としては『場違い感がすごい』ですが、あまり恐縮して怪しまれてもまずいので必死で涼しい顔で対応する。
細かい状況がわかっていない駄女神様はよくわからないまま、うんうんうなずいているので、かえって都合がいい。
というか、本来は『女神様』なのだから、もっと偉そうでもおかしくないのか…。
うん、俺の心臓的にはシルビアが駄女神様でよかったのかもしれない。
俺たちがギルドを出るころには真っ暗になっていたので、ギルドで紹介された宿に泊まることにする。
夕食を取ると二人とも疲れて、そのまま就寝です。
駄女神様から目が離せないので、例によってツインベッドの一室を取ったのですが、『昨夜はお楽しみでしたね♪』的な視線で見られます。
こっちの居心地の悪さも慣れないんですが…。
翌日街を出る前にふと思った。
女神サーチでミロ君のお父さん、トマスさんを捜せたんなら、この街の近くにいるミノタウロス男(仮)を探せないものかと。
「シルビア、女神サーチで怪人を探せないのかい?」
「ええと…単に怪人というだけでは難しいよね。
卓也みたいによく知った相手なら『数百キロの範囲内』で見つけられるけど…。」
「じゃあ、魔王軍の尖兵・『ミノタウロスの怪人』だったら?」
「ちょっとやってみるね…。そのくらいの情報なら十キロ四方でわかるみたい。
あっ?!今街の北門に近づいてきているよ!」
なんだって?!!!
俺たちは慌ててシルビアの差す門に向かって走っていく。
近づくにしたがって、人々の悲鳴が声が聞こえてくる。
そして門の方からたくさんの人が街の中心にむかって逃げてくる。
それを躱して街の門を飛び出すと、俺たちの目にとんでもない光景が飛び込んでくる。
「「「「わーーー!!暴れ牛だ!!!」」」
爆走する黒ローブをまとった牛?の集団に街の衛兵たちが次々と弾き飛ばされている。
奴らのシルエットを見る限り、頭が牛で体が人間だ。
連中の後ろには三メートルを超すだろう大きな牛の頭をした大男がいる。
それも頭がなぜか『和牛』なのだが…。
全ての衛兵たちが吹っ飛ばされる頃には門の外には人はいなくなっており、街の門は閉じられている。
しかし、この程度の門であればこいつらなら簡単に突破できるだろう。
近づいてくる彼らの前に変身した俺が立ちはだかる。
「仮面勇者参上!!ここから先は通すわけには通すわけにはいかん!
ミノタウロスの怪人たちよ、いざ尋常に勝負!!」
俺は叫ぶと彼らに突っこんでいくと素早く突きをお見舞い…なに?!
ミノタウロス戦闘員(仮)達は素早く後ろに飛び退り、俺のパンチを躱す。
「はっはっはっは!!貴様が魔王様の予言の仮面の勇者か!!
確かにただものではないようだ。だが、我らはミノタウロスの怪人などではない!見よ!」
一際大きな怪人が吠えると、全員がローブを投げ捨てる。
奴らは全身を派手な衣装に包み、左手に赤いマント、右手にサーベルを持っている。
そして、怪人はふんどし一丁のものすごい筋肉の塊だ!!
「俺は魔王軍の怪人・『闘牛男』だ!!まずは『闘牛士戦闘員』どもと戦って、我と戦う実力があるかどうか見せてもらおう!!」