10 王都へ行こう
翌日、俺たちはスタートの街のシルヴィオ協会の『防音が施された応接室』でグレゴリオ教皇、俺、駄女神様の三人で話をしていた。
グレゴリオ教皇を見て、この街の司祭さんは仰天して、慌てて教会中で接待しようとしたが、『お忍び』ということで、あまり騒がないようにと教皇に口止めをされていた。
そして、『人に聴かれたくない話をするから』という理由でこちらの応接室に三人で招かれたのだった。
ちなみに俺と『女神の司徒・シルビア』の話自体は教会にも伝わっていたので、この教会の司祭さんは俺たちを招いて話を聞くつもりでいたらしいので、その意味でも今回のことはちょうどよかったようだ。
この三者面談は極めてスムーズに進んだ。
なにしろ、グレゴリオ教皇は女神シルヴィオの熱心な信者であるうえに、『駄女神様の言うことを好意的に解釈』しまくってくれたので、『魔王が暗躍するという世界の危機を救うため、女神シルヴィオが仮面の司徒と共に地上に降臨されて、世直しの旅をされている』という教皇の『脳内解釈』にしたがって、俺たちの話を聞いてくれたからだ。
なお、駄女神様の扱いは女神さま本人ではなく、『女神シルヴィオの司徒シルビア』と護衛の『仮面の勇者』ということで世間的には通すということで話し合いがまとまった。
女神様本人がであるくとなると、各国王室やギルド、他の組織がどう動くかが想像がつかないからだそうだ。
そして、『各町のシルヴィオ教会に行けば最大限の支援を得られる教皇直筆の信任状』をくれたり、『他の仮面のありかを教会組織の全力を挙げて探す』などの最大限の協力をこちらが言わないうちに約束してくれるという『ファンタジー世界のゲームではあり得ないくらいの優遇』を教会がしてくれることになったのは望外の結果だった。
ただ、あまり甘えていると、駄女神様の『教育上よろしくない』ので、可能な限り自分たちの手でやることをそれとなく伝えた。
すると教皇は『さすがは女神さまとその司徒様!!人間としての高潔な生き方の手本を我々に示そうとなさっておられるのですね!!』と都合よく?誤解されていた。
『修正するのがどう見ても困難』なので、話を合わさせてもらいました。
まあ、緊急時には教会から最大限支援を受ける保障が出来ただけでもものすごくありがたいことなんだけどね。
話が終わると、グレゴリオ教皇はお供に連れていて、『戦闘前に近くに置き去りにしていた二人の側近』を伴って、各地への情報収集の旅を再開されるとおっしゃっていた。
側近の二人も俺と同じくらいの格闘能力に加えて僧侶としての力もかなりのもので、普通の魔物やアンデッド相手なら強力な戦力になるそうなのだが、今回は『相手が悪いという直観』があったため、二人を置き去りにして『マミー男たちの元』へ行ったのだという。
助さん、格さんより強い『黄門様』みたいなもんなんですね…。
黄門様…もとい、グレゴリオ教皇は俺たちとギルドまで同行してくれて、『討伐報酬などを全て俺たちに渡すよう』申し渡された後、旅立っていかれた。
「では、シルビア様、卓也様!王都までよろしくお願いします!!」
ギルドマスターとサブマスターが頭を下げてくる。
…ついに俺も『様』扱いされるようになりました。
仮面を預かっているだけのただの浪人生の身としては内心恐縮しまくりです。
この居心地の悪さも世界に平和をもたらして元の世界に戻るまでの辛抱です!!
駄女神様のお尻を叩きながら頑張るしかないよね?!
魔石の報酬金貨四〇〇枚を受け取って、俺たちは王都に向かうために街の門を出て、西に向かっていた。
日本換算で『七千万円を超える現金』を『女神収納』に入れて、旅をするわけです。
日本の『平均的な庶民の学生』である俺としては現実感に欠けるわけなので、それを考えるととっても緊張しちゃいます。
幸いなことに駄女神様はグータラ女神ではあっても『贅沢なわがままお嬢様』ではないので、感覚が俺同様庶民派なのは助かっている。
ところで、普通に歩いたら王都まで一〇日間かかるので、何か手があるはずだと街を出てしばらくしてシルビアと相談タイムに入ったわけですが…。
『足こぎ白鳥さん号を召喚しましょう!!』
「シルビア、街から街へ移動する『移動魔法』とかはないのか?」
「…ええと、期間限定で『一度行ったことのある街』へは行くことのできる『セーブポイントくん』という魔法があるよ♪」
「期間限定…というとどれくらいの期間なの?」
「『一年間有効』で、世界中どの街でも大丈夫なの。
距離に応じて消費MPは増えるけど、何カ所も何カ所も一日の間に使わない限り、そのことは大きな問題にならないと思うの。
ここしばらく『引きこもっていた』から、今のところスタートの街以外には使えないの。」
テヘペロみたいに駄女神様が言う。
『卓也さん、足こぎ白鳥さん号を…。』
ううむ、『セーブポイントくん』は期間限定の某ゲームの移動呪文みたいなものなのだね。
あちこちに移動した後ならすごく使えそうなのだが…。
「それ以外に何か使えそうな魔法とかない?」
「ううむ…。ずっと引きこもっていたからね…。ちょっと『研究・開発』に挑戦してみるね♪」
研究・開発を今からしようとは、有能なのか無能なのか判断に困るところだな…。とりあえず、今は『研究してもらいながら仮面を被って駄女神様を背負って高速移動』が一番現実的だろうか…。
『ちょっと無視しないで下さいよ!!足こぎ白鳥さん号なら歩くよりはずっと速いですから♪』
いや、ナビゲーターさん。そこはユニコーン号を使った方がいいのでは?
というか、『歩くよりはずっと速い』とか、足こぎ白鳥さん号はあまり速いように聞こえないのだけれど…。
『いえ、ユニコーン号は『座席の都合』上一人乗りなのですよ。
ですから、シルビア様とご一緒に旅をされるときには不向きなのと、『変身した状態でないと使えない』という制限があるのです。
その点、足こぎ白鳥さん号は変身していなくても召喚できるという特典があります。
そして、使わないときは『女神収納』にしまっておけます。
いやあ、なんて便利なんでしょう♪』
…これはレベルアップして他の乗り物が召喚できるようになるまでは『足こぎ白鳥さん号』に乗るか、歩くかを選ぶしかなさそうです。
『では、大きな声で『足こぎ白鳥さん号、カモン!!』と叫んでください。』
どんな罰ゲームなの?!ここに駄女神様しかいなくてよかったよ!!
「足こぎ白鳥さん号、カモン!!」
俺は心の中のいろんなものを投げ捨てて、思い切り叫んだ。
すると目の前の空間が裂けて、『ほぼ想像通りのデザインの乗り物』が姿を現した。
なぜか『強化プラスチック製』と思しき素材でできていそうな『足こぎ白鳥さん号』はいかにも『漫画チックな翼を生やした白鳥のフォルム』で、そのまま観光地の湖に浮かべても全く違和感を感じられない。
座席が四つあること、メイン座席に足こぎをするペダルが付いており、その部分がマウンテンバイクのように非常に本格的になっているのが特徴的だ。
また、運転席の前面にサドルが付いており、これで方向を制御するようだ。
『では、サドルを手前に引きながら自転車をこぐ要領でペダルを踏んでいってください。』
ナビの説明に沿って、俺はサドルを手前に引きながらペダルを踏み込んでいった。
思ったよりずっと軽く『足こぎ白鳥さん号』は下に付いている車輪がペダルの踏込に対応して動き出し、翼もバタバタ動き始めた。
20メートルくらい前に進むと、俺たちは宙に浮かび上がった。
魔法か何かの補助が入り、ペダルをこぐ力を何倍にも増して車輪や翼に伝わるらしい。
ペダルを漕いでいる俺には分からなかったが、走り出すと、車の後ろからプロペラが出てきて回転しながら後方の推力を生み出してくれるそうだ。
『足こぎ白鳥さん号は卓也さんのパワーなら巡航速度時速三〇キロは出ると思います。
快適な空の旅をお楽しみください♪』
なんか鳥◎間コンテストに出場したような気分になりながら、俺たちの空の旅は始まった。
自転車をこぐ感覚で歩く一〇倍近いスピードで空の旅が楽しめるので、『どう見てもファンタジー世界から逸脱』しており、道行く人の『怪訝そうな視線』にさえ気を留めなければ、かなり快適な旅ではあった。
『でしょでしょ♪足こぎ白鳥さん号を強くお奨めした甲斐がありましたよ♪』
ナビゲーターのコメントがすごくうざいんだけど、何とかならないのでしょうか…。
昼近くになって、王都へ行く街道の途中の『チュウトの街』に近づいたので、白鳥さん号を着陸させ、女神収納にしまう。
街で休憩しながらお昼ご飯を頂くのだ。
チュウトの街は複数の街道が交わった交易の街のようだ。
俺たちはまずシルヴィオ教会へ向かおうとして、街中の屋台街で駄女神様が捕まった。おいしそうな串焼きや携帯用お好み焼き風の食べ物を見て、シルビアが屋台にかぶりついてしまったのだ。
「お腹が空いたのはわかるけど、先に教会へ行って挨拶と情報交換だけはしておこう。グレゴリオ教皇ともそういう話になったよね。」
「このテイスティー焼き一本だけ、先に食べたい!!卓也お願い!!」
目をうるうるさせながら駄女神様がねだる。
あんまり一生懸命なので、妹の花蓮のことを思い出し、俺とシルビアが異世界風お好み焼き・テイスティー焼きを一本ずつ食べることにする。
シルビアの喜ぶこと、喜ぶこと!!
こんなもので満面の笑顔になれるのだから、安いもんだと思う。
「でっへっへっへ♪頂き…あれ、あのお姉さんもテイスティー焼きを食べるのだね。」
シルビアの視線の先には上等なローブをまとった魔導師風のお姉さんが今まさにテイスティー焼きを口に入れんとしていた。
長身で、黒髪のおっとり風のものすごい美女だ。
シルビアもスタイルは悪くないのだが、この女性はダイナマイツボディだ!
ヘタレな俺はとても声を掛けられないが、通りすがる男性たちがちらちら彼女を見やっている。
…それを言うなら『黙っていれば美少女』の駄女神様にもたくさん男性の視線が集まっているのだが…。
ドン!!
視線をシルビアに戻した時、人がぶつかるような音がしたので、急遽そちらを見やる。
魔導師風のお姉さんに誰かがぶつかってきたらしく、お姉さんが前につんのめって転びそうだ。
俺は慌てて、助けに入り、何とかお姉さんが地面に衝突する前に右手でキャッチすることに成功する。
「大丈夫ですか?」
「…ええ、何とか…。」
お姉さんはシャイな人のようで、小さな声で何とか返事が返ってきた。
「…あ…。」
お姉さんの視線を追うと、今まさに食べようとしていたテイスティー焼きが地面に投げ出された後、雑踏の中で人々に踏まれる姿だった。
「お姉さん、はい♪代わりにこれ食べて♪」
それに気づいたシルビアがお姉さんに自分の持っていたテイスティー焼きを差し出す。
その笑顔を見ながら、今だけはシルビアが俺の目に女神さまに見えました。
「…あ、ありがとう…。」
すごくシャイらしいお姉さんは一生懸命シルビアに頭を下げてお礼を言っている。
そして本当に嬉しそうに、おいしそうにテイスティー焼きを食べ始めた。
俺とシルビアはお姉さんに手を振ると、先に教会へ行くことにした。
「やれやれ、やっと見つけましたよ!!」
皮鎧の上に外套を纏った赤髪の小柄な女性が、連れの巨大な剣を背負った剣士とともにローブをまとった長身の女性に歩みよる。
「…ごめん、お腹がすいて、いいにおいがしたから…。」
長身の女性は剣士と赤髪の女性に一生懸命頭を下げている。
「リーミラさま、お腹がお好きになられたのでしたら、私らにいくらでも言いつけてくださいよ。
方向音痴なのに、お一人でどんどん行かれたら心配するじゃないですか!」
まるで付き人のような口調で、赤髪の女性が語りかける。
「…ごめん、次からはちゃんというから…。
あと、すごく親切な素敵な人と出会った…。」
夢見る女性のような瞳でリーミラが語る。
それを見て剣士と赤髪の女性は顔を見合わせる。
「ガイス…どうする。魔王様はもしかして恋におちられたのかもしれないよ…。」
「そうだな、ネリア…。世界の破壊のペースを落とすしかないかもしれんな…。」
これが『運命の出会い』だと気づいていたのはもしかすると『魔王リーミラ』だけだったかもしれない。