1 プロローグ
「あなたは異世界転生しました。私たちの世界を救ってください!」
春のような日差しの注ぐお花畑の中で俺の目の前にはローマ風の長衣を纏った俺と同じ年くらいにみえる銀髪碧眼の美少女が立っている。
ええと、これはどういうことだろう?
俺はしばし考える。
少し前、予備校からの帰りに小さな女の子が暴走するトラックに轢かれそうになるのを目撃した。
俺は懸命に突っこんでいき、女の子を抱えたままギリギリ突っ込んでくるトラックから身をかわしたのだった。
トラックは電柱に突っこんだところで動きを止め、俺は何とか抱えていた女の子を下してあげた…そこで、俺の記憶が途絶えていた。
あの後一体何があったのだろうか…。
「どうして異世界転生されたのかわからない…そうおっしゃりたいようですね。黒部五郎さん、20歳。」
女性はドヤ顔で語っているが…黒部五郎…て誰?
俺は市川 卓也なんだけど…。
あっけにとられる俺をよそに女性はさらに話を続ける。
「あなたは暴走するトラックから小さな女の子を助けようとして、トラックに轢かれて死にました。」
ええええ??!!きちんと躱したんだけど?!!!
「生前あなたは数年間ひきこもったニート生活をしてました。ネトゲに廃人になるくらい夢中になって、ご両親に多大な迷惑を掛けてきました。
しかし!あなたは小さな女の子を救おうとして転機を迎えたのです!
女の子の身代りに死ぬことで、小さいながらに世界に貢献し、今から私と共に世界を救うことで、ご両親や生まれてきた世界に間接的にではありますが、恩返しをすることができるのです!!さあ、五郎さん!一緒に世界を救いましょう!!」
女性は完全に自分だけの世界で舞い上がっている。
「ええと、いくつか聞いていい?」
「はい、どうぞ♪」
「あなたは異世界転生ラノベとかでよく出てくる女神さま…ということでいいのかな?」
「はい、そうです♪私はこの世界の維持・管理をつかさどる女神でシルビアと申します。
ちなみにここは『女神の箱庭』と言って、周囲から隔離された特殊な空間です。」
「で、車に轢かれて死んだ俺がこちらの世界に転生してきて、チート能力か何かを授かるからそれを使ってこの世界を救ってほしいということでしょうか?」
「そうです!うわあ、五郎さんが話が分かる人で良かったです♪」
「それから、一番肝心な話なんだけど、俺は黒部五郎という人ではなく、市川 卓也というんですが…。」
俺の言葉にシルビアはえ?と表情が固まる。
「合格間違いなしと言われた大学受験に失敗して、現在浪人生活中で確かに親には迷惑を掛けてますが…ひきこもったことはないんですけど。
それと…確かにトラックに轢かれそうになっていた女の子を助けましたが、なんとか女の子と一緒に躱して無傷のはずなんですが…。」
俺の言葉に固まっていたシルビアの表情が真っ青になる。
「ちょっと待ってください!!確認します!!」
シルビアは懐から取り出したタブレットを懸命に調べていたが、少し経って顔を上げて言った。
「卓也さんのおっしゃる通り、人違いです。亡くなってしまった黒部五郎さんは…ああああ!!別の世界に召喚されてます!!
それで、卓也さんは…死んでませんね。ピンピンされてました。」
それを聞いて俺は大きくため息をつく。
「では、俺は元の世界に戻してもらえますね?」
「ごめんなさい、無理です…。」
青を通り越して真っ白になった顔でシルビアが答える。
「…ええと、どうして無理なんです?女神さまなんですよね?」
「ごめんなさい!!!女神でもできることとできないことがあるんです!!
…そうだ!!!この世界を危機を救うために作られた五つの『勇者の仮面』を揃えれば、卓也さんを元の世界に戻すことができます!!そうすればこの世界も救われて一石二鳥です!!」
…うん、なんかいいことを思いつきました!みたいなドヤ顔されて、すごくむかつくんだけど…。
「ええと、世界を救う仕事、受けないと駄目?」
「私にこれ以上勇者を召喚する余力がないので、卓也さんが受けて下さらないとこの世界が滅んじゃいます。そうしたら、卓也さんを帰すどころかこの世界ごと卓也さんも滅んでしまいますね…。」
泣きそうな顔でシルビアが俺に告げる。
間違いで召喚された上にいきなり世界ごと滅亡させられるピンチですか?!!なんてこったい!!!
「わかりました。引き受けましょう!それで、今の俺に何ができて、どういうことをすればいいのでしょうか?」
泣きたい気持ちを何とかこらえて依頼を承諾すると、シルビアの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!!
まずはここ、女神の箱庭で『チート能力養成ギブス』を使っていただいて、卓也さんの基礎能力の底上げを行います。」
「…ええと、チート能力て女神さまがぱぱっと授けて下さるものではないのですか?」
「ええええ?!!だって、そんな『物語みたいなこと』が実際にあるわけないじゃないですか♪」
ええええ!!なに言ってんのこの女神様!!
「きちんとチート能力を身に付けるためにはそれなりの課程が必要なのですよ。
特に卓也さんみたいな引きこもりのニートをしていた人はもっと体を鍛えないと…。」
「いや、それ人違いしてた人の方でしょ?俺、引きこもっていないし、毎日空手の修練を怠っていないんだけど。一応黒帯だし。」
「でえええ!!そうでしたああ!!
それじゃあ、ここにある『初心者用チート能力養成ギブス』じゃあ、全然物足りないですよね?!!
では、『大山倍達(有名な空手の達人)用チート能力養成ギブス』に変更しないと!!」
「やめて!!いきなりハードルが上がりすぎ!!俺、体をちょっと鍛えるために高校の空手部と近くの道場にそこそこ通っていた…くらいのレベルだから!!」
高校野球の部員にいきなり『大リーグ並みの特訓をしろ』というような話だよね…。そんなんやったら死んじゃいます!!
「しょうがないなあ…じゃあ、『それなりレベルの空手をできる人用チート能力養成ギブス』に調整しておきますから。」
なに、呆れたような顔してるの?!引きこもりの人を馬鹿にするわけじゃないけど、『日ごろそこそこ運動をしていた』俺がどうしてそんなに邪険な扱いを受けなきゃならないわけ?!
「このギブスでそこそこのチート能力が身に付いて、それなりのレベルの冒険者並みになったら、こちらの『勇者の仮面』を使っていただきます。
ピンチになった時などにこちらを被っていただくと、それこそスーパーヒーロー並みの能力を発揮していただくことができます。」
言いながらシルビアが『仮◎ライダー風』のお面を取り出して俺に見せる。
「ちょっとこれを被ってみてください。」
ドヤ顔のシルビアに言われて仮面を顔にかぶせると、俺の全身がぴかっと光り、全身からすごく力が湧くのが感じられた。
そして、なぜか飛び上がりたい衝動に駆られ、俺は高く飛び上がると、十メートルくらい舞い上がる。
空中でくるりと回った後、ふわっとシルビアの前に舞い降りる。
「仮面勇者参上!!」
変身したら俺の口が勝手に叫んでしまったよ!!
「素晴らしい!!!今の時点で『初心者用チート能力養成ギブス』修了後の能力がありますね。これなら『それなりギブス』修了後は本当にスゴイヒーローになってくれそうですね♪」
…早くも『それなりギブス』とかとんでもない略称になっているよね…。
「確かにさらにパワーアップしたら本当にいろいろできそうな感じがするよ。
ところで、仮面を集めて世界を救うという話だけど、具体的には何をすればいいの?」
「はい、私を『退屈から』救ってください♪」
「…はい?……。」
ええと、この女神さんは一体何を言っているの?
「ええと…世界を救うためにできることを聞いているんだけど…。」
「はい、世界を救うためには私を退屈から救う必要があるんです♪」
パシーーン!!
なぜかそこに置いてあったハリセンで俺はシルビアを思い切りはたいた。
「冗談言っている場合じゃないから!!!何ドヤ顔でトンデモ発言しているの?!!」
「冗談じゃないんです!!私が世界の維持・管理をつかさどっているから、私の退屈度が一定レベルを超えると世界が崩壊してしまうんです!!」
あまりにとんでもない状況に俺は持っていたハリセンを足下に落としてしまった。
「というわけですので、卓也さんがチート開眼次第、私と一緒に仮面集めの旅に出て、世界を救いましょう♪これで退屈な女神生活ともおさらばだわ♪」
シルビアはニコニコしながらとんでもないことを宣言している。
俺の胸中に早くも『絶望感』が漂っている。
そして……。
『 仮面勇者の歌 』
迫る 魔王軍 地獄の軍団♪
我らを狙う 黒い影 女神を退屈から守るため♪
ゴーゴー レッツゴー きらめく仮面♪
ブレイブジャンプ♪ ブレイブキック!!
仮面ブレイブ 仮面ブレイブ ブレイブ ブレイブ♪
俺がチートギブスを付けて修練している横で、駄女神様はお菓子を食べながらとんでもない歌を歌っているんだけど…。
魔王がいるとかいう話は一言も聞いてないんだけど?!!早くもフラグを立ててどうするわけ?!!
ナレーター『君は生き延びることができるか?!』
なに、そのナレーション!!嫌な予感しかしねえよ!!