ボクには親がいる
ボクには親がいる。
三百人以上いる同級生で親がいる人はボク以外にはいない。
母親から生まれてきたのもボクだけだ。
同級生がおかしいわけではない、ボクが特殊なのだ。母親が子供を産むという時代は百年以上前に終わっている。
みんなの両親も母親から生まれた人はほとんどいない。祖父母の代でもちらほらと見かける程度だ。
ボクが特殊なのは、家系の影響だろう。
ボクの家系はいわゆる旧家というやつで、第四次世界大戦よりも以前から高い家格を保ち続けている。
そのせいかボクの親族は古い考え方の持ち主ばかりで、母親が子供を産む慣習まで残っている。
周りのみんなは培養キッドで生まれ、人口学習装置でおそくとも十歳の頃には、IQ300までには成長している。
それに比べてボクのIQは150にも満たない。
脳波に直接情報を送り込む学習装置も使わせてもらえない。
後天型遺伝子調整によって最適なニンゲンにもさせてもらえない。
ヒト型葉緑体も体に埋め込む事もさせてもらえないせいで、食事だって必要だ。
どれも家柄と言うものに縛られている親族のせいだ。
しかし両親と言う存在がいることだけは、馬鹿にされる事だけれども、拒絶する気持ちにはならない。
全ての人が二十歳になったら強制的に徴収される精子と卵子。そこから国が最適な組み合わせを選びだし、組み合わせ、培養キッド――――正式名称・自動全人精製兼最適化成長培養器――――によって生まれ成長する。
全人によって世界からあらゆる問題は消えた。
今こそ最適な世界なのだろう。
そんな実情だが、ボクはボクを、ましては育ててくれている両親を嫌いになったりはしない。
最近のボクのトレンドは蔵に保管してある古物で遊ぶことだ。
旧家なだけあって、ボクの家には古くて使い物にならないものが山のように存在する。
ボクはそれで遊ぶ事が大好きだ。
この前は、日本刀というものを見つけた。刀身は折れていたため、使い物にはならないが、初めて見るものに心が躍った。
ただ、もし刀身が折れていなかったら、危険思想犯で即刻殺処分だろう。
危険な人間は問答無用で排除すれるのは当然なのだが、さすがにそれが自分の身に降りかかるとなると冷や汗が止まらなかった。
さて、今日は何があるか。
蔵を探る事を始めて、半年以上経つが、少し漁れば見た事無いものがまだまだ現れてくる。
今日は思い切って蔵の奥の方まで漁ってみた。
何かの機械を見つけた。
縦二センチ横四センチ程の大きな機械だ。
三立法センチメートル以上ある機械なんて久しぶりに見た。
埃をかぶっているし、黄ばんでいるし、錆もある。あまり触りたいとは思わない。
けれど、初めて直に見るボイスレコーダーと言う物だしとりあえず使って見ようと思う。
使い方は分かっている。古門書データバンクの中に簡単に記載されていたのを覚えている。
ボクは脳内のデータバンクを開き、それに基づいてボタンを押してみた。
―――ジ―――ジジッ―――。
ノイズがひどい。
さすが旧時代の物って感じだ。
脳内に直接データを保存できない旧時代の人間の知恵なのだろうが、もっとマシな物は作れなかったのだろうか。
特に錆なんて、完全抗酸化剤を使えば良いだけだろうに。昔の人の考える事は奇妙だ。
仕方ない。
ボクは、仮想世界から万能調節キッドを物質化させた。
対象を設定し、後は万能調節キッドのAIが勝手に直してくれる。
キッドが直してくれるのを、ボクはこのボイスレコーダーの中には一体誰の声が入っているのだろうかと考えながら、のんびりと待つ。
こんな古びているのなら、曾祖父母か、それよりもさらに昔の祖先だろう。
‥‥‥母と言う事もあり得る。
母は僕と同じで古いものをいじくるのが好きな人だからな。こういう物を喜んで使いそうだ。
だが、それでいいと思う。
母がボクを育ててくれたのは、そんな古いことが好きなだからという面があるのだろう。
一緒に食事をしたり、買い物をしたり、小さい頃はお風呂にも入れてもらった。
|仮想世界≪がっこう≫の同級生に話したら、首を傾げるに違いない。
――――なんですかその子育て方法は? 効率にかけます。理解に苦しみます。
という風に言われるのは間違いないだろう。
だからボクは表立って家の事を言おうとは思わない。
なんだかんだ、ボクは家族が好きでこの暮らしが好きだから、他人からの意見を求めようとは思わない。
ボクが好きならそれでいい。
ん?
ああ、どうやら修理が終わったようだ。
ボクはもう一度再生ボタンを押す。
ノイズは流れない。
聞こえてきたのはやはりというか、母の声。父の声も聞こえた。
『ようやく遺伝子配列良く受精できましたよ』
『そうか、七度目にしてようやくか』
‥‥七度目?
いったい何のことだろうか?
『本当に長かったです。受精しても、六度も遺伝子配列の悪い失敗作ばかり。いい加減受精後の遺伝子チェックも面倒になってきていましたし』
『まあそう言うな。これでようやく跡取りが残せる』
『そうですね。けど、生まれた後も心配だわ。私に似て知識欲が高い面倒な子に育ったらどうしましょう。そんな欲を男の子が付けてしまったら‥‥』
『なに、その時はまた新しいのを作ればいい』
『そうね。なら名前は七雄にしましょう。成功するか分からない物の名前に時間をかけるのももったいないわ』
『そうだな』
‥‥‥‥‥‥。
「七雄」
後ろからボクを呼ぶ母の声がした。
「次は八雄でいいかしら」