プロローグ
ずるずる、ずるずる……と。
音を立てて、迫ってくる。
何か得体の知れぬモノがずるずると迫ってくるのである。
それは闇。
視線を後ろに向けてみてわかることはそれだけだ。ただ漆黒の闇が一歩ずつ階段を昇ってくる。必死に足を動かして上へ上へと逃げるのだが、それとの距離は変わらず、時間が進むにつれ逆に縮む一方である。体力の低下という要因もあると思うのだが、それ以上になぜか自分の身体がそちら側に引っ張られているかのように感じられてしまう。
まだなのか。
先程から延々と昇り続けているというのに、終わりが見えない。途中々々にある踊り場を曲がる度に視界の先に外へと通じる扉を探すのだが、一向に現れてはくれない。
そうこうしているうちに闇はもうすぐそこまでやって来ていた。
くそっ。
そう悪態をついても何も変わりはしない。ただそれは狙いをつけた獲物を逃すまいと執拗に追い続けてくるのだ。理由はわからない。しかし、瞳はないのだが、じっとりとした視線がこちらを捉えて離さないのだ。
よしっ。
何度目だったろうか。もしかしたら二十度目以上だったかもしれない踊り場を曲がって、ようやっとそこに光が見えた。
うっ!?
だが、喜んだのも束の間であった。
もうここまで……
すぐ後ろまでやって来ていた闇が自分に向ってのしかかってきた。
のまれる。
闇は両腕を広げ、こちらを抱き寄せてきた。表情があればそれは笑っていたかもしれない。
重い。
どろりとした感触が身体を包み込む。狙っていた獲物を捕らえられたのだから。
苦しい。
目も鼻も口も耳も。全てを塞がれ、そこから闇は嬉々として内部へと侵食してくる。
やめてくれ。
頭の先から足の指の先まで隅々にまで黒の奔流が踊るように駆け抜ける。
やめてくれ。
朱い血の代わりに闇が通う。
もうやめてくれ……
光がやっとすぐそこにまで見えてきたというのに。そこから差し伸べてくる手にあと少しのところで届くというのに。
微かに開いていた瞳もすぐに塞がれてしまう。
そして、全てが黒になる。