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アンソニー・ポーカー……いや、鋼鉄のマクシームだ。
マクシームを生かしておくべきではないとわかっていた。それでも、自分が誰かを殺すというのは恐ろしかった。
いつか突然現れた正義の味方がマクシームを成敗してくれるのではないかと、心の底では甘えていた。それがジョエルだと期待してしまった。
マクシームとジョエルが対峙しているのを見つけた時、ニコラは歓喜した。ジョエルがマクシームを殺してくれるのだろうと。
隠れていないですぐにでも加勢すべきだった。二人で襲い掛かればマクシームを殺せたはずだ。ジョエルが死んだのは自分に責任がある。ギムリだってそうだ。本気で止めようと思えば、止められたはず。
何も行動しなくても、やがて自分の思う通りになってくれるのではないか。そんな甘えが心の奥底にあったのだ。
血塗れのドレス姿で、ニコラは立ち上がった。ジョエルはもう息をしていなかった。妻と娘を殺された流れ者は、風の止んだ世界でその時間を永遠に止めた。
「バルバラ」声を掛けると、バルバラは怯えたように物陰から姿を見せた。
「この人の傍に居てあげて。あとで埋葬してあげなきゃいけない」
「あの……アナタはどうするの?」
「決まってる」ウォー・パーソンを両手で握りしめた。「あの男を殺す」
バルバラは止めなかった。ニコラはマクシームを追った。
血の跡は点々と続いている。足をひきずりながら歩くマクシームの姿はすぐに見つかった。
ニコラの足音に気付き、マクシームがゆっくりと振り返った。ウォー・パーソンを構えたニコラを見て、マクシームは不快そうに舌を鳴らした。
「なんでここに居る。どうしても俺の言いつけを守れねぇらしいな。その拳銃は何だ。テメェ、誰に拳銃を向けてやがるッ!」
心底に刻み込まれたマクシームへの恐怖に、背筋が痺れた。怯える自分を振り切るように、ニコラはウォー・パーソンを両手で持ったまま走った。
マクシームが拳銃を撃った。だが、弾倉に弾は残っていない。
「リボルバーは六発だ」
怯えながら、それでもニコラはマクシームの撃った弾数を数えていた。すでにあの銃に弾は残されていない。
「必ず当たると確信が持てるまでは撃つな」
まだ遠い。駆ける足の一歩、右足が廊下を踏み抜き、左足が着地するまでの時間がとても長い。必ず当たる距離。まだ遠い。この位置ではまだ撃てない。一歩の距離が果てしなく遠い。
恐怖に負けそうな時、ニコラはいつも自分を鼓舞するように叫んだ。
「外したくなきゃ黙って撃て」
叫び声じゃ敵は殺せない。敵を殺すのは気合でも殺意でもない。銃口から飛び出す一発の弾だ。
激昂したマクシームがホルスターから拳銃を抜いた。ジョエルから奪ったカラミティ・ジェインを。
あと一歩ッ!
「ブタの子はブタだなッ! 育ててやった恩を仇で返しやがってッ! とんだ茶番だ、一緒にあの世へ送ってやる――!」
マクシームが撃鉄を起こした。
ここなら届くッ!
右手でグリップを握り、左手を底に添える。両脇を締めてしっかりと狙いを――先に引き金を引いたのは、マクシームだった。
発砲音。いや、強烈な爆発音。火薬と血の臭い。一瞬の閃光と、マクシームの絶叫。銃弾はニコラの身体に到達しなかった。歪んだカラミティ・ジェインは多くの持ち主を裏切ってきたのと同じように、マクシームの手の中で爆発し、その手首を獰猛に食い千切った。
ニコラは引き金を引いた。
弾丸は狙い違わず、マクシームの顔面を撃ち抜いた。
拳銃を構えたまま、ニコラは震えていた。
支配者は血を流し、冷たく横たわっている。
マクシームは死んだ。私が殺した。
彼女たちの復讐は終わりを告げた。
ウインドスポットは変われるだろうかと、ニコラは時々弱気に思うことがある。
街を支配していたアンソニー・ポーカーは死んだ。恐怖と金で縛り付けられていた人々は彼の死を盛大に祝った。同時に、甘い汁をすすっていた人間はアンソニーの後釜を狙って争いを始めた。ウインドスポットは薄氷の秩序を失い、混乱の最中にあった。
全てはニコラの責任だ。ニコラは多くの人間の恨みを買った。アンソニーが生きていた頃よりもずっと、命を狙われる回数は増えた。
街には対立が生まれた。清浄と平和で街を作り直そうとする者たちと、欲望の街を維持しようとする者たちの。
それでもアンソニーの支配に倦み疲れた人々は静かな平和を望んでいた。彼らはもう決して暴力に屈することはないだろう。平穏は自らの手で守らなければならないと、誰もがアンソニーの支配で学んだはずだ。
ウインドスポットは変われるだろうか。いや、変わらなければならない。男たちから受け継いだ遺志をここで途切れさせるわけにはいかない。流された血には報いなければならない。
墓標のように荒野に立つ、崩れかけの大風車。そのそばに、本物の墓標が二つ立っている。街を取り囲んでいた街壁は取り壊され、風車からは街の様子が一望できた。
ニコラはかぶっていた大きな帽子を十字架のてっぺんに乗せた。小さな花を手向け、祈りの言葉を捧げる。メアリとバルバラもニコラに倣い、祈りを囁いた。
振り返ってニコラが言った。
「戻ろう。私たちが街を作り直すんだ。やることはいっぱいあるぞ」
ニコラが笑った。
突然、墓標に捧げた帽子が空高く舞い昇った。空を見上げ、ニコラは太陽の眩しさに目を細めた。
荒野に、風が吹いた。