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 拳銃は人を殺す。

 だいたいは相手を殺すが、時々は持ち主を殺す。

 ジェインエア・シングルアクションはガンマンから『カラミティ・ジェイン』の蔑称で呼ばれる拳銃だ。

 一般的な回転式拳銃は弾丸を撃った後、再度装填をする前に撃ち出した分の薬莢を排出しなければならない。カラミティ・ジェインはそれまでの拳銃と異なり、真ん中から二つ折りに弾倉を露出させ、その際に仕込みバネが空薬莢を弾き出すことで弾倉が空になる。次弾の装填が迅速に行える仕組みだ。

 画期的な構造として十年以上も前に売り出されたこの回転式拳銃だが、複雑な構造のおかげで故障も多かった。歪んだ拳銃のトリガーを引けば、雷管を叩かれた弾丸は銃口から飛び出さずに弾倉の中で爆発を起こす。結果、持ち主の手首から先を吹き飛ばす。最も多く持ち主の命を奪った疫病神(カラミティ)の拳銃というわけだ。

「今更、そんな骨董品を持ってる男がいるとはな」

 老人はジョエルのガンベルトに提げられた拳銃を見て、フンと鼻を鳴らした。

「しかも左利きのガンマンか。ビリー・キッドの真似なら止めな。アイツはカラミティに食われて死んだ」

「愛着があってな。捨てるに捨てられないのさ」

「だろうよ。クセになるんだ。酒と同じだな」老人は酒ビンをグイと煽った。「拳銃を持つ人間にろくなヤツはいない」

「そうかい? 拳銃を手放した人間の方が厄介だろ。ガキに余計なことを仕込むからな」

 うらびれた酒場に客の姿はほとんどない。剥がれかけた壁紙と虫食いだらけのテーブル。カウンターの向こうで新聞を読んでいる店主らしき男と、カウンターで酒をちびっている年寄りが一人だけだ。

 旅人向けに開いている店ではないのだろう。実際、店はウインドスポットの街を囲む街壁の外に隠れるように建っていた

「あの小娘たちを仕込んだのはアンタだってな」

 ジョエルの後ろに立つ、顔面を腫らした少女を見て老人は舌打ちした。

 結局、彼女たちが答えたのは二つ目の質問だけだ。街に詳しい人間。自らそう名乗っているわけでもないだろうが、情報屋と呼ばれている男の存在。

「言っておくが、俺ぁただ拳銃の扱い方を教えてやっただけだ。女がこの街で生きて行こうとするなら、身を売るか腕を立てるかしかねえからよ」

 老人は酒のビンを置いた。右手がぶるぶると震えている。酒に脳を毒されたのだろう。そういう人間が少なからずいることをジョエルは知っている。そういう人間の末路が往々にして惨めなものであることも。

「だから教えてやったのよ」

「酒代稼ぎだろ」と、チビが言った。

「教えられたものをどう使おうとそりゃ自由だがな、お前らはもうちょっとマトモかと思ってたぜ。なぁニコラ。欲目を出して強盗でもしたか? あっさり返り討ちに遭ってんじゃ教えた甲斐があったな」

 老人が笑うと、ニコラと呼ばれた少女が怒りに顔を紅潮させた。

 少女たちを殺さなかったのは何も温情からではない。拳銃を握れば女も子供もない。立ちはだかれば殺す。殺さなければ殺される。無法の荒野で唯一のルールはそれだ。

ジョエルがそうしたのは情報が必要だったからだ。もし彼女たちが大人しく従わなければ、迷わず殺した。

「その手じゃ拳銃もろくに握れないな。もし俺がアンタを殺そうとしても、アンタには抵抗する術がない。あの娘たちはアンタを守って戦うかな?」

 ジョエルが言うと、老人は黙ったまま酒をもう一口煽る。

「だからどうしようってわけじゃない。一つ、教えてもらいたいことがあってね」

「俺にはねぇな。他を当たれ」

 老人が再び酒ビンを持ち上げた。瞬間、破裂音。ジョエルが撃ち抜いたビンがガラス片とウイスキーをまき散らす。驚いた老人の手から割れた酒ビンが落ちた。店主が新聞を投げ捨て、カウンターの下に隠れる。

 数瞬の間を開けてから、老人はジョエルを睨んだ。

「少しはこっちの話を聞く気になったかい」

「ならねえって言ったら?」

「耳の穴がいくつあれば話が聞きやすいだろうな」

「くそったれめ」

「素直に協力してくれて助かるよ」

 カウンターに銀貨を三枚落とす。金の音に反応したのか、青褪めた顔で店主が顔を見せた。

 カウンター奥にある棚からウイスキーのビン持ち出し、店主はジョエルに手渡した。木製のカップを受け取り、ウイスキーを注ぐ。

「アンタに聞きたいことは一つだ、じいさん」

「俺はギムリ・トゥームストーンだ。呼ぶなら、そう呼べ」

墓石(トゥームストーン)? 年寄りが名乗るには冗談にもならねえ名前だ」

「長く生きてりゃ、なんもかんも墓石の下に埋めたくなることがあるのさ。自分が棺桶に横たわるより先にな」

 ギムリはぽつぽつと語り始めた。その大半はくだらない愚痴だ。ジョエルは酒を飲みながら、老人の話を聞き流した。

 老人は元々流れ者で、かつては腕利きのガンマンだった。証言をそのまま信用するのなら。

 賞金首を追ってウインドスポットへたどり着いたギムリは、銃の腕を買われ保安官の職に就いた。荒野の果てでは法の力などまるで効力を持たず、権威とはすなわちどれだけ上手く相手を殺せるかということだ。少なくともギムリが命を落とさず年老いている以上、話半分に聞いたとしても生き抜くだけの力があるはずだ。それから、最低限の知恵も。

「アンタが何者かはわかった」ギムリの話が途切れた隙に、ジョエルが口を挟んだ。「それじゃ今度は俺の話だ。聞きたいことは一つ。マクシームはどこにいる?」

 考え込むように、老人は黙り込んだ。ジョエルは手元のカップに酒を注ぎながらも、老人の目から注意を逸らさなかった。 

「マクシームってな、鋼鉄のマクシームのことかい。賞金首の」

「ああ」

「知らねえなぁ。俺ぁ退いたとは言え元保安官よ。手配書ならまだ事務所にあるぜ。極悪非道の賞金首なら顔を見りゃ、わかる。もちろん――」ジョエルが口を挟みかけたのを、ギムリが手で遮る。「身体的特徴についてもな」

 マクシームの左腕には鉄板が埋め込んである。銃弾をしのぐ盾にする為にだ。どれだけ変装しようと年を経て外観が変わろうと、歪に膨らんだ左腕を見ればわかる人間には正体がわかる。

「十年前にはこの街に来ているはずだ。本当に心当たりはないか?」

 ジョエルが言うと、老人が笑った。

「いつの話かと思えば十年も前か。そうさな、十年前ならウインドスポットがでかくなり始めた頃だぜ。お前、壁の中は見て来たか?」

 ジョエルは曖昧に頷いた。壁、とは街を取り囲む街壁のことだろう。

 実際に街は見ていない。ただ話には聞いている。通りを歩けば目に着くのはカジノと娼館。街のどこを見渡してもそればかりで、大陸の最果てにありながらウインドスポットは国で最大の歓楽街となっている。

「街には四種類の人間がいる。俺たちみたいな古い人間、娼館と賭場を目当てにやってくる馬鹿共、その馬鹿共の相手をする娼婦、娼婦から金を巻き上げる悪党……そして頂点に居るのがアンソニー・ポーカーよ」

 ウインドスポットは元々、何もない田舎の村だった。それがアンソニー・ポーカーが娼館と賭場を乱立して、外からの客を呼び込んだのだと言う。

「今じゃろくでもない連中が街を我が者顔でのし歩いてやがる。誰がどこに居るかなんてわかりゃしねえ。ましてや十年も前にこの街に来たってんじゃあよ」

 ギムリ老人は溜め息を吐いた。

「だいたい、鋼鉄のマクシームは死んだって噂もある。稼ぎの分配で揉めて、コンビを組んでた風のエルウッドに殺されたとかな」

「死んだの殺されただの、ガンマンのそんな話が当てになるかよ。左利きのビリー・キッドを殺したって男を俺は三人知ってるぜ。少なくともマクシームは簡単に殺される男じゃない」

「恨みかい?」

 今度は返事をしなかった。ジョエルは黙って酒を飲み干した。

「最後の情報が十年前だってんじゃ、諦めるのが利口だな」

「そうかい。時間を取って悪かったな」

 ジョエルは席を立つと懐から銀貨を一枚、老人に向かって放った。

 黙って酒場を出ようとすると、ニコラが扉の前で立ちはだかった。

「待てよ。人を探してるなら、私に考えがある」

「顔の腫れを隠す方法についてか? なら黙ってやってろ。可愛い顔が台無しだ」

 少女の頬が赤く染まる。羞恥ではなく怒りだろう。

「お前にやられた傷だ」

「仕返しなら相手にやってやるが、今度は鉛玉を食らわせることになるぜ」

「そんなんじゃない。そのマクシームって奴のこと、私たちなら街で探れる。情報のツテもある。私たちの仲間は街中にいるんだ」

 ニコラの顔色を伺うように、長身とあばた顔の女が顔を見合わせていた。

「止めた方がいいって、せっかく見逃してもらったのに……」長身の女が言った。

「メアリは黙って。話すのは私」ニコラが答えるのを見て、少女たちの力関係を何となしに察する。

「取引だ。私たちはマクシームを探す。だから私たちに協力してくれ。拳銃の使い方を教えてくれるだけでも良い。あのジジィじゃ頼りにならない」

 聞えよがしの言葉に、ギムリ老人は舌打ちで答えた。

 ジョエルが笑う。

「やなこった」

 視線を険しくするニコラの横をジョエルは通り過ぎた。

「他人に頼ってるうちじゃ強くなれねえぜ。徒党を組むのは勝手だが、自分の身を守ってくれるのは自分だけだ。それが理解出来なきゃ男にでもすがって生きるんだな」

 酒場の扉を抜けると、ジョエルは壁を見上げた。

 ウインドスポットの街は大きな壁に覆われ、中の様子はわからなかった。



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