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ウインドスポットは風の吹かない土地だと聞いた。
「風の止まない場所だ」と言う者も居た。どちらが正しいかは明白だ。辿り着いたこの場所に今、風は吹いていない。
だとしたらこの風車は何の為にあるのか。
荒れ果てた大地にぽつんと立つ大風車を、ジョエルは不思議に思って眺めた。
腐食した壁は所々穴が開き、黒々と穴をあけている。三本の羽は一つが半ばでへし折れ、絡み付いた蔓がだらしなく垂れ下がっている。風の無い荒野に風を待つ風車。何かの象徴に作ったわけでもないだろうが。
「それ以上近寄るな」
ジョエルは声のした方を見た。バンダナで顔の下半分を隠したチビが、ジョエルに拳銃を向けている。
追い剥ぎか人殺しか。人に銃口を向ける奴はどちらかだと相場が決まっている。でなければ両方か、それ以外だ。
「ウインドスポットに近寄れば殺す。黙って引き返せ」
「そうかい」ジョエルは口元を歪めて笑った。「わざわざお仲間まで引き連れて、旅人を脅かすこたないだろう」
狼狽するのは賊の方だった。そいつの背後、大きな岩の影に何人か潜んでいる。本人たちは潜んでいるつもりになっているのだろうが、足音は複数聞こえていた。少なくて三人、多くても四、五人だ。
ジョエルは幅広の帽子を深くかぶり直した。風もなく、日は焼けるような熱を放っている。
「お前たちに二つ聞きたいことがある。ああいや、やっぱり三つだ」
指は上げない。両腕をぶらりと下げた姿勢のままジョエルは一歩進んだ。
「動くな!」
賊が撃鉄を起こした。
瞬間、銃声。火を噴いたのはジョエルの拳銃。カラカラと音を立てて、チビの拳銃が地面に転がった。
「一つは」ジョエルの左手に拳銃が握られている。銃口からは硝煙が伸びていた。
「どうしてこんなことしてるのかって、まあそんなに興味もないんだが」
続けて銃声。岩陰から飛び出して来た賊に向かって発砲。放つ弾丸は狙い違わず、相手の持った拳銃に命中し弾き飛ばす。
「二つ目は、ウインドスポットに詳しい奴を教えろ。長く街に居る人間だ。そうだな、少なくとも十年以上は街に住んでるやつだ」
チビが走り、地に落ちた拳銃に手を伸ばす。ジョエルがその顔面を蹴り飛ばした。
「本当に死にたいのか? あんまり抵抗するなら一人二人には死んでもらうぜ」
転んだままのチビからバンダナをむしり取る。思った通り、そいつはまだジョエルの半分も生きていないような少年だった。ヒゲの産毛すら生えていないガキだ。いや、こいつは――
「女か」
頬は真っ青に腫れて、皮膚が切れて血が滲んでいる。そいつはキッとジョエルを睨んだ。
「男の真似事をするのは勝手だがね。それで自分の身も守れないなら、あまり利口な生き方じゃないな」
ジョエルは振り向きもせず、背中ごしに一発撃った。足元を忍ばせて近寄っていた女が悲鳴を上げる。弾丸は女の頭上をかすめて飛んだ。
全部で三人。全員が男装しているが、まだ年端もいかない小娘だ。
「三つ目の質問」
ゆっくりと、順番に拳銃を少女たちに向ける。最初にジョエルを襲おうとした小柄な少女だけは、銃口が向けられても怯え一つ見せなかった。少なくとも表面上は。
「あの風車、何の為にあるんだ?」
顔を見合わせる少女たちを見て、ジョエルは笑った。