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幻想生物観察日記  作者: うりぼう
9/12

カラアゲの木 前編


 吾輩の家は田舎の一軒家だ。多少、買い物には不便だが、家賃が安く畑もついている、なかなかの良物件だ。

 今日も吾輩は、畑の作物に水をやりに外に出る。


 おや、今日は曇りかな。

 いつもより日差しが弱いと、空を見上げる。


 すると、そこには巨大な城が建っていた。


 吾輩は絶句した。

 一見、荘厳な造りのそれはどことなく周りののどかな風景に浮いており、ここでネオンをつけたら、そのまんま田舎のラブホだった。そして、その田舎のラブホのてっぺんには巨大なパンダ像が建っていた。それをせっせと兵隊スミレが拭いている。


 おのれ、パンダ!

 

 吾輩は『ご休憩四千円~』の看板をたてたい気持ちをぐっとおさえる。

 ほら、よく見ろ、あそこで働くスミレたちを……。パンダはにくいがそんな真似をしたら、それを片付けるのはスミレたちの役目になる。ただでさえ過労気味のスミレをそれ以上酷使してはいけない。

 

 パンダ憎んでスミレ憎まず。


 吾輩も甘ちゃんだ、せっせと育てた女王スミレに愛着を持つなんて、その子どもたちなら孫も同然なんて。


 フッ、とニヒルな笑いを浮かべて、吾輩は部屋に戻る。とりあえず、日照権は確保したいので、電話帳を開き役所にだけは報告する。


 ごめんな、スミレ。法律は大切なんだ。


 パンダよ、お前の城を取り壊すがよい。


 さて、朝の些細な事件はさておいて、今日はお出かけの予定があった。もう夏も終わりかけ、この時期によくとれる作物をとらないといけない。吾輩はリュックに荷物を詰め、帽子をかぶり採取場所へと向かうのだった。


 この季節、とれるもの。それは、あつあつジューシーなものである。


 そうからあげだった。






 世の中、からあげの生る木なんてないだろうと人は言う。しかし、人のいけないところはそういう風に決めつけることだ。


 よく考えてみよう、ヤカンだって生る。

 ダンビラだって生る。

 カレー鍋だって生るし、スミレも生えるのだ。それくらい生えたところで些末なことである。


 電車でごとごと一時間ほど。秘境とは言い難いが、観光地にするには辺鄙すぎて誰も来ないような南の森、そこにからあげの木がある。


 その森には、からあげにちなんでだろうか、いろんな鳥類が生息している。

 吾輩はバードウォッチングがてら、からあげ狩りに来たのだった。ふふ、このからあげさえリュック一杯に詰め込んで帰れば、一週間ぶんのカロリーは賄えるぜ、ふふふ。


 そして、一時間に一本も止まらない辺鄙な駅で降りる。意外にも、降りる客は吾輩以外にもいた。


 リスとウサギだった。

 

 リスが吾輩に手を振った。その手には、しっかりお持ち帰り用のタッパーが入ったかごがあった。

 ウサギはウサギで、今日はニンジンソードではなく竹串を大量に持っていた。


 きっと、この二匹はスナックのメニューを狩りに来たのだろう。商魂たくましい奴らめ。


 可哀そうに、馬は電車に乗れなかったらしい。馬だもんな、と駅の外にでると、普通に馬がいた。また、大根を食べていた。


 そういうわけで、目的地が同じということもあり、こうして二頭と一匹と一羽で森へと向かうことになった。ウサギは一羽、ぴょんぴょん飛ぶからである。

 





 森は、夏の終わりともあって繁殖期を迎えた小鳥たちのさえずりでいっぱいだった。近くに火山があり、その火山灰が栄養となって森を豊かにしている。土を豊かにする反面、時に牙をむくのが自然というものだ。


 この火山では数年前まで火山が活発に活動していた。今は、一応警戒を解かれているが、そこに観光にやってくる物好きはいない。

 

 それまではからあげを名産として売り出していたちょっとした場所だったのだが。


 しかし、観光客が我々以外にいないとなると、なかなか優雅なものである。ピクニックコースは多少荒れているものの、吾輩たち元々獣である。なんなく歩いていくし、馬はピクニック用の蹄鉄に履き替えていた。飲み物はちゃんと準備し、塩あめを用意するという周到さだ。


 ピクニックなので元気よく歌をうたいながら歩きべきかなと吾輩は思ったが、ここにいるのは皆アニマルである。正直、歌などない。しかたなく、携帯電話をラジオにしてそれを流すことで沈黙を紛らわせる。


 吾輩たちはからあげをとりに行く。しかし、からあげというが、実はなぜからあげが木になっているのかわからないのだ。つまり、何の肉かわからないのである。


 しかし、そのからあげは大層美味だ。外側はカラッと、中はジューシー、ほのかな塩味と香草の香りがやみつきになる。どうして、そんなものが自然界でできるのか不思議だが、世の中薄い本を読み漁る狸がいるので気にしては駄目だろう。

 それに、吾輩もシグカレの器を持っている。中に入れたものをなんでもカレー味にする器というのも、奇妙といえば奇妙だろう。


 なので吾輩も先人たちと同様、深く考えず、そのからあげをただ美味しいと貪ればいいのだろう。しかし、それを許さないのが生物学獣である吾輩だ。


 これ、何の肉?


 その疑問を追及することになる。


 南の森にはたくさんの鳥たちがいる。吾輩は双眼鏡片手にまわりを見渡す。ときどき、後ろで馬が野草を食べて苦しむたびに、ウサギが面倒くさそうに蹴りを入れて、草を吐かせていた。こういう場所では野草は食べるな、どんな毒があるかわからない。それくらい常識として考えてもらいたいものである。


 リスはリスでどんぐりを探していたが、まだこの季節どんぐりにはちと早い。


 そんな風に歩いている途中で吾輩は見つけた。双眼鏡をのぞくと小さなひよこが野草をついばんでいる。あれはたしか、ピヨピヨヨという鳥だ。よく地面をついばんでなにか文字のようなものを残すので、別名ヒエログリフバードとも呼ばれる。

 

 こいつだろうか。


 横でリスが包丁を研ぎ始めた。

 

 ウサギが串を振る準備をして「やるか? やるならいくぜ」と目が語っていた。

 

 馬はそこらの草を食べていた。


 たしか成長したらニワトリによく似た姿になる。それをからっと揚げた姿を想像して、吾輩の口の中から唾液があふれ出してきた。


 やるか。

 

 三獣の意見が一致しそうになったところで、吾輩はハッとなる。


たしか、ピヨピヨヨ。

この森にしか生息しておらず、数年前の噴火で激減している。もし、ここで始末してしまったらどうなるだろう。保護生物の乱獲はいくらの罰金が科せられるか、吾輩は指で数えようとする。指はなく蹄だったことに気が付き、頭で計算する。


 数秒後、吾輩は却下とウサギとリスに伝えた。日々の食事に困る吾輩にとってそれは破産を意味する。ちなみにここまでの電車賃は、フィールドワーク用に購入していたフリーパスを利用しているのでただである。


 命拾いしたな、と吾輩はピヨピヨヨにそっと手を振った。


 次に見つけた鳥もまた、ひよこのような姿をしていた。

 これは面白いと吾輩はおもった。それは、ひよこなのに派手に花びらや葉っぱで姿を飾り付けた鳥だった。


 名前は確か、レイジョーピヨーコと言う名である。そのすがたは卵から孵化してから成鳥になってもひよこのままの姿を保つ面白い鳥だ。

 しかし、本当に面白いのはそれだけではない。


 さきほど、花びらで飾り付けたレイジョーピヨーコがなにか別の鳥に近づいている。そして、腰をふりふりダンスに誘う。

 誘われたのは雄の鳥だ。別種だが、花びらをつけて擬態したレイジョーピヨーコを同種の雌と勘違いしている。そして、雄はそのダンスに惹かれ、貢物のフルーツをたくさんレイジョーピヨーコに渡すのだ。


 これはレイジョーピヨーコが繁殖にやる美人局行為である。別種の雄をだまし、こうして財産を奪うことから、美人局鳥や守銭奴雛とも呼ばれている。

 騙された雄は可哀そうである。

 そして、さらに可哀そうといえば、その美人局行為を行うのは、ピヨーコの雄のみだということだ。

 女装した雄に全財産を貢ぐ雄鳥。哀れすぎる。


 世の皆さまよ、こんなことにだまされないでくれと吾輩は祈るばかりだった。





 

 こうしてしばらく歩くと森の中央に出た。そこには巨大な湖がある。


 吾輩はリュックからレジャーシートを取り出す。そそくさとお弁当を出す。今日のおかずは芋だ、それと大根だ。自家製の無農薬である。


 はやくタンパク質が欲しいと吾輩は思う。


 リスとウサギもそれぞれ弁当を持参し、馬は湖の水を飲んでぺっと吐きだした。


 ああ、と吾輩は思う。

 

 ここは実は塩湖なのだ。普通、乾燥地帯に多いはずの塩湖だが、ここは火山が近いため地熱によって水が蒸発しやすくなっているらしい。ゆえに、塩湖になっているのではないかという。


 馬はしぶしぶ水筒から水を飲む。


 ここにいる生き物たちは、この湖の水を飲むことはないが、利用することはある。


 噂をすれば早速やってきた。

 スズメが来た。

 よろよろと今にも死にかけたスズメである。そのスズメはそのまま湖に落ちる。沈んだまま溺れたのだろうかと思った瞬間、スズメは湖から弾丸のように飛び出た。


 この湖には多少だが、魚がいる。このスズメ、弾丸のように飛ぶことからテッポウスズメと呼ばれている。そいつは、ここにいる小魚を主食としている。


 羽は塗れているようだが、よく見ると表面に脂が浮いており、水は弾いている。それでも、染み込んだ水滴を払うように羽をばたばたさせる。


 テッポウスズメは、見た目は死にかけているが、やればできるスズメである。


 これも違うかな。


 吾輩はそう思いながら、貧相な弁当を食らうのだった。


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