毒兎の調理法 後編
「ウサァ」、「ウササァ」と魔兎たちの鳴き声がざわめくように聞こえる。不思議だ、解読不可能な鳴き声なのに、「丸焼きってまんまじゃね?」、「肉だし、我慢しろよ」と変換されるのはなぜだろう。それでもって、その会話に明らかにどでかい白黒の生き物が混じっているのはなぜだろう。
パンダはうさ耳をつけて大変違和感ありまくりで、吾輩を取り囲む群れの中に居座っていた。
そういえば、魔兎の一種には身体の一部で仲間か否か判別するものがいる。大陸にいる一角兎の一種がそうであるが、この魔兎たちも同じ性質を持っていたというのか。そう言われるとわからなくもないといいたいところだが、どうしてあの巨体が混じれるのか。ぷんぷん灯油混じりのサンオイルの匂いを漂わせているのに。そのひくひくさせる鼻は伏し鼻だろうか。
吾輩は、リスたちによる南国リゾート気分を味わっていた。この南の島ではどんぐりは貴重らしく数粒渡せば、かなりラグジュアリーになれた。
パンダはそれを知っていたらしく、どんぐりを用意していた。リスにサンオイルを塗らせるだけでなく、全身エステに加えてリスフラダンスショーまで頼んでいた。
最初からそのつもりで来ていたのかもしれない。
うさ耳を持っていたのも、あらかじめこの島の魔兎の性質を知っていたからだろう。
ゆるすまじパンダ。
吾輩はそのまま昼寝して、だらだらとリスショーを眺めた。リスが帰ったあとも、うつらうつらという気分で星空を眺めていた。天然のプラネタリウムはとても美しかったのだが――。
魔兎の襲撃にあった。
パンダは小屋に戻っていたが、野外にいた吾輩は瞬く間に捕らわれの身となった。レッサーパンダ(仮)は帰っておらず、むしろ薄い本を手に入れて満足したのかもしれない。
じわじわととろ火が吾輩を焼く。きっと表面はカリッ、中はとろっとした丸焼きを作り気に違いない。
吾輩は、パンダを睨む。
パンダは吾輩の視線に気づいたのか、ぴくりと顔を上げた。そして、前脚を顔の前に立てると、「メンゴ、メンゴ」となんとなくむかつく謝り方をした。
パンダは両前脚を大きく広げ、首を振りながら、ふうっとため息をついた。
「だって、仕方ないっしょ。全滅を免れることが次へとつながるし。助けろ? あっ、無理っしょ、この状況」と言いたいらしい。
焼きパンダにしたい。
パンダはそれでも一応考える振りをした。そして、ぽんと手を打つと吾輩の元へやってきた。
縄をほどいてくれるかと思いきや、どこからともなく取っ手のようなものを取り出して、吾輩が吊り下がっている棒の先端に取り付ける。
そして、くるくると回し始めた。
焼ける焼ける、目が回る目が回る。
パンダの機転に魔兎たちが拍手を送る。パンダはどうもどうもと頭を下げる。
吾輩だけこんがり焼ける。
熱さと目が回るのでくらくらしている中、魔兎たちが急に静まり返った。かわりにずしんずしんと地面が響くような音がした。
三方に囲まれた崖の巣穴の中で一番大きなものから何かが出てくる。
それは黒々とした毛並を持っていた。
厚い胸板と太い腕、そしていかつい顔。
それは、ゴリラだった。
「ウサァ!」
魔兎たちが一斉に整列した。なにかおとぎ話でみたことがある光景だ。
ずしんずしんと地面を響かせてゴリラは一段高くなった場所へと座る。下には柔らかい草が敷かれ、皿かわりの大きな葉っぱには、バナナがもりもりと置いてあった。
ゴリラの頭には、なぜかうさ耳が付いていた。
パンダが今付けているものと同じものだ。
吾輩は、それを見て直感した。
魔兎の大量発生、それはこのゴリラが魔兎のボスになったからだろう。魔兎は強いボスを得たことで、巣穴をすぐ捨て去ることを止めた。魔兎はすぐ繁殖するが、子が大人になるまで育つのが難しい。理由は、巣穴を捨て去る際、子育てが一旦中断されるからだ。新しい巣穴を作り終える前に子兎の数は減る。
対して、ゴリラはバナナさえ食べれば満足なので、居座るだけでバナナが食べられるこの場所を気にいっているようだ。特に何をするわけでもなく、草のクッションの上でごろごろしている。
さて、そうなるとなぜゴリラの頭にうさ耳がついているかである。
それも予想がついた。
南の島に入り浸っているパンダにもうさ耳、それが答えだろう。
ラグジュアリーな気分になりたくて、この島に来た際、落としてしまった。それがなぜかゴリラがつけてしまい、魔兎のボスとなった。
ゴリラがなぜこの島にいるのか、その点は不明だが、世の中、ペットを放置するものはたくさんいる。そんな風に結論づけた。
もう一つ謎がある。魔兎は魔生物だ、『人』として扱われる文化は持っていないはずだ。なのに、火を使い、道具を使っている。少なくとも、こんな行動をしていれば、害獣として『食べよう』とは思わないだろう。
そういや調理法を探さなくちゃいけなかったと思い出す。
絶賛、調理され中だけど。
この魔兎は普通の兎のように見えるが、体内に毒を持っている。特に唾液に多く含まれており、噛みつかれるとしびれる。時折、口にたまった毒を排出するため「ぺっ」と唾を吐く行動をする。
毒は怖いが、そうそう襲われることはないとたかをくくっていた。
それがいけなかった。
魔兎は砥石で刃物を研磨していた。漁師が落としたものだろうか、刃先が濡れ、良い感じに研ぎあがっている。
その横で、「これ使うといいよ」といわんばかりに、パンダが研磨剤を渡していた。
うん、なんとなくわかった。
魔兎の技術がいきなり向上した理由が。
魔兎の一匹が小枝を持ってきて、たき火にどんどんくべはじめる。
とろ火から強火にする気だ。もうおしまいだ、と吾輩はパンダを睨んだ。パンダは「恨むでない」と手を合わせ、菩薩のような顔をした。
走馬灯のように昔のことがよみがえる。お得なヤカンの種、育ったヤカン、烏賊、狸、狸、狸、時々レッサーパンダ。
うん、なんかすごくどうでもいいことしか思い浮かばなかった。
こんなんで終わるのかと諦めかけたときだった。
きらんと、月明かりに反射してなにかがきらめいた。丸っこいシルエットが半月に映し出された。そのシルエットからしゅっとなにかが伸び、魔兎のボス、ゴリラを襲った。
なにが起きたのかわからない。ただ、「ウサァ」と魔兎たちが慌てる。慌てる理由はこうだ。
突然、ボスがいなくなった。
ゴリラの頭から、耳が消えていた。
何が起きたのかわからない。
ただ、混乱に乗じて、吾輩を縛っていた縄が切れた。
細い、ワイヤーのようなものが伸びて吾輩を解放してくれた。
その瞬間、直火の上に落ちてころころ転がる羽目になったがその点は仕方ないとしよう。
こんがり部分を傍にあった水瓶で冷やし、ワイヤーの元を見る。
そこには、レッサーパンダ(仮)がいた。その脇には、薄い本を抱えていた。
レッサーパンダ(仮)はワイヤーを引き抜くと、元のやきそばパンに戻した。「借りは返したぜ」と言わんばかりに去っていった。
なんか無駄にかっこよかった。
薄い本、便利だ。
ボスを失った魔兎たちの混乱をさらに畳みかけたのは、リスの侵攻だった。リスの大群が、魔兎の縄張りにやってきた。
リスは「リシャー」と叫びながら、小石を投げてくる。魔兎は素早い動きで避けていたが、避けた小石はことごとくパンダに当たっていた。面白いくらいぼかぼか当たっていた。
リスたちは吾輩の縛られた四肢を解いてくれた。
なぜリスがここまでしてくれるのかと、思っていたがそういえばモーニングサービス頼んでたと思い出した。
すごいプロフェッショナルだ。
それでもって同じくモーニングサービスを頼んでいたパンダだが、うさ耳をつけていたためか認識されなかった。血を吐きながら、小石を全身に受けていた。
さすがにこれはまずいと思ったのか、パンダはうさ耳を投げ捨てた。
すると、今度は魔兎たちがパンダを襲う。
吾輩はその様子を火傷の手当を受けながらじっとみていた。
報告書に、今回の魔兎大量発生の原因についてしっかり書かねばならなかった。一字一句もらすつもりはない。
そして、魔兎に追い回されたパンダは、まだ燃え盛るたき火の横を通り過ぎた。
小さな火の子が飛び、それがパンダの毛皮に引火した。
あとはもう語る必要はないだろう。
サンオイル(灯油混)をしっかり塗ったパンダ。
吾輩よりとてもいい感じの焦げ目がつくことだろう。
吾輩はそっと蹄を合わせ、菩薩のような顔をした。
空を見上げると、きらりと流れ星が瞬いた。
その二日後、吾輩は迎えの漁船に乗って島をあとにした。
行きに一緒にいたパンダもレッサーパンダ(仮)もいない。
だが、代わりになぜかリスと魔兎が一匹ずつついてきた。
ゴリラは動物園にひきとられることになった。
見送る魔兎とリス、白い弾幕にはわけのわからない蛇のような文字が書かれていた。
調理法は見つからなかった。