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幻想生物観察日記  作者: うりぼう
5/12

毒兎の調理法 前編


『先日の調査結果について』 


 届いた荷物は、先日大学の研究室に頼んでいたものだった。生憎、茸本体は烏賊の上に落ちて跡形なく消滅してしまったが、念のため胞子を別にとっておいた。研究室時代にやっていたくせが抜けていなくて助かった。


 案の定、胞子は緑狸由来の緑狸茸に近いものと判断された。なぜそんな曖昧な表現かといえば、緑狸にも生息場所によってその性質に差が生じるという。緑狸はどこにでも現れるといわれるが、本来はそれぞれ固有の沼に生息し、時に移動し暮らしている。


 吾輩は資料を机の上に置くと、カレンダーを見た。赤丸がついている。

 やれやれと机の上に置いてあるパソコンを開く。


 吾輩とて、こう見えて社会獣である。美味い干し芋を食らうには、せっせと働かなくてはいけない。生物研究獣として、細々と学会発表する傍ら、大学で講義を開いたり、企業の依頼を受けることもある。コミュニケーションが他人より乏しい吾輩にとって貰った仕事は大変貴重なのだ。


 そして、今回の依頼は以下のようなものだった。






 魔兎の生態を調べてほしいという依頼を受けて、吾輩はその魔生物の生息地に向かった。

 魔兎は魔生物の間でも、比較的ポピュラーだ。魔兎類は魔狸類と同じくらい種類が多い生き物だ。物語にも多く出てくる。有名なのは『坊ちゃん、一角兎のボスになる』だろうか。

 

 ゆえに、今さら調査をしなくても魔兎もしくはその近縁種の資料はごろごろしている。なのにこうして吾輩に依頼が来たというのはそれなりにいわくつきのものだろうか。


 生息地は南の島だった。本島から少し離れた無人の島だが、漁のため船着き場があり、泊まり込める小屋もある。

 地元民の話によると、ここ最近、やたら魔兎が繁殖し増えているというわけだ。吾輩にかせられた使命というのが、その急激に増えすぎた原因と環境への影響、あとできれば数を減らすための有効利用について調べてほしいとのこと。


 一番、最後のおまけみたいなものが、本来の目的だと吾輩は踏んでいる。

 

 増えすぎた、駆除する、駆除するだけじゃもったいない。

 それが、島国根性にしみわたったもったいない精神だ。

 それでもって、有効利用と言えば聞こえはいいが、なにをさせようかといえば。


 ブルーギル、クラゲ、それらの生き物がどうにかして消費しようとする地元民の苦労がわかった気がした。

 一番、面倒くさいことをさらりと言ってのけてくれる、村長さん。

 吾輩は学獣であり、料理獣ではない。


 なのに、日数分の食料の他に、大量の料理本と調理器具、そして、罠や解体器具もある。


 手先が不自由な吾輩では、捕獲に調理は不可能だと説明すると、そんな心配はないといった。


 というわけで、数日後に迎えにくる船に手をふる影が二つ見える。

 国旗を振る白黒の生き物と、茶色の生き物だ。

 地元民が吾輩一人では難しいだろうとつけてくれた獣材で、二匹ともパンダだという。パンダ、確かに一匹は白黒の巨体だ、なぜか赤いポリタンクを常備していることをのぞけば普通のパンダだ。 

 だがもう一匹はどうだろうか。たしかに、顔にくまのような模様がある。手足も黒いが全体的に茶色で、なにより小さい、なんというかパンダはパンダでもレッサーパンダだった。いや、それすらも怪しい。

 

 レッサーパンダ(仮)は、なんだか手に黒い細長いものを持っていた。吾輩の目にうつる限り、焼きそばパンに見えた。それを見ていたのに気が付いたのかレッサーパンダ(仮)は慌てて焼きそばパンを隠し、笹を取り出してもしゃもしゃ食べ始めた。パンダが指をくわえて見てるが、やらないみたいだ。


 人と獣の境は曖昧で、獣と魔生物の境も難しい場合がある。魔生物として扱われている生き物が、なんらかの理由で人の社会のものを得る場合、獣に擬態することはままある。吾輩のように魔生物にくわしい獣でもいない限り、そうそうばれることはないだろう。

 

 吾輩は、焼きそばパンを見なかったことにした。

 

 二匹に島の見取り図を使って、こちらを見てきてくれと、指示を出す。人と違い、獣相手だとボディランゲージが多いので伝わりやすくていい。そういう面を踏まえて獣をよこしてくれたのだろう。

 

 パンダはにっかり笑って親指を立てた。わかったとの意思表示だ。


 レッサーパンダ(仮)も同じく理解したとコクコク頷いている。しかし、ちらりちらりと吾輩の鞄を見ているのはなぜだろう。

 

 吾輩は鞄の中をのぞいてみた。なぜか記憶にない本屋の紙袋が入っていた。それを、レッサーパンダ(仮)が目をらんらんにして見ている。

 嫌な予感がして中身をのぞくと、なんだかお約束のものが入っていた。まただ、と頭をおさえる。なんでいつのまにこんなものを買っているのだろうか。


 いるかい、とレッサーパンダ(仮)に渡した。先日、いろいろお世話になった薄い書籍だが、吾輩にその趣味はなかった。

 レッサーパンダ(仮)に渡すと、きらりと目が光った気がした。どんと拳で胸を叩く。

 

 やはり魔狸類は似たような性質を持ち合わせているのだろうなと吾輩は痛感した。






 魔兎の巣を探すのに時間はそうかからない。問題は、魔兎がいるかどうかだ。魔兎は警戒心が強く巣の周りに違和感があるとすぐ引っ越す習性がある。

 吾輩としては、魔兎を確認しなければならないのでそれは困る。

 ゆえに、パンダたちには別のルートを探してもらうことにした。魔兎が巣をつくらない場所である。しかし、魔兎の周回ルートに入るので、危険を感じた魔兎は巣に戻ってくる。その様子を吾輩が観察するという方法だ。


 吾輩は、顔に泥を塗り、苔や葉を身体につける。一見、滑稽な姿だがいたしかたなし、これも魔兎に察知されないための擬態だ。


 両手に木の枝を持ち、かさかさと横歩きをして三方を崖に囲まれた場所に行く。魔兎は崖の周りに巣穴を作ることが多い。その習性ゆえ、鉱山では嫌われる魔生物だ。来るたびに新たな巣穴が掘りちらかされ、それが原因で倒壊することもある。


 魔兎を捕まえるとすれば一番有効なのは罠だろう。巣穴の入口にそってワイヤーの輪をくくりつけておけば、簡単に捕まる。そうなると、料理のことを考えなくてはいけない。魔兎は雑食だが、温かいこの地方では豊富な草や果実がある。肉の臭みも少ないだろう。


 そんなわけで吾輩は、使われていた巣の数から大体の生息数を計算して割り出した。これだけ巣穴がたくさんあるのだったら、くるりと落とし穴を掘る方が有効かもしれないなど考えつつ、いったん小屋へ戻ることにした。


 



 

 戻ると不思議なものが出来上がっていた。

 小屋の横に、デッキチェアとテーブルが並んでいた。ご丁寧にパラソルまでかけられて、テーブルには椰子の実にハイビスカスを飾ったジュースが並んでいる。


 ごしごしと蹄で目をこすった。

 

 どうみても南国リゾート風景がそこに広がり、パンダがビキニを着てサングラスをかけていた。パンダはサンオイルをちらつかせ、背面を見せている、流し目でビキニの紐をはずされてもどう反応すればいいかわからない。


 吾輩の反応が悪かったのか、パンダは舌うちをしてぱちんと指を鳴らした。あの手の構造でどうやって音が鳴るのか不思議だったが、それに反応してかぞろぞろ小さな生き物があらわれた。


 リスがたくさん現れた。


 パンダはリスにどんぐりを渡す。リスはそれを受け取ると、敬礼ポーズをしてサンオイルを二匹がかりで運び始めた。途中、転んで落としてしまい「やばっ!」という雰囲気で顔を見合わせていたが、赤いポリタンクを見つけると、サンオイルの瓶に詰めていた。


 もう知らない、黙っておこう。


 他のリスたちは、もうひとつデッキチェアを用意すると、吾輩の前脚を引っ張った。


 首にハイビスカスのネックレスを巻かれた。吾輩に出されたのは、涼しげなヤカンの器にしゃりしゃりのかき氷だった。マンゴーの角切りとフルーツソースがかかっていた。ヤカンには、魔力が付加されており中の食物の状態を最適に保つようにできている。吾輩のお気に入りの食器だ。たまに「やかーん」と鳴くことをのぞけば完璧な一品だが、鳴かないヤカンはお値段が一桁違う。


 勝手に開けたのはすこし不満だが、とてもかき氷が美味しそうでじゅるりとよだれがあふれてくる。


 歩き回って少し疲れた。パンダが怠けているのは不愉快だが、かき氷を頬張りたい欲のほうが上回った。


 気が付けば、サングラスをかけて南風をここちよく感じたまま昼寝をしていた。






 照りつける光が肌を焼く。てらてらと小麦色に輝く肌は誰もが魅了されるだろう。


 吾輩は珍しく、自分のことをそう形容した。めったにそんなことは言わない吾輩であるが、そう言わざるを得なかった。


 だって、実際、無数の目が吾輩を見て、その視線を離さない。

 

 きっとあまりに魅力的過ぎて、今にもかぶりつきたいに違いない。


 じっとパンダが吾輩を見ている。その頭にはなぜかウサ耳のヘアバンドがつけてあった。周りにいる視線の主たちも皆、長い耳をぴくぴくさせている。


 どうしてこうなった。


 無数の魔兎が吾輩を取り囲む。その視線が熱い。それだけで吾輩の身は焦げ付いてしまいそうだ。


 だって、丸焼きだもん。


 四肢を太い棒にくくりつけられ、吊られている。下にはじりじりと火が燃えていた。とりあえず、脂を落とそうというくらいで大変生殺しな焼き具合である。


 一言でいえばその光景は、集会であり宴会であり食事会であり、メインディッシュは吾輩であった。


 魔兎にこんな文化があったとは、と驚きを隠せないところだがそんな場合でもない。


 だって、丸焼きだもん。


 現在、絶賛サバト中であった。


 

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