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幻想生物観察日記  作者: うりぼう
3/12

烏賊 前編


 友人に烏賊釣りに行こうと誘われた。普段、研究職に没頭している吾輩は運動不足になりがちだ。良い機会だと誘いに乗ることにした。


 



 なんだか頭の頂点が痛い。数日前になぜか茸がついていた部分だ。ずきずきしたと思うと、ふと時間が過ぎて記憶がないときがある。さっきも、本屋で時間を潰していて、気が付けば五分過ぎ去っていた。手には紙袋があった。

 雑誌を買おうと思っていたので、それだろうかと思い、鞄の奥にやった。


 記憶障害はなにかとまずい。なんらかの病気だったらどうしようと吾輩は首を傾げる。


 うり公前には待ち合わせをするカップルたちが見えるが、まだ吾輩の友人は到着しない。それもそうだ、もうそれが間違いだった。


 




 烏賊釣りは漁船にのせてもらい、夜に釣りに行く。新鮮な烏賊刺しは美味いし、沖漬もいい。大変楽しみにしているが、まずそれに至るまでが難しいと吾輩は予測していた。


 待ち合わせの時間は駅のうり公像前に十一時だ。しかし、現在、十一時半、吾輩はうり公像の斜め前にあるファミレスにいる。ドリンクバーを飲みながら意思伝達の要である端末をいじっている。

 蹄でも上手くもてるように改造されたペンタブを手にし、店のおねえさんに追加のポテトパイを頼む環状線を三周ほどしているだろうか。メールの通知を見るたびに同じ駅を言っている気がする。


 待ち合わせ時間プラス四十五分、それが吾輩と友人ウカ氏が出会える時間の平均である。


 



 

 ウカ氏はいつもどおり大荷物をごろごろさせてやってきた。大きな帽子をかぶり、マフラーをしている。

 一見、しっかりしていそうに見えるが、目を離すと反対の路線に乗りこもうとするので気をつけなくてはいけない。

 ウカ氏は『人』であるが時に『魔生物』以上に奇妙な行動をとる『人』もけっこういるものである。


 道中は、特に問題、いや大問題といえることもなく過ごすことができた。駅弁をひっくり返しても片付ければいいし、お茶を前の人にぶっかけても親切な紳士で助かった。


 こうして、電車を乗り継ぎ、今宵の宿たる民宿にたどり着いた。

 いぶし銀のなかなかよいお宿で、畳の良い匂いのする部屋に通された。思わず畳でごろごろする。ウカ氏は、嬉しそうにタオルを準備していた。温泉を楽しむらしい。


 吾輩も温泉に入ろうかと思ったが、ちと調べることがあるので先に行ってもらった。


鞄を開けると、ガラス製の試料瓶を取り出す。本来、土壌検査に使う代物だが、中には一本の茸が入っている。

 数日前に、頭についていたものだ。


 どうにも吾輩の記憶障害はこれが原因なのではないかと思わなくもない。えのき茸を大きく拡大し柄を短くしたようなそれはどこかで見覚えがある気がした。しかし、それを思い出そうとすると頭が痛くなる。


 おそらく珍しいものだというのはわかった。

 なので、検査を依頼することにした。ちょうどこの付近に地方大学があったはずだ。そこの農学部に菌類の研究室があった。昨日、メールを送ったらいつでも持ってきていいという快い返事を貰った。


 明日、それを持って行くために地図で詳しい場所を確認する必要がある。端末を充電しつつ、ネットをつなげて調べる。田舎なのか、かなりネットの動きが悪かった。ロードの間、暇なので鞄の中の紙袋を漁る。

 なにを買ったっけ、と思いそれを開いてみると――。


 薄い本が数冊あった。


 露出度の高い、肌色の多い本だった。

 それだけでも、十分ベッドの下に隠して、母上に部屋の掃除をさせないレベルの代物だがさらに上だった。


 端的に言えば雄同士の接合を事細かに書いた作品と言っておこう。


 そっと紙袋に戻し、頭を抱えた。


 どうした、一体なにがあったというのだろうか。なぜ、私はこんなものを購入しているのだろうか。


 一体、何が起きているのだ。これは、旅から戻ったら精密検査をしなくてはいけない。いい病院はないかと検索するが、ナウローディング画面が終わらない。蹄でばんばん叩いたところで切り替わらない。


 そんなこんなのうち、ほくほく顔で幸せそうなウカ氏が戻ってくる。吾輩は、紙袋を鞄の一番奥にしまう。

 「なにやってたの」と聞かれて、心臓が激しく鼓動を打つ。別になんでもないと素っ気なく首を振る吾輩は、まるで反抗期の中学生だろう。


 おかげで温泉も食事も、民宿とは思えぬほど豪華なものであったが、何も感じなかった。刺身は只の魚肉、紙鍋の趣向もさっさと煮えろと風情を楽しむ余裕もなかった。ひたすらあの薄い本が何かの拍子でばらけないだろうかと、そればかりが不安だった。






 翌日、といってもまだ真っ暗な時間帯、本題の烏賊釣りをすべく漁船へと向かった。荷は民宿で預かってもらえるのだが、昨日の不安からか鞄を全部持ってきてしまった。大きな荷を背中に背負う吾輩を見て、ウカ氏が「半分持とうか」と言ってくれたが、丁重にお断りした。

 それだけは断じて無理だ。


 漁船は思った以上に大きかった。てっきりもっと小さくて揺れて酔うものだと思っていたので、酔い止めをたくさん持ってきたが必要ないかもしれない。

 少しだけ安心して入ると、救命具を渡された。ウカ氏にはぴったりだったが、吾輩のうりのようがフォルムに合う救命具はなく、かわりに子ども用の浮き輪をかぶせられ、紐で固定された。背中の荷物が邪魔だったが、これだけは離せないと断った。


 ぷおーんと奇妙な音がして船が出港する。

 吾輩は端末を通してしか会話できないため、主に船のおじさんたちとコミュニケーションをとるのはウカ氏である。

 おじさんというが、船員は想像していたよりも若い『人』が多かった。『獣』なのか『人』なのかわからない熊もいて、談話をしながら笑って脇をおさえていた。笑い上戸なのか知らないがあまりに笑い過ぎて後ろへ反り返り、そのまま動かなくなったと思ったら、どうやら脇腹が折れたらしい。

 船員がえっさほいさと個室に運んで片付ける。随分、慣れた様子だった。


 大丈夫だろうか、この船は。


 しかし、話を聞いているとなんだか妙におかしい気がしてならない。

 「今度こそ仕留める」、「必ずやるぜ」など妙に殺気立った雰囲気も見られる。

 

 わけがわからないまま、差し出される茶菓子をぽりぽり食べていると、一際ガタイの大きい男がやってきた。

 褐色の肌に銀髪をした筋肉隆々の男だ。

 なかなかのナイスミドルぶりだが、一つ提言させてもらえば、なぜふんどし一丁なのだろう。股間と腰回りを除く部分がむき出しで、なぜか両手にだけ星形の赤いグローブをつけている。

 漁師の正装なのか。


 周りの雰囲気を見ると一番偉いのはあの半裸の男らしく、船長と呼ばれている。

 

 露出狂が船長、また不安要素が増える。


 ウカ氏は普通に、むしろ気軽に挨拶してくれるところをみると、旧知の仲に見える。


 ウカ氏は鞄からルアーを取り出してニコニコ見ている。それを、船員たちが不思議そうに見ている。

 

 ここまでくれば吾輩でも察しがついた。


 ウカ氏はあれでエリートだ。たしか、環境庁とかそんな感じのところに勤務しており、吾輩と知り合ったのもその縁があってのことである。


 ウカ氏はうっかりさんだ。ウカ氏自身は休暇だと思っているようだが、相手はどうだろうか。

 うん、よく見ると漁船じゃない。そうだ、漁船じゃなかった。


 これは調査船だった。


 何を調査するかといえば――。


 ここ数年海では巨大な烏賊が瘴気をまき散らして、環境に悪影響を与えている。


「烏賊釣り楽しもう」

「烏賊狩り頑張ろう」


 こうして大王烏賊に対峙することになった。

 


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