鋼の焼きそばパン
森を歩いていると、不思議な物体を見つけた。両掌に乗る大きさのそれは背割りパンに麺のようなものが挟まっている。綺麗に色付けして置いておけば、まるで焼きそばパンだった。
しかし、それを持つとずっしり重い。勿論、パンでも焼きそばでもない。
これが鋼の焼きそばパンと言われるものだと吾輩は知っていた。
鋼の焼きそばパン、これを作るのは体長一メートルほどの魔生物である。イヌ科の哺乳類に似たそれは、二足歩行を行う。レッサーパンダによく似ているが、なぜか狸と言われる。魔狸類、分類上それに当たる。
魔狸類は魔生物の中でも種類が多く、実は緑狸菌もまたその語源は魔狸類の一種である緑狸から来ている。緑狸は、その独特な瘴気から、さまざまな生物に影響を与える。有害魔動植物指定に入っている。
今回の狸は、緑狸ほど有害ではない。見た目も愛らしい。ただ、その特殊な性質によって愛玩魔動物にするには不向きとされている。
名前を雪狸という、なぜ雪なのか不明である。
せっかくなので、近くに巣がないか調べることにした。雪狸は鋼の焼きそばパンを作り、群れのボス、もしくは求愛相手に送る。自分で使うこともあるが、雪狸の中では自作の焼きそばパンを使うことは恥とされているらしい。より、相手に貢がせた方が勝ちという、ある意味、焼きそばパンの数は権力の証と言える。
雪狸自体はそれなりに珍しい魔動物だが、焼きそばパンをよく落とす性質があり、巣は想像以上に見つけやすい。大体、焼きそばパンが落ちていた場所の一番近くにある水辺を探してはればいいのだ。
さっそく、焼きそばパンを持って見張ることにした。ちなみに、焼きそばパンは食べられない。しかたないので、干し芋を食べながら、木陰に隠れて待つ。
待つこと十五分、レッサーパンダによく似た生き物がやたら長い焼きそばパンを持ってやってきた。あれはかなりの力作だ。レッサーパンダもつぶらな目をしているようで、その奥には幾多の死線をくぐってきた感がある。もしかしたらここらのボス狸かもしれない。
レッサーパンダこと雪狸は、焼きそばパンから焼きそば部分を引っ張り出す。焼きそばは実は一本のワイヤーになっており、それを雪狸はまっすぐに伸ばすと、先の部分をねじっていく。矢じりのような先端ができる。
雪狸はそれを振り上げると、目を凝らして川に投げ入れる。
見た目によらず狩の名獣だ。投げたワイヤーの先には、魚が三匹、ぴくぴくと貫かれていた。
そうだ、狸なのに狩の名獣である。見た目にだまされてはいけない、これを愛玩動物にしようと捕まえた業者が過去何人、串刺しで仕留められたかわからない。緑狸とは別の意味で恐ろしい生き物だ。
せっかくなので手もとにある焼きそばパンを観察する。よく見ると背割りパンの部分は入れ物のように中が空洞になっており、焼きそばを限界まで詰められるようになっている。
なるほど、この焼きそばが主体であるようだ。針金のようなそれがどんな金属なのかはよくわからない。ただ、独特のしなやかさはただ金属を細く長くしただけのそれとは少し違うようである。
焼きそばパンの製造方法として今なお謎が多い。雪狸のみが作るこの作品は、何の素材でできているのか、その製造方法はなんなのかわかっていない。雪狸は独自の言語を用いているが、声帯の関係上、人の言葉をつかえない。
ここで言う人というのは、文明を持ちなおかつ意志疎通が可能な文化的生物をいう。ちなみに吾輩は『人』ではなく『獣』である。声帯は使えなず、筆談も蹄の関係上不可能だが、キーボードがあれば意思を伝えることは可能である。しかし、『人』としての分類に含めるのに、いささか抵抗ある獣たちは多数いる。吾輩もその一人だ。
学者の中には、魔狸類を『人』として見るべきではないのかという意見もある。群れで暮らし、焼きそばパンを作るほどの技術があれば人の言語を使うことも不可能ではないだろう。
しかし、いまだ魔狸類は『人』と交流しない。
ボス狸は、最後に身の丈ほどある魚を釣り上げると、器用に焼きそばで魚をつなぎ帰ることにしたようだ。
せっかくなので、こっそりあとをつけることにした。
こんな機会はめったにない。見逃したくなかった。
魔狸の生態をより深く調べた学者は今のところ誰もいなかった。
不思議なほどに。
幸いにもボス狸には気づかれることなく雪狸の集落についた。途中、細道に入ったり、小さな洞窟を潜り抜けたりとあったが、吾輩とて獣である。けもの道は慣れたものだ。
雪狸の集落にはいうまでもなくたくさんの狸がいた。大小あれどどれもレッサーパンダにそっくりで、土の土台に、木の壁、藁の屋根をした古風な作りの家がある。
仕事は分業しているようで、子狸が馬に飼葉をやっていた。もふもふと馬が飼葉を食んでいるうちに、子狸は馬が食べるのに夢中な間にぶちぶちと尻尾の毛をむしっていた。馬は気づかない、きっと痛覚の鈍い馬なのだろう。
集落の端では、なにやら違う種類の狸がいることに気づく。大きな荷を持った狸は、全身緑色をして、頭に突起のようなものがついている。そして、下半身には白い布のようなものを巻いていた。
見つけた瞬間、口をおさえた。
緑色の狸、すなわち緑狸だ。緑狸菌を生み出す、生物兵器である。魔狸類の中では、独自の抗体ができているのか、雪狸の里に緑狸茸はなかった。
あとで、殺菌しなくてはいけないと、ハンカチをマスク代わりにする。
緑狸はなにやら、背中に背負った荷を、雪狸が差し出すなにかと交換している。紙のようなものだが、紙幣というより本に見えた。薄い本だった。あれが、狸間における通貨の役割を果たしているのだろうかと首を傾げる。
運がいい、珍しい魔狸の交易を見ることができた。
そして、緑狸と交渉をしていた雪狸を見ると、頭に布のようなものをつけていることに気が付く。耳が飛び出るようなそれは頭をすっぽり包み込み、額の真ん中に小さなリボンがついていた。なにかしらの役職をあらわすものだろうかと推測する。
緑狸から受け取った荷は、先ほど魚をとってきたボス狸が受け取っている。中には大きな石のようなものや瓶の入った液体、それから粉上のものとたくさんある。
何をするのだろうか、と双眼鏡を取りだし、木の影から覗き込む。
集落の中心に祭壇のようなものがある。そこには、大きなヤカンが置いてあった。かなり大きなヤカンで魔王ヤカンと言わずとも四天王ヤカンのサイズはあった。
ボス狸は液体や粉をそのヤカンの中に入れる。「やかーーん」と声が聞こえることから、中は空洞に処理されているものの、完全に瘴気は浄化されていない。魔生物は完全に瘴気を浄化しなければ生き続ける種族もたくさんいる。
ヤカンに並々と他にもたくさんの材料を入れたのち、焼きそばをヤカンの両端につなげる。そして、何をするかと思えばその焼きそばをその先にある何かにつなげていた。
つなげた先にあったのは巨大な茸だった。
ボス狸はヤカン祭壇の前に立ち、大きく手を広げる。他の雪狸たちは踊りだす。
すると、空に暗雲が立ち込めはじめる。
雪狸も魔生物だ。魔法の類を使えるわけで、それを集落全体で行っている。
雨雲がぽつぽつと雨を降らせようとした瞬間、激しい光と音が鳴り響いた。
まぶしくて思わず蹄で顔を覆った。耳がきいんと痛い。
雷が落ちた。巨大な茸に落ちた。そして、巨大な茸はそのエネルギーを吸収し、発光している。そのエネルギーの余剰分が、焼きそばパンを通り、ヤカンへと伝わる。
ヤカンの叫び声とともに、ボス狸が紐のようなものを取り出した。先ほど、子狸が毟っていた馬の尻尾を紐状にしたものだ。それを、ヤカンの中に入れる。紐の両端は、ヤカンの両端につなげていた焼きそばにつないだ。
思わず持っていた焼きそばパンを見る。焼きそばパンはああやって鍍金することで作られていたのだ。材料に馬の尻尾を使っていたが、あの馬もまた魔生物なのだろう。丈夫な繊維でないと、この頑丈な焼きそばができるはずがない。
雪狸の焼きそばパン、これは大変重要な発見である。学会に発表しなくては、と鞄を漁りカメラを探していたが――。
とんとんと肩をつつかれた。
今忙しいと振り向いたそこには、緑色の狸が茸を片手に立っていた。
ぴしゃっと雷光が煌めいた。
朝、起きると頭がずきずきと痛かった。
フィールドワークをしていたはずなのに、気が付けば家で寝ていたというかなんというか。普段飲まないアルコールでも摂取したのだろうか。
なにかあったような気がするが、特に何もなかったような気もする。
頭が本当にぼんやりしていて困った。
目を覚ますために、洗面所へ向かうと不思議なものが目に入った。
なんだこりゃ、と頭に突き刺さった茸みたいなものを引き抜くと、朝食の準備をすることにした。