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幻想生物観察日記  作者: うりぼう
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ヤカンの種

 ホームセンターでヤカンの種を見つけた。一袋税込198円、お買い得だった。

 迷わず購入。

 一部好事家に人気の魔生物だ。ネット通販ならリッター単位でしか売っておらず、送料も取られる。大変いい買い物をした。


 天気もいいし、ヤカンの種をまくことにした。本来なら、ダンジョン地下に生える地衣類とグールの腐肉を混ぜほどよく発酵させたものに、スケルトンの骨を砕いたものを入れるのが好ましいが、代用品を使う。腐葉土とアルカリ性の土を混ぜる。成分さえ同じであれば、問題ない。瘴気が足りない場合は、クリスマスに一人で過ごす若者の家の横に土を放置しておくといい。自然と吸収される。バレンタインも可。

 よく「邪道だ、ちゃんとした土を使え」といった専門家きどりのにわかがいるが、大体そういう奴らは、野生のヤカンの肥やしになる。わが身を持って育てられるのだから本望だろう。


 土づくりを終えたら、種を取り出す。大豆くらいの小さなヤカンがころころしている。前日に、水につけてふやかしておくといい。ただ、ふやかしたヤカンは柔らかいので気を付ける。つい持ったままくしゃみをしてしまい、二粒ほど蹄で潰してしまった。「やかーーーん」と悲壮感あふれる叫びを上げながら息絶える。


 地面に指で穴をあけと書いてあるが、蹄しかないのでボールペンの先であける。そこにヤカンの種を入れてそっと土をかぶせる。

 ここで、鳥にヤカンの種が食べられる可能性があるので、案山子を立てて置く。一般的に、生首を持った一角ウサギがいいとされるが、地域により本物の一角ウサギが縄張りを主張してくる場合があるので気をつけよう。今回は、可も不可もない感じの鳥のような犬のような生き物にしておいた。


 一週間ほどたつと、ヤカンの芽が出てくる。水はほんのり瘴気を混ぜて使うと育ちが良くなる。ただし、烏賊印の瘴気水は、瘴気が濃すぎて地面が汚染されてしまい、植物がまったく育たなくなる例がここ数年多いのでやめておく。蛇イチゴを育てると触手イチゴになるという案件で現在訴訟中のはずだ。


 双葉が大きくなり、成長点から本葉がどんどん伸びてくる。そうなると、三十センチ間隔にヤカンを間引く必要がある。間引いたヤカンは家畜が好むが、あまり食べさせすぎると瘴気が濃くなり魔獣化する可能性があるのでほどほどにする。一日十キロの魔草を食べた牛がミノタウロスに変化した例もある。

 

 間引いたら、ダンジョン成分に似た窒素系肥料をばらまく。ヤカンはもともとダンジョンに生えるので、これといって日光は必要としないが、観賞用に育てる場合、日光があると表面の照りがよくなる。当てすぎると浄化されるので、日差しが強い日は、黒紗をかけてやる必要がある。それが面倒な場合最初から木陰で育てるといい。


 高さが三十センチをこえると蔓を伸ばしはじめるので、支え棒を用意する。観賞用として育てる場合、朽ちかけた煉瓦の壁や錆びついたヘビーアーマーを用意する。正直、管理が面倒なので百均で買ってきた棒を針金で適当につなげて置く。成長したらもう少し大きいものを用意する。


 高さが五十センチをこえたあたりから蕾が付きはじめる。このとき、葉が多すぎても少なすぎてもいけない。葉が重ならない程度に間引きをする。なお、自家受粉である。


 ここで気を付けるべきところは病気だ。特に、葉を腐らせる緑狸病に気をつけなくてはいけない。これにかかると葉は腐敗していき、実には太いしましまの尻尾のような瘤ができてしまう。特に、ヤカンの実であれば、その特徴的な笑い顔に変化が起きる。なぜか、雄同士で戯れ合う姿を見ると「キヒヒ」と笑うようになる。

 時に、瘤だけを千切って品評会に出す輩もいたらしいが、その特殊な笑いは誤魔化しようがなく、次から出入り不可となる。緑狸菌は繁殖力が強く、たとえ殺菌していても休眠状態で生き残っている場合もある。

 緑狸菌が蔓延ったあとには、腐り落ちた葉から緑狸茸が育ち、濃い瘴気を放つ。これが環境問題に発展しているので困ったものだ。

 緑狸を見たら焼き尽くせ、これがヤカン愛好者の暗黙の了解である。


 さて、ヤカンも大きくなったところでやるべきことがある。ヤカンを大きく育てるためには間引きが必要だ。一株につき一つ、それが基本である。


 まだ、ピンポン玉サイズのヤカンをつまみ、形のいいものを残して千切り捨てていく。ミニサイズヤカンを捨てると、そこに芋虫が集まる。その芋虫はヤカンの実を器用に中身だけ食べる。外側だけきれいに残った殻を頭からかぶり、それを武器にする変わった虫である。通称ヤカン虫と呼ぶ。害虫なのでぷちっと潰す。


 こうして、一株に一つ立派に育ったヤカンを見る。収穫の一週間前に肥料に金属粉を撒くと表面がより強固になっていい。ただし、重金属を撒く場合、その後土壌洗浄の必要がある。


 収穫の目安は、口角がくっきりと上がり「やかーん」と鳴き声がアルトからテノールにかわればよい。


 収穫後、一週間、陰干しをする。表面は磨くと、金属部分に照りができる。ただ、あまり磨きすぎるとヤカンが嫌がるため気を付ける。人工栽培のヤカンは瘴気率が低いため、人に襲い掛かることはないがそれでも不機嫌になる。不機嫌になると表情が歪み、形が悪くなる。


 陰干しを終えると、最後の仕上げである。

 教会に連れて行き、浄化する。「やかーーん」という断末魔の声が聞こえるが気にしない。ここで、浄化し息の音を止めなければいけない。


 こうして、息絶えたヤカンを大体瓢箪と同じ過程で中身を抜く。ヤカン虫を使う場合もあるが、むずむずするような光景が広がるので瓢箪式で中身を溶かしだして加工する。


 こうして、工芸品、ヤカンが出来上がる。


 くりぬいたヤカンの中身は、種がとけてもう使えない。しかし、かわりに収穫したヤカンの苗を見る。茎に小さなヤカンがくっついている。

 ヤカンには二種類の繁殖方法がある。種による有性生殖とむかごによる無性生殖である。最初、買った種は正確にいうとむかごである。


 むかごを収穫して、茎を全部引っこ抜く。根っこもきれいにとっておく。土壌にヤカンの根が残ると、次に植えたものがヤカン顔になってしまうからだ。余裕があれば、教会にいって聖水を振りまくといい。

 

 ヤカンを収穫後は、数年の休眠期間をおくか、もしくは豆類などを育てるといい。直後に、トマトやナスを植えてはいけない。


 以上が、ヤカンの生育方法である。

 

 なお、今年育てたヤカンはどれも小ぶりだったため、品評会には出さなかった。そんなものを出したら笑われるレベルのものしかできなかった。

 

 今年の最優秀ヤカンは、体長一メートルもあるヤカンで、教会で浄化されることもなくダンジョンに配置されることになったという。



 


 

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