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ラブ・オア・ライブ  作者: 宗竹
三章
24/29

▼4▲

 みらいはブチ切れ金剛だった。重機をもって腐敗した停滞を破壊した。

 成一は冷たい風が一気に部屋の温度を奪っていくのを感じながら、


「……もっと穏便に、やれただろ?」

「このアパートの土地建物は買い取りました、周辺住人の退去はとっくに完了、つまり問題はまったく一切ありませんわ」

「いやそれもどうなんだよ!?」

「インパクトは世界の合い言葉!! 貴方の逃げ場を完膚無きまでに封じる強・制・執行!」

「裁判所でもやらねえよ! ここはあさま山荘か!?」

「うっさいですわ、こんの土壇場エスケープのヘタレ男!! 何があったか説明なさい!!」

「――っ、俺のメールは見たのかよ?! 俺が決めるまで――」

「それがどうしたって言うんですの!? そっちこそメール見なさいよ!」


 成一は携帯を取って起動する。

 鉄塊がめり込んだ壁のがれきに埋もれていなくて良かったと思いつつ――


「……みらい、これって」

「そちらの希望を考慮して、残り期限半分までは待ちました。でもこれで遠慮なく真浦琴歌を選べるでしょう?」


 メールを送信してすぐ電源を切ったからわからなかった。

 みらいは即座に返信していたのだ、直後に電話をかけてきた履歴もある。

 こちらが動くまでに連絡してきた方は選ばないと、沈黙を保てと警告したにも関わらず。


「……。ばかだろう、きみは……」

「ふん、迷ってばかりの貴方に言われたくありませんわ。何がありましたの?」

「……選んださ」

「どちらも選ばないことを?」

「違うんだ、選んださ。俺には琴歌を捨てる覚悟が無かったから」

「ああもう要領を得ないっ、簡潔に答えなさい!」

「彼女はバッドエンドを誘発させるための罠だった」

「……え?」

「ハニートラップってあるだろう? 要するにそれだった。琴歌は俺の――昔の彼女の面影と記憶を完全にコピーして作られた、俺をこの世界に引きずり込んだ呼び水だったんだ」


 改めて声に出すと理解できる。成一がこのゲーム――『ラブ・オア・ライブ』を知ったのも元々はネット上の。


「ニュースサイトのバナー広告に、彼女がいた。驚くよ、思わずクリックだってする。次にはアプリの紹介画面だ。落胆してため息して、それでも気になって仕方ないからインストール。そうしたら俺はここに呼ばれていた。原理なんてどうでもいい、つまり俺は」

「釣られた、と?」

「ああ。琴歌はそのためのエサだった。最初から彼女は攻略できない仕様だった。俺は見事にあの蛇野郎に欺かれたんだ。話術も詐術とはよくも言う……確かに嘘はついてない、あいつは現実から【攻略可能ヒロイン】を連れてくることは絶対に無いと答えただけだからな」


 そして言葉にするたび愚鈍な己に胸が張り裂けそうになる。

 なぜなら成一は、初めてこの世界の琴歌と出会った瞬間に危険を感じていたのだから。


「……それで、どうして罠だと分かったと?」

「俺は琴歌を選んで一度殺されているんだよ。それでバッドエンドになったけど、この世界に呼ばれたときプレーヤー特典として一度限りの魔法を貰ってた。その力で俺は十二月十六日をまたやり直すことになったんだ」

「そんな! あぁ……だからあの、理解不能な連絡を。だったら、いいえ、確かに」

「……嘘とは思わないんだな」

「この期に及んで貴方が私に嘘をつくメリットはないでしょう? けれども」

「……。みらい?」


 仁王立ちのままだった彼女がベッドに腰掛ける。

 そして大きく一つ息を吐き、


「降参しますわ、教えなさい。貴方をそれほどまで苦しめて――それでも捨てられないと手を伸ばさせた、現実世界での『真浦琴歌』を」

「……。おもしろくもない話だよ」


 成一は隣に座ってきたみらいに向かって左手を見せていく。

 そしてそれに巻かれた包帯をほどきながら――


「初めは向こうから告白されたんだ、放課後の教室で」

「――え」

「一年前の十月だ。高校一年生の男子の会話なんてつまらないものでさ、ハロウィンの仮装を文化祭用に作っていたときだ。前年度のきわどい衣装や資料を見て、誰が着たら似合うとか、誰が誰の彼女だからこれは着そうだとか、その流れで誰が誰を好きだとか――実行委員だった俺の周りを囲んで、騒いでた」


 別に祭りを盛り上げたかったわけではない。

 成一はみんなで盛り上がれる場を作れる自分でいたかった。

 父のように家族を捨てる不実な人間のクズになるまいと。真面目で愛想よく、誰かのために力を尽くせる善良な人間でありたいと。――御厨雛子と同じように。


「告白はいきなりだった。俺としては何の前触れもなく……琴歌とは一学期のとき席が隣で、よく話しかけてはいたけれど、仲良くなれたわけじゃない。次の席替えからは無視されていたくらいだったんだ」

「……。それが急に、貴方が御厨さんに告白したみたいに?」

「ああ。彼女はあの通り黙っていれば美少女だし、断る理由はなかったから。もっとも実際はあんな人前で堂々と告白できる神経に圧倒されて飲み込まれたってのが、ほとんどだけど」


 悪びれもせず同意して、そう言った。

 みらいも気付いているだろう、御厨にした告白は言ってしまえばかつて自分がされたことの模倣だと。


「それからはまあ、あのマイペースな文学少女ぶりを、俺相手にも遺憾なく発揮してくれた。色々と勉強させられたし、それなりに楽しかったのも本当だけど」

「確かに納得がいきますわ。真浦さんのほうが貴方より――全てが上手でしたもの」

「……返す言葉が何もない」


 言ってしまえば琴歌は師匠だ。だからこのゲーム世界の彼女と接するときは楽だった。

 なにせ成一は初めから攻略本を見ているのと同様の気分でもあったわけで、しかし最初からその記述が間違っていて騙されていたなどとは盲点にもほどがあり。


「それで、二人はどうなったんですの?」

「順調に付き合いを深めていったよ。高校生としては非常識なくらい」

「非常識?」

「俺は琴歌と付き合うことをOKしたその日の帰り、ある誓いを立たせられたんだ。告白しておいてなんだけど、それだけは絶対に守ってくれって」

「……それは?」

「キス禁止」

「は??」

「ABCで言えば全部が禁止。この全年齢対象ゲームを超えるまさかのスーパー健全仕様だ」

「ああああの成一さん?! あまり乙女としては素直に聞けない話になってきましたわよ!?」

「ただしそんな大ハードな交際はクリスマスイブまで。そこから先は好きにしろって」

「す、すすす好きにしおっ!?」


 暗がりでもみらいの噛んだ赤面が分かってくすりとする。

 ……そう軽くならなければ、声にさえ出せないのに。


「で、容易に手が出せないってこともあって、俺はこの関係を大切に育もうって気になった。真っ当な高校生らしくそっち方面にも当然興味はあったけど、色々と期待を膨らませて日々を悶々と過ごしつつ待っていた。……十二月二十四日が来る時を」


 もちろんその間にも色々とあった。ハロウィンと重なった文化祭では中二病らしく吸血鬼のコスプレをして楽しんだ。何の部活にも所属してなかった琴歌だが何故か学校内で顔が利き、なかば私物化させた図書室で毎日を過ごしていた。哲学書に外国文学、映画に雑学にラノベにネットと、日々を忙しく交際と趣味の理解に費やした。池袋にもよく連れて行かれ、クールな顔立ちで黙々とBLを見ていたときは驚愕した。年齢的に健全ものだったことが救いだが。

 ――そういった経緯のあと。


「去年のクリスマスは二十三日からの三連休。おかげで二学期の終業式までその前に済んで、つまりもう冬休み。貯めてたなけなしの小遣いでプレゼントも買った。デートプランも組んで祭りの前みたいな高揚感を楽しんでた。付き合い初めは戸惑ったけど毎日会うって大事だな、どんどん好きになって惹かれていた。これからもっと楽しくなる――そう思っていたんだ」


 迎えたクリスマスイブの当日は、雪でも何でもない晴天で、その朝に。


「琴歌が待ち合わせ時間より先に、俺の家にやって来た。元々イルミネーションを見るためのプランだったから午前中は寝てるつもりだったんだ。母さんも出かけていて居なかったから、びっくりした」

「わざわざ朝から? ま、まさかっ」

「俺もそれを想像したけど、残念ながらそうじゃなかった。……そうじゃなかったんだよ」


 今もまだ記憶は鮮明だ。

 呼び鈴を押されてベッドから跳ね起きて玄関口を見ると琴歌がいた。午前中には別の用事があって近くを通るから来たのだと。その時間まで家に居させてくれということで成一は琴歌をアパートに上げた。そして。


「彼女がお茶を淹れてくれたんだ。俺は眠気もまだ残ってたからさ、喜んで飲んだ。いつもの母さんが淹れてくれるのと同じなのに、なんだか美味しく感じたよ」

「あーはいはい、露骨な惚気は聞きたくありませんわよー」

「それが俺の見た最後の琴歌だったんだ」

「はいはい――……え」


 その時のことを成一は今もはっきり憶えている。

 彼女が居なくなったその時を、何も憶えていないことを。


「気付いたら俺はリビングのテーブルに伏して寝ていたよ。帰ってきた母さんが俺を起こしてくれたんだ。夕方過ぎ。琴歌は部屋からいなくなっていて、その代わり」


 未だ包帯にくるまれた左の手を成一は見て――だがまだだとほどききらずに話を続ける。


「友達からメールが何通も届いてた。電話にも出られないくらい爆睡してたみたいでさ、俺は気付かなかったんだ。みんな一斉に聞いてきた。――琴歌が失踪したらしいけど本当かって」

「な……!」

「ひどい話で、彼女はクラスの全員に失踪理由をメールで送りまくってた。SNS上でそれが取り沙汰されたのは俺が起きるより一時間以上も前で――そのどれもがまったくデタラメな、嘘っぱちとしか思えないような理由だったらしい。誰一人として重複しない内容で、ただ一つ失踪宣告だけが共通してて、それで琴歌を心配した女子数人が真偽を確認しに家まで行った。もぬけの殻だったそうだ。……鍵も開け放したままで」


 思い出す、そのとき成一はただ呆然と、既に経過した報告を眺めているだけだった。

 携帯にかけても音信不通。だから学校にすぐ連絡され、警察に届け出もされたらしいが。


「……既に彼女は自分で通報をしていたそうだ、これから私はいなくなりますので、記録だけ取って置いて下さいって予告してたって」

「あの、保護者の方は……」

「琴歌にはもう身内はほとんどいなかった。成人するまで遠縁に支援をしてもらう約束だったらしくてね――俺は当時それを琴歌の口から聞いたとき羨ましいと思ったよ。一人暮らしとか凄いな、かっこいいなって……何も気付くことができなかった。馬鹿だったよ、本当に」


 それらの情報が自分の関われない時間で拡散していたのを見て、成一は。


「怒ったよ。わけがわからなかった。俺には琴歌からメールなんて届いていなかった。けれど午前中に用事があったのは本当みたいで、俺の家を出て行ったあとの時間に琴歌と会ったってクラスメイトが話してた。どうして俺だけ蚊帳の外なんだって……空恐ろしかった。だけど」

「……連絡が、来たのですね?」

 成一はこくりと頷いた。そして携帯を操作してみらいに手渡し、

「これが、もうほとんど全てが終わったときに、時間指定メールで届いてきた。俺だけに」

「っ――、ぅそ……」


 それはこの件における一切の告白だったのだ。見なくても全文を憶えている。

 タイトルは、



 [――これから話すことは全て、あなただけに伝える真実です]



 [私は、ヒト免疫不全ウイルスのキャリアです。おそらく授乳期に母子感染したのでしょう。

  私の母は結婚当時から男癖が悪かったようで、そのいずれかが感染源だと思われます。

  父もかかっていたかはわかりません。十年以上前に母とともに行方不明になりました。

  きっと無理心中をはかったのでしょう。私はその直前に父から祖母に預けられたのです。

  そして心中の原因は病気の発覚ではなく母の度重なる浮気への精神衰弱からと考えます。

  なぜなら私がキャリアだと気付いたのは五月の誕生日後に血液検査を受けたあとだから。

  つまり十六年の間、私は後天性免疫不全症候群《AIDS》になることもなく無事に生きていたのです。

  しかし私を失踪に走らせた原因は違います。

  医学的な話をすれば、この感染力の弱いウイルスは粘膜接触を避ければ感染は防げます。

  現代医療も日進月歩、たとえ根治はできなくともすぐ死ぬ病ではなくなっているのです。

  なのでそれなりに絶望はしましたが、私は生きることを諦めはしませんでした。

  けれども去る十月の初旬に私は祖母を亡くしました。成一に告白する数日前ですね。

  そのとき私は祖母のほかに寄る辺ない人間だったと思い知り、死を初めて考えました。

  正直に言えばあなたに告白したのもヤケクソで、振られる前提の突撃だったのです。

  そうしたらあなたが予想外にOKするものだから、私は大きく戸惑いました。

  これはまずい。傍目には振られたショックで死んだという痛々しい目論見が崩れました。

  成一は入学当初――私が病気を自覚する前から――割と無神経なところがありましたね。

  なにせ隣の席になったからといって、私のことをあれこれと聞いて話しかけてきた。

  とてもうっとうしかったです。私の趣味に興味をもってくれたのもそうでした。

  見た目はマシな私でも性根の人格が絶望的だと知っていましたから、人間関係は面倒だと。

  だから自分がキャリアだと気付いたあと、席替えを機に私は成一をさけました。

  あなたは人の輪を作り、そこに入っていけるから、自然と私を忘れていきましたね。

  それもまたむかつきましたけど、これでいいやと身勝手に納得していたのです。

  だからあなたが無神経にも私のヤケクソにOKしてくれたとき、決めました。

  もっと身勝手になってしまおうと。

  イブの朝にあなたの家に行く計画も、当初は父と同じことをするためでした。

  何も気付かない眠りのなかで一緒に消えてゆけたなら――そんな中二病の妄想です。

  ですが情が移ってしまったのか、またも私の野望は駄目になってしまいました。

  それがあまりに悔しかったので――私はあなたの心に傷を残すことにしたのです。

  うまく周囲を騙してくださいね? あの女は理解不能な奴だったと涙ながらに訴えて。

  それで私の胸はすっとします。あなたと過ごした楽しい記憶も全て私が奪えるから。

  そしてその傷が「真浦琴歌は酷い地雷女だった」と笑って言えるほど浅いことを祈ります。

  だって私はそんな手の付けられない邪気眼女で、だからこそ消えていくのですから。

  最後に――]


 [以上の記述はフィクションです、実際の事実と一切関わりはありません。

  驚いた? こんな吐き気がするポエムを長々と読んでくれてありがとう。

  最後に思いきり脅かしたかっただけよ。成一は私に騙され弄ばれただけ。

  こんなクリックひとつで消えるデジタルデータの駄文に惑わされないで。

  私があなたに残すのは――その左手に書いたものひとつだけなんだから]


「せいいち、さん……」

 包帯を全てほどいてみらいに見せる。そこに刻まれていたものは、


「――『DO YOU LOVE ME ?』――」


「……意味不明だろ、目覚めたときは油性ペンで書かれてた。このメールが届いたときはもう薄くにじんでしまっていた。琴歌が見つかった直後だった。でも俺は琴歌に会いに行くことができなかった。会えば何もかも終わってしまうって、怖かった」

「だから貴方は、その文を……」

「本当は違うんだ、俺は意味を分かってた。あいつの好きだったくだらない逸話があってさ、〈月が綺麗〉だと言ったら〈死んでもいい〉と答えて欲しいって……だけど!!」 


 左手の甲を裏返す。手首を見せる。

 そこには無数の薄い、傷とは呼べない赤い線が残っている。

 どれも最初にカッターの刃を置いただけでびびって止まってしまった、ヘタレの証明。


「全部がこうだ、一つも切り付けることができなかった。だから俺は手の文を、何度も何度も書きなぞった、皮膚が破れ血が吹き出て治って痕になっても消えないように刻んでやった! 不実な自分が嫌だった、俺は好きだった子の心中も察せられずっ、潔く殉じることもできない不義理で情けない男だった!! その生き汚さを刻んだんだ、忘れないために!! なのに――」


 また死ねなかった。答えた言葉は違っても、成一は今度も琴歌のために死ねなかった。

 後を追うなど愚かな自己陶酔と分かっている。けれどもあまりに鮮烈に完結した真浦琴歌の生き様を、全てを騙し一人で勝手に悪者になった中二病を、成一は身につけたかったのだ。

 だから癒えてくれるなと思っていた。

 自分はもう誰かを好きになっていい資格はない、傷痕はそのために残したと。なのに。


「なのにどうして……ッ、俺はまだ生きているんだよ!! ……最低だろ……っ」

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