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ラブ・オア・ライブ  作者: 宗竹
二章
20/29

▼10▲ ‐残り八日‐

 成一は扉の前にいた。

 目は瞑っており、視界は暗闇の中にある。

 時刻は十六時――その直前。

 成一は二日前の屋上会議の際に、この時間にルート選択を行うと決めていた。

 二人はそれぞれ所定の場所に、十五時三十分の時点で移動済み。


 真浦琴歌は学校の屋上に。

 進藤みらいは屋敷のエントランスに。


 つまり十六時になっても成一が現れなかったその場合は――選ばれなかったことが自動的に分かるようセッティングを詰めていた。

 決定後はみらいとの事前の誓約により、どちらであろうと邪魔が出来ないことになる。


(……目を開けてこの扉を開けば、おそらくルートが確定する)


 成一は自分の気持ちが分かっていた。

 正直なところ、琴歌とみらい、どちらにも好感を抱いている。

 このまま日時が進めば正しく恋愛関係に発展できると自分でも理解できる。

 もっとも、この好意はそれぞれ性質が異なっていた。

 そしてその差異こそが成一の意志を決定させ、所定の場所まで重くも足を運ばせた。

 けれども扉を開けなければここから前には進まない。

 状況は極めてシンプルな二択であって、それに留まっている現在は。


(生死の可能性の重なり合い――〈シュレディンガーの猫〉か。二人にとっては)


 だがそれは違っている。

 既にどちらかの選択は終わっていて、時間的に引き返せない所まで来ていたのだ。

 成一は待っていた、言い訳の出来ない所定の時間、十六時ジャストになる瞬間を。

 どちらも選べると思えたからこそ、捨てる覚悟を決めなくてはいけない状況だ。だから。


(……簡単に心を決められるなら。諦めがつくのなら……苦悩なんてしていない)


 成一は自嘲気味に嘆息する。

 そしてタイミングに合わせて用意していたタイマーが鳴り響く。

 成一は閉じていた暗闇から抜け出して――扉をゆっくりと開いてゆき。



「時間ちょうどね。待たせすぎ」



 琴歌がいた。

 夕陽を浴びながら屋上の風にさらさらと髪をなびかせて。

 彼女はベンチに座り文庫本を読んでいた。


「ちょっと意外。まさか私を選ぶなんて」

「何を読んでいるんだよ」

「あなたをこの世界に連れてきた悪魔、〈メフィストフェレス〉が出てくる本」

「あいつの名前はサーペントで白蛇だ。そっちのは黒犬だろ」

「成一って……本当にひどい中二病ね。高校生でゲーテは普通読まないけど?」

「俺よりひどい奴が身近にいたんだ、多大に悪影響を受けたんだよ」

「それはまた不幸なことね。よく知ったかぶりって言われるでしょ」

「笑って『そうだよ』って同意してる。顔を真っ赤にして恥ずかしがるといじられる。結局はコミュニケーションの道具だよ、衒学も」


 琴歌は本をぱたりと閉じる。

 上目遣いにこちらを見て、


「……だから、私みたいなオタク女とも付き合える?」

「当然だ、美少女なら」

「ただしイケメンに限るの逆バージョンね。つくづくヒロインで良かったと思う」

「……まったくだ」


 二人で笑う。成一は思っていなかった、こんな時間がまたやって来るなどと。

 琴歌が本をベンチに置いて立ち上がり。


「今日も月は、沈んでる?」

「ああ、一時間前には落ちてるよ」

「だけど今は夕陽が綺麗ね。月は見えていなくても」


 彼女は夕陽ではなくこちらを見てそう言った。

 意味は当然分かっていた。

 だからこそ成一は〈死んでもいい〉ではなくて――


「……生きていたい(、、、、、、)。俺は琴歌、きみと現実に帰りたい」

 告げていた。決断した。

 どちらを選び、捨てるのか。

 この左手に刻まれた問いを、あの日から返すことが出来なかった回答を、成一は。


「だから、私を選んだの?」

「ああ。きみが言ったことだろう、現実に生かして連れて行きたい方を選べって」

「……確かに言った。記憶力がいいのね、成一は」

「茶化すなよ」

「ううん、嬉しい。だって私を選んでくれたっていうことは」


 そうして琴歌は一歩の距離を詰めてきて、背伸びをして。

 成一は近付く顔に目を瞑ろうとして、その瞬間に。



「――ひっかかっちゃったのよ、残念賞」



 ぞくりと、背筋に冷気がほとばしる。

 こちらの目は見開かれたままで、彼女の瞳に縫い付けられる。

 最初にサーペントから銃弾を受けたときにも味わった有無を許さぬ暴力的威圧感。

 それは獲物を捕らえた――蛇の双眸だった。


「私は悪魔じゃないから嘘をつくの。言ったでしょう?」

「こと、か……? 何を」


 周囲の景色が暗転する。暗闇に覆われる。身体がまるで動かない。

 その中で成一の周囲だけがスポットライトに照らされたように円形に浮かび上がり。


「あんなによく憶えていたならもっと考えるべきだった。成一はどうして私を選んだの?」

「だから俺は、琴歌のことが――」

「最初はこの姿形に警戒していたくせに、情にほだされると弱いのね、成一は」

「え……」

「馬鹿な男。どうして私が、あなたの昔の彼女と同姓同名で同性格で同口調だと思ったの? おかしいと考えていたはずでしょう、真浦琴歌がこんなところにいるはずないって」

「嘘だ……、ならあの蛇野郎は、俺に嘘を――!!」

「あれは嘘をつけないから。失敗があるとすれば成一自身にしかないの。思い出して?」


 『おい蛇野郎、あれもヒロインか』

 『そうだね、あの子もヒロインだ』

 『なら質問を変えるぞ――……』


「……まさか」

「そう、現実世界から来た【攻略可能ヒロイン】は誰もいない。――言葉の綾って便利よね」

「ッ! 琴歌ァ!!」

「私は罠。あなたのトラウマの具現なの。私を選んだということは未来への道を進めず過去に囚われている証明よ。永遠になった幻影を求めている人が、どうして現実と向き合えるの? だけどひどい地雷女よね私って、あなたの心をそんなふうにねじ曲げて」

「っ、嘘だと言え!! 嘘だと言えよっ、――俺は!!」

「嘘ではないの、これであなたはゲームオーバー、あなたの負け。だけれども……」


 分からなかった。今自分に何が起きているかも、なぜ金縛りにあっているのかも。そして、

 ――どうしてこちらの無様を嘲笑っているはずの、幻影が。


「それでも、みらいではなく私を選んでくれたことが、とてもうれしい。うれしくて」



「――……月が綺麗ね。どうしてか、見えないけど……っ」



[トラップヒロイン「真浦琴歌」を発動します。

 プレーヤー・バッドエンドの条件が成立しました。

 これより「新成一」は、退場します。退場します。退場します。退場――]



 そうして成一は、叫ぶ声も喉から出せず。動かす意志を伝えた全身も応えてくれず。

 空から降り注ぐ無数の巨大な漆黒の刃によって斬られ裂かれ貫かれ。


 ――絶命した。

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