9.きほんてきにマイペースです
「新婚旅行中」の飼い主の幸せ
波打ち際に座り込む彼女を彼は少し離れて眺めていた。
かれこれ1時間以上、彼女はああして海を眺めている。
普段は小さな体でせかせかと動き回っている彼女だが、何かに興味を惹かれると何時間でもそれに熱中する癖がある。
たまに寝食忘れて仕事に没頭するのもその延長だ。
基本的にマイペースな彼女は、スイッチが入るとなかなか戻ってこない。
指先で砂の上に何か書いては波で消され、書いては消されを繰り返している彼女を、彼は一歩離れてただじっと見守る。
見守る視線は暖かく、柔らかい。
ゆっくりと傾く日が水平線に足を付ける。
空がバラ色に染まり始め、たなびく雲が金色に染まり始める頃。
吹き降ろしてきた風に彼女は小さく震えてくしゃみをした。
それを見て彼は寄りかかっていた柵から体を起こすと、羽織っていたカーディガンを脱いで彼女の肩に着せかけた。
「冷えるぞ。」
「うぉ。びっくりしたぁ。」
「俺といるのに他のやつに夢中なんだからなぁ、お前は。」
「やー、海って面白いなーと思ってたらつい。」
打ち寄せた波が小さな泡を立てるのを眺め、彼女は「うん、面白い。」と頷く。
「俺よりも?」
「比べようがねぇですよ。貝の形とかも見てて飽きねぇし。」
「また構想か?」
「うん、そんな感じ。デザインにどっか取り込めないかなー。」
「お前なぁ、仮にも新婚旅行中なのに仕事とか、味気ない話するなよ。」
「嫉妬ですか?」
「嫉妬ですよ、奥さん。」
カーディガンごと後ろから抱きしめれば、彼女は少し笑って彼を見上げる。
「お前って本当に変わってんのな。」
「お前だって相当変わっていて、マイペースだ。」
「振り回してる?」
「振り回されてるな。」
「幸せ?」
「悔しいが幸せだ。お前は?」
「どーでしょう。」
はぐらかすように笑って、彼女は手のひらに乗せた巻貝をコロコロと転がす。
「理解ある旦那さんで助かってはいますけど。」
「そりゃあ良かった。」
「うわぉ……魂浄化されそうなイケメンスマイルですね。」
「お前にしか見せる気ないけどな。」
「控えめにしてもらえるとオレの心臓的にはグッジョブです。」
「つれないな。」
「だいぶ甘いですよ?」
「ん、甘いな。」
「どっちだ。」
「もう少し、海、見ているか?」
「うーん、だいたいもう見終わったんだけど……。」
もうちっとこうしてる、とぼそぼそとつぶやいた彼女に思わず笑みをこぼし、彼は「それじゃ、」と彼女を抱きしめたまま砂浜に腰を下ろした。
空はそろそろと藍色になろうとしていた。