8.かいぬしのへんかにびんかんです
「クリスマスの日」の飼い主の触れ合い
クリスマス一色の景色を横目に帰宅すると、連れがいつものように玄関で待ち構えていた。
「ただいま。」
「おう、お帰り。」
よっす、という副音声が入りそうな気軽な挨拶。
一応これでも4ヶ月ぶりの再会だ。
今日の休みを取るためにこの4ヶ月感ほぼ不眠不休で働いて、先刻ようやく会社を出て、子供たちへのクリスマスプレゼントとケーキを購入してきたばかりだ。
「へい、コートパース。」
「ん、ありがとうな。」
言われるままにコートを脱いで連れに渡し、俺は玄関の「タタキ」に腰をかける。
我が家は玄関に入ると玄関マットの代わりに「タタキ」がある。
ここで靴を脱ぎ、ルームシューズに履き替えるのが我が家のルールだ。
座ってブーツを脱いでいると、ノシリと背中に重みがかかる。
背中に当たる柔らかい感触、と言えればいいが残念ながら背中に当たるのは肋骨プラス僅かなクッションだ。無いもんなぁ、お前。
俺がそんな切ない感慨にふけっている間に連れは俺の首に腕を回し、肩に顔をうずめてくる。
「寄り道しただろ。」
「そうか?」
「ふんふん……もんじゃが見えます。」
「確かにもんじゃの店の前通ったけどな……。」
「あとちょっとタバコ臭。」
「喫煙室に立ち寄ったからな。吸ってないぞ。」
「吸ってたら追い出すし。」
「酷いな。」
「害毒になるものは出てってもらうのが当たり前。」
すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎつつ、耳元で喋られるとくすぐったい。
色々と鈍い連れだが匂いにだけはかなり敏感で、俺がどこにいたかも匂いですぐ分かるらしい。
まるで飼い主の変化に敏感な珍獣のようだ。
「ほかには?」
「うーん、手出して。」
「どうぞ。」
肩に手をやると、両手で掴まれてふんふんと匂いを確認される。
「チョコレート。」
「ということは?」
「うーん、このチョコレートの匂いはえっと……あ、分かった。今日のお土産はチップスのチョコレートケーキですな。」
「正解。」
「いえい。」
「喜んでくれて嬉しいよ。」
「うわぁ、セリフもイケメン。」
褒められていないのは言うまでもない。
ついでのようにガジガジと指先をかじられる。
「こら、まだ手洗ってないからやめろって。」
「がうー。」
「がうーじゃないだろ。」
「がうがう。」
「腹減ってるのか?」
「ぺっ。うんにゃ、普通に減ってるけどこれは食べたくない。」
俺の手はお口に合わなかったらしい。
まあ、噛み付いてくるのは連れなりのコミュニケーションだしな。
実際、商売道具である俺の手には歯型一つ残っていない。
ふんふん、とまだ肩に顎を乗せている連れが俺の匂いを嗅いでいる。
イケメンだからと毛嫌いされている俺だが、背中と匂いだけは気に入りらしい。
最近は帰ってくるたびにこうして背中に乗ってくる。
浮気チェックじゃないかと同僚には冷ややかに言われたが、俺としてはそれでも構わない。
ゴロゴロと懐いてくるのを引き離すのがもったいなくて、わざとブーツを脱ぐのに時間をかける。
「さってと。」
そんな俺の内心など知らず、のそり、と背中からぬくもりが離れる。
「もう行くのか?」
「むしろお前がさっさと来いよ。」
「あ、そうだな……。」
「疲れてんだろ。今日は早めの夕食にするからさ。」
何でもないことのように言う連れに俺はどきりとする。
確かにいつもより疲れているが……そんなことまで嗅ぎつけられていたのか。
「あ、シャワー先でもいいけどどうする?」
「タバコ臭いって言うなら先にシャワーかな……。っと、その前に。」
「何?」と振り向いた彼女の顎を捉えて、軽くキスをする。
「夕食、シャワー、お前とあったらまずはこれだろう。」
「死ね。」
腹部にパンチを食らったが、シャワー後の夕食には俺の好きなスープを出してくれる、こんな彼女は全くもって可愛い。