7.おこらせるとおもわぬはんげきをうけます
「お仕事中」の彼の同僚たち
ちょっとしたことですぐに俺めがけて手足が飛んでくる連れだが、意外にもその性格は争い嫌いだ。
ムッとしている、嫌がっている、これはよくあるが怒っていることは滅多にない。
俺以外には手足が飛ぶことはまず無いので、事情を知らない奴には俺の連れはおとなしくて控えめに見えるらしい。体が小さくて、目つきの悪さをごまかすためにうつむいていることが多いのも誤解に拍車をかけているんだろう。
そういう連れが本気で怒るとどうなるか。
「本気でどいつもこいつもふざけんなよ。」
静かにどすの効いた声で唸った連れに、同僚たちが青ざめてこくこくと頷いている。
怒ったこいつは怖いもんなー、斯く言う俺は既に怒られたあとだ。
まだ無罪放免になってないんだろう。
がっちり掴まれた腕を見下ろして苦笑い。
このまま家まで引きずられて、再説教コースだろう。
「お前の同僚には常識人がいないのか。」
脇腹に肘鉄をもらった。
どうやら家に帰るあいだも説教コースだったらしい。
「こちとら仕事もってるんですよ。主婦もやってるんですよ。家に帰れば可愛い子供たちが腹空かせて待ってるんですよ。料理も作らなくちゃならないし、お客さんとの打ち合わせだってあったんですよ。それがそちらの都合で全部ぐっちゃぐちゃですよ。しかも連れてくるあいだに一切の説明なしとか、同意するかどうかの確認もないとか、どーゆーことですか?」
「「「「すみませんでした。」」」」
「おかげさまでこちとら空腹ですよ。お客さんにも連絡取れないままお待たせしたままですよ。どう謝れってんですか。しかも現場に来たら来たでいきなりぶっつけ本番だし、しかもその理由が自分たちにはできないからって一般素人のオレに丸投げとか、あんたらアホか。アホなのか。こっちの都合も考えなきゃあ、ほかの対処策も無い上に、取り敢えずある弾撃っとけみたいなずさんなやり方に人命かけやがって。無責任にもほどがあるってんですよ。それでも社会人か。これがいい年したエリートどもの仕事のやりかたか。」
「「「「本当に申し訳ありませんでした。」」」」
「謝られても時間は戻ってこねーんですよ。誠意とかもう求めませんから、常識とかもう期待しませんから、評判とかもう知りませんから、とにかく次に同じことがあっても自分たちでどうにかしてください。もう金輪際関わりたくありません。」
よっぽど腹に据えかねたんだろう。
ピリピリと全身の毛を逆立てて威嚇している珍獣状態だ。
普段人前じゃあ静かでおとなしく、控えめにしている連れだから与しやすしと思われていたんだろう。
残念だが、うちの珍獣様は怒らせると思わぬ反撃を受けることになる。
俺も昔、本気で怒られたことがあるから身にしみて分かっている。
あの時の連れは怖かった。
納得はできないが理解はできる内容で説教されて、うちの小悪魔ども共々反省させられたっけか。
「他人事の顔してるんじゃねぇよ。てめーもだよ。」
「痛っ。」
「そもそもお前がしっかりしてれば今回のことはなかったことだろうが。んん?」
「はい、その通りです。」
思わず敬語になる。
じとっとした目つきがまた怖いな。
「なんでにやけるかな……あー、まあもう良いや。帰ろ。」
ふしゅー、と怒気の抜ける感覚。
見上げてきた連れの顔は普段の何を考えているのか分からない仏頂面に戻っている。
「帰るぞ。ほら、皆さんに謝って。」
「お騒がせしました。お先に失礼します。」
言われるままに挨拶すると、同僚たちがざわりとざわつく。
今反応したやつ、あとで絞めてやろう。
「腹減った、腹減り、腹減る、腹減ろろ。白米食わせろー。」
「帰ったら食べような。」
「お客さんになんてお詫びしよう。」
「俺も一緒に頭下げるから。」
「当然だこんにゃろう。たまには無駄にいいその顔をオレの役にたてなさい。」
「はい、奥さん。」
「なんでにやけるかな……。」
そりゃあ、怒った君も愛しているからに決まっている。