6.かまいすぎるのはあまりよくありません
「お付き合い中」の彼の経済観念
「げっ。」
喜ぶかと思った彼女の反応は、何故かドン引きだった。
おかしい、甘いものが好きなのも、食べ物アレルギーがないのも、あまり可愛らしいデザインは好まないことも事前にサーチ済みだというのに何故だ。
ここは喜ぶところじゃないのか?
しかし、目の前の彼女は俺の予想を裏切って顔を引きつらせてケーキを眺めているだけだ。
ややあって、彼女が「いや、」と重々しく首を横に振った。
「いやいやいやいやいやいやいやいや。これはおかしいだろ。」
「おかしいか? 変だな、甘味がくどすぎず美味い、と評判良いはずなんだが。」
「そーじゃない、値段! これ絶対ゼロの数がおかしい奴だ!」
なにやら興奮気味の彼女をどーどーと宥めつつ、俺は彼女の「ゼロの数がおかしい」発言に思考を回転させる。
……ああ、値段がやや高めということか。
まあこだわりの逸品だから値段が多少張るのはしょうがないだろう。味には見合う値段だ。そう説得すると、彼女の眉間にしわが寄った。
「いや、むしろお高いくせに不味いとか訴えるレベルだろ。」
「お高いって……値段知っているのか?」
「知らん。初めて見たし……でも見ればわかるこの高級臭。やべぇ、値段が怖くて聞けねぇですよ。」
「そんな大げさな。」
「大げさじゃねぇよ、テメェは金持ちか! ……ってマジでセレブだった。いやいや、とにかくこんな高いの受け取れないし。受け取ったらあとが怖いし。」
後が怖いって……何が起こると思っているんだ。
大体、あの人相手の時は値段など気にせず食べていたじゃないか。
喉元までこみ上げた言葉を飲み込む。
何も覚えていない彼女にあたってみたところでしょうがない。作戦変更だ。
「そうは言われてもな……近所で評判のいい菓子屋でのお薦めだったから買ったんだが、チーズケーキ嫌いか?」
「いや、嫌いじゃないけどこれはちょっと。」
「そう言われてもな……突っ返されて俺はどうしたらいいんだ? 生菓子だから日持ちしないし、今から渡す相手を探せと?」
「あー……うーん……や、でも……。」
「分かった。じゃあ半分俺が食おう。」
「え? 半分だけ?」
「元々お前用だからな?」
「あ、うん……じゃあ半分だけなら、うん。」
よし、頷いた。
ん……? 考えたら今の状況、元の予定よりも相当大胆じゃないか? 何かちょっと付き合ってるぽくないか?
「何で機嫌良くなるのさ……食べたいなら言やあ良いのに。」
「え? あー、うん。まあ分けようか。」
「何その曖昧なリアクション。」
ごまかしきれなかったようだが、俺が「フォークとナイフあるか?」と尋ねるとそっちに頭が向いたらしい。ガチャガチャと不器用な音を立てて食器棚を探し、フォークとパン切りナイフを持ってくる。流石にケーキナイフはなかったらしい。
パン切りナイフか……ま、良いか。やったことはないが上手くいくだろう。この手の作業は得意だ。
ナイフを軽く温めてからすっとケーキに通すと、「おお。」と彼女が感心したように声を上げた。ちょっと気分が良い。
「上手いなー。」
「まあな。」
「謙遜なしかよ。さすがイケメン。」
褒められているように聞こえるが決して褒められていない。
さっき上がった評価がすぐ下がったってことだな。難儀なやつ。
意趣返しに切り分けたケーキのひと切れを「あーん。」と差し出したらものすごい目で睨まれた。
「離乳食与えられる幼児じゃねぇっての。」
「そういうつもりじゃなかったんだが。」
斜め上の解釈をされた。
「自分の手があるから自分で食いますよ。」
「そうやって遠慮して少ししか食べないんじゃないだろうな?」
「……いや、腹の減り具合もあるし。」
「俺の目を見てもう一回言ってみろ。」
「やだ、美形で目がやられる。くもる。汚れる。」
「おい。」
「イケメン金持ちチートとか、どこの漫画の主役ですか。」
ブスッと精巧に作られたデコレーションを斟酌しない雑さでケーキにフォークを刺しつつ、ついでに俺のハートにも何かをブスっと突き刺して、彼女はパクリと一口ケーキをほおばる。
「……。」
「口に合わないか?」
「いや、すっげー美味しい。今まで食べた中で一番美味い。うまいんだけど、これ一口で幾ら分食べたのか考えると怖くて素直に喜べない。」
「俺のおごりだから気にしなくて良いだろ。」
「ただほど怖いものはねーんですよ……あー美味しい、怖い。すげぇ怖い。」
「怖いほうが勝ってるみたいに聞こえるぞ……。」
言いながらも結構な勢いで食いついているが、信用ないな、俺。
試しに自分もひとくち食べてみる。
うん、悪くない。
俺も甘いものは嫌いじゃない。こいつに合わせて食べているうちに前よりも好きになったという方が正しいのか。もう一つ貰っとくか。
「……。」
「ん? どうした?」
「食べ方がエロい。」
「お前は食べ方に色気がないな。」
「うっさいなー。んなもんいらねーですよ。」
「ほら、もっと食べるか?」
「あーもー、うっさい。自分で食べるつってんじゃん。」
ふしゃーと毛を逆立てた珍獣のように威嚇してくる彼女。
どうやら構いすぎるのはあまり良くないらしいが、ついつい構ってしまうのは不機嫌な彼女も可愛いと思ってしまうからだろうか。
唇の箸についていたケーキくずを摘み取られてまた威嚇してくる彼女に、ニヤリと笑う俺も大概性格悪いな。
「もう一口食わせてやろうか?」
「だから要らねーってば。」
本当に彼女は可愛い。