4.だっそうにきをつけましょう
「就寝前」の飼い主の探索(下ネタ注意)
「やられた。」
シャワーを浴びているあいだに逃げられた。
こんなことなら問答無用でベッドに押し倒せば良かったのか。
いや、それをやったら家出レベルで脱走される。
前のような追跡劇はもうゴメンだ。捕獲した後も連れの機嫌は底辺を這い続け、そのお陰で俺は毎日のように彼女の「友人」たちの嫌がらせに会い続けた。あいつら、彼女に対して向ける顔と俺に対する態度違い過ぎないか?
いや、今はそんな話はどうでも良い。問題は連れだ。
「多分どこかにいると思うんだがな……そんなに俺とヤるのが嫌か。」
寝台に連れ込む前までもぎゃーぎゃーと往生際悪く騒いでいた連れを思い出して俺はぼやく。
痛いから嫌だ、と連れの主張は明快にして一貫している。
しかし、あまり痛い痛いと騒がれるとこちらが下手かのようで聞き捨てならない。
「痛くならないようにしてやるって言っているのに、しょうがないやつだな。」
探すか、と生乾きの髪をかき上げてつぶやく。
脱走した獲物はたぶん家の中のどこかに隠れているはずだ。本気で家を出て逃げ出して行方をくらましていることはないだろう。
それぐらいは自惚れても罰は当たらないはずだ。
「さて、問題はどこにいるかだが……。」
思考が常人の斜め上23度を行く彼女は、通常の人探し手法が通用しない。虱潰しに隠れられそうなスペースを探していくしかないだろう。
しかしどこに居るのやら。
この前はシューズクロークの中に隠れていた。
連れの小さな体は時々思いも寄らない場所に紛れ込む。
念のためシューズクロークを空けてみるが、今日は居なかった。
ソファーの下、これもはずれ。
彼女のデスクの下にも居ない。
観葉植物の後ろ……さすがにこのスペースは無理か。
リビングの隅にある彼女の「巣」にも居ない。
どうやらリビングははずれだったようだ。同じようにキッチンにも居なかった。他の部屋も全て空振り。バスルームも当然のようにはずれ。
「まさか、本当に出て行ったのか?」
すっかり乾いた髪をかき上げて、俺はベッドに座り込む。
冗談だろう?
本当に脱走したのか?
俺とヤるのはそんなに嫌なのか? 何で今回に限ってそこまで本気で脱走したのか? 脱走していったいどこに逃げるつもりなんだ?
「……まさか、他に男でも出来たか?」
「んな訳あるか。」
聞きなれた恋しい声が背後から聞こえた。
身をひねって窓とベッドの隙間を覗き込めば、連れがちんまりとひざを抱えて挟まっていた。
安堵のため息が口からこぼれる。
「……何だよその反応。」
「キスさせてくれ。」
「は?」
「もう居なくなったかと思った。」
両腕を伸ばして彼女を隙間から抱き上げ、膝の上に抱え込む。
俺が探している間ずっとそこで待機していたらしい彼女の体はすっかり冷えて冷たく、つむじに口付けても俺の腕の中で大人しくしていた。
「こんな冷やして……体を壊したらどうするんだ。」
「や、思いのほか見つからないですんだからつい。」
「探した。」
「うん、ごめん。」
「出て行ったかと思った。」
「さすがに風呂上りで屋外に出てく勇気はねぇですよ。寒そうだもん。」
「もう十分冷えてるだろ。指先痛くなってないか?」
「足痛い。」
さっさと発見しろよな、と隠れたくせに可愛いことを言う彼女の耳は寒さで赤くなっている。
「なら、温めないとな。」
「やらしーことしない?」
「お前がそれで大人しくしてくれるなら今日はもう良い。」
「今日限定か……ま、良いや。疲れたから寝ようぜ。」
寒い寒いと震える連れを抱きしめたままベッドにもぐりこむ。
冷たい足がすぐに絡んできて、ぬくもりを求めるようにごそごそ動く。
……。
「……。あのさ、当たってるんですけど。」
「不可抗力だ。」
「早くね?」
「不可抗力だ。分かってる、今日はしないから逃げるな、良いから逃げるな、これ以上逃げるな、本当に逃げたら襲うからな逃げるな、絶対に逃げるな。」
「うわひゃあ!」
くすぐったいと身を捩じらせる彼女を後ろから逃がすものかと抱きしめて、俺はため息を吐き出す。
本当に頼むから逃げないでくれ。
脱走しないか気をつけなきゃならない日が続くのは分かってるが、今日ぐらいは安心させてくれ。
「あ、やっぱぬくいなー。」なんて言っている連れを確保して、俺はこれだけで結構満足してしまう自分のお手軽さにこっそり苦笑いした。