3.かわったものにきょうみをもちます
「デート中」の飼い主の妄想(若干の下ネタ注意)
「なー、へそげ生えてる?」
「っ……。あ?」
咄嗟に吹き出しかけたコーヒーを飲み込んだ彼を誰か褒めて欲しい。
軽くむせながら聞き返した彼に、彼女は例によって何を考えているのかわからない無表情な仏頂面で「腋毛でも良いや。」と問題発言を重ねた。
何というか、どうして彼女と話していると度々理性を試される場面に遭遇するのだろうか。
試練か、それとも恋――じゃない、故意なのか。
そんな彼の葛藤に気づいちゃいない顔で、彼女はずずっとココアをすすって三白眼を俺に向ける。
「てか、どの辺に毛生えてる?」
「……お前はそれを聞いて俺をどうしたいんだ?」
「え? 何色なのかなーと。」
そこか! と叫びかけるのをぐっと堪え、彼は代わりに手元にあったドーナツをちぎってこれ以上惚れた女からトンデモ発言が飛び出さないよう、その口めがけて押し込んだ。
「むぐぐんぐーっ!」
「「何すんだ」ってお前……まさか、俺以外の相手にもそんな変態的な質問しているんじゃないだろうな?」
「んぐっ……ねぇよ?」
何で? と聞きたげな邪気のない目に彼はこめかみを抑えて沈黙する。
彼女が変わったものに興味を持つのはこれが初めてではない。
初めてではないが、今回はひどい。
「まさか、見せて、とか言わないだろうな?」
「え?」
「え?」
「や、嫌なら無理にとは言わんけど。」
「……お前、本当に俺以外にそんな質問するなよ。特に男相手には絶対だ。」
「だから、しねぇよ。女の子にしたらセクハラじゃん。」
「男相手だって立派なセクハラだ!」
要は脱げってことか、と呻くと相手から何故か軽蔑の視線が飛ぶ。
「何で脱ぐんだよ。もしかしてへそ毛見せたい欲求でもあんの?」
「生えてない。背中も生えていない。」
「ええー、何か毛深そうだったのに意外。」
何なら下着の中のやつまで、全身見るような目に合わせてやろうかこの女。
頭を掻きむしり、彼は歯を食いしばって目を閉じる。
OK、俺は冷静だ。
「何でこんなこと言い出したんだ。」
「えー? うーん、興味?」
そりゃそうだろうよ。
若干グレが入りながらぞんざいに相槌を打つ。
「オレってさ、髪と眉毛とまつげの色違うんだよね。ほらほら。」
ぐいっと顔を近づけられてどきりとしたものの、彼は表面上冷静を保って彼女の顔を見る。
確かに、髪よりも眉の色は若干濃く、まつげに至っては黒だ。
ついでに唇は少し荒れていて、キスをしたら少し痛そうだった。
「眉とまつげ以外の毛はみんな同じ色なんだけどさ。」
「げほっ!」
「うわ、きったね!」
今度こそむせた彼に、飛んだコーヒーを避けて彼女が嫌な顔をする。
「お、お前……そういうこと言うな、想像するだろうが!」
「そんなの勝手にそっちが想像しただけじゃん!」
うわ、ばっちい。
そんなことを言いながら飛んだしぶきをゴシゴシとこする彼女。
どこの毛まで想像したかまで分かったら同じリアクションが返ってきたか怪しい。
自覚の無さ過ぎる目の前の女に彼は改めて頭を抱える。
ついで、どことは言わないが不埒な想像に反応した部分もそっとナプキンの陰に隠す。
そんな男の葛藤を知らない顔で、彼女はあいもかわらず同じ話題を振る。
「でー、お前はどうなのかなーと。ほら、お前の場合まつげも眉毛も全部同じ色じゃん。ヒゲは生えてるところみたことねぇし。」
「お前良く堂々とこの話題続けられるな……。」
「何か問題? 機密情報?」
「センシティブ情報ではあるけどな。」
「ちぇー、抜いて見せてもらおうと思ったのに。」
お前が抜いてくれるならどこの毛でも良いぞ。
頭の中に浮かんだそんな提案を全力で理性のタガの中に放り込み、彼は疲労のため息を吐く。
セクハラは駄目だ。逃げ出される。逃げたらもう捕まえられない。
「……俺はヒゲも全身もこの色一色だよ。」
「へー、人それぞれなんだなー。」
「本当にな……。」
何で真昼間から俺こんなに疲れているんだ。
(一方的な)デートのはずだったのに。
「イケメンはどこまでもイケメンかー。」と謎のつぶやきをしている彼女を眺めながら、彼は深い溜息を重ねるばかりだった。