2.とてもきちょうで、めったにてにはいりません
「入籍後」の飼い主の願望
「げっ。」
「はぁ?」
「何さ。」
俺に対する連れの口癖ベスト3。
基本装備で眉間のしわとへの字の口元、疑わしげな胡乱げな目つき。
それでもめげない俺を誰も褒めちゃあくれないが、少しは労わってくれたって罰は当たらないだろう。
と、まぁこんな調子で俺の奥さんは常につれない。
友人には笑うのに、うちの小悪魔どもにも笑うのに、テレビのお笑い芸人にも向けるのに、俺には向けてもらえない。
画面向こうの連中にすら俺は負けるのか。
可愛い連れの笑顔。
俺にとってそれは、とても貴重で、滅多に手に入らないものだ。
いったい彼女は俺をどう思っているんだろうか。
「なあ、奥さん。」
「何さ。」
「お前って俺のことどう思ってるんだ?」
「はぁ?」
既に口癖ベスト3のうち2つが登場している会話がこの先を暗示しているようだ。
できれば気のせいであってほしい。
「どうって……何が聞きたいわけ? 面倒くせぇ。」
「お前、本音ダダ漏れだな。」
「だってお前相手に遠慮したってしょうがねぇじゃん。で? 何?」
「いや、そうやって聞かれると答えづらいんだが……俺とお前の関係とか。」
「法律上の配偶者だろ。それぐらいは承知してますよ。」
「お、う……。」
そこで「法律上」という前提がつくのは……そう言う意味なんだろうな。
分かっちゃいるが、改めて突きつけられると傷つく。
事実上は違う、そう言われているようで。
ため息を吐き出しつつ抱き寄せれば、ガン、と顎に向けて頭突きをかまされた。
「痛い……。」
「だからやるなって言ってるだろ……大丈夫か?」
「くそぅ、理不尽だ。」
お前の行動も相当理不尽だけどな。
何だ、抱き寄せただけで顎にアッパーカットって。
俺じゃなかったら口の中出血するとか、舌噛み切るとかしていておかしくないんだぞ。
「このこのこの。」
俺の余裕が気に入らないのか、足をばたつかせて抵抗する連れ。5秒ともたないのもいつものことだ。
「ぜひゅー、ぜひゅー。」
「落ち着いたか?」
「ちっげー……よ……ひゅー……。」
からかい気味に尋ねればぎろりと睨まれる。
笑ってくれないかな。
普段連れが俺によくやるように、力加減に気をつけて連れの頬を指で挟んでみる。
「むみ。」
うーん、これじゃないんだよな。
「なにふるんでふか。」
「お前、頬の筋肉こわばってるぞ。もっと笑ったほうが良いんじゃないか?」
「はぁ?」
最もらしい理由をつけながら硬い頬をくいくいと摘んでいると、鬱陶しそうに手を払われる。
離れてしまった彼女の感触が惜しい。
「オレは笑いたい時に笑いますから。ほっとけ。」
「いや、無理に笑えって言うんじゃないんだが……どう言ったら良いかな。」
「そういうお前こそ。」
伸びてきた連れの手が、ぐいっと俺の頬をひっ掴む。
あ、この強さはさっきのことを根に持っているな。
「愛想笑いばっかして頬こわばってんじゃねぇの? ほーれほーれ。」
ぎりぎりと俺の頬を引っ張る連れ。
仏頂面は相変わらずだがちょっと楽しそうだ。
彼女は若干Sっ気がある。根っこはMだけどな。
「そう見えるか?」
「ま、接客業だからしょうがないかなーとは思うけど。お前も大変だよな。」
ぐいーっと俺の頬を引っ張って、連れが俺の首を抱き込んで引き寄せる。
コツン、と先程俺の顎にアッパーカットを決めた連れの額と俺の額が合わさった。
「あんまし無理すんなよ?」
「俺の話か?」
「お前の話ですよ。笑いたくない時に笑わないのも大事だからな。」
なっ? と念を押して、至近距離の連れがニヤリと男前に笑う。
俺の欲しい笑顔じゃなかったが、これも滅多に手に入らない連れの顔。