10.ていきてきにけづくろいをしてあげましょう
「毛づくろい中」の飼い主の触れ合い
連れは美容院に縁がない。
なので、子供の頃の毛づくろい――もとい、散髪は基本的に家族の手で行っていたらしい。
結婚した今、その役目は俺が引き継いでいる。
よく研いだハサミをシャキシャキと鳴らし、だいぶ伸びていた彼女の髪を顎の少し下のラインで切りそろえてゆく。
彼女の髪は癖が強くて太く、色は温かみのある赤茶だ。天気のいい日に陽に透かしてみると、綺麗なべっ甲色になる。子供たちも同じ色の髪をしているが、彼女のだけは特別な気がするのは俺が惚れてるせいだろうか。
外は雪。
厚手のカーテンを閉めて、セントラルヒーティングで温まったリビングで、俺は黙々とハサミを動かす。
彼女といえばすっかりリラックスしているのか、うつらうつらと船を漕ぎ、ぱちぱちと瞬きすることを先程から繰り返している。
「眠いなら寝ていいぞ。」
「んー……。」
「切り終わったら起こしてやるから。」
「んー……。」
くぁ、と小さなあくび。
そのままとろとろと眠りに入った彼女の様子を確認して、俺はまた髪を切りそろえる作業に戻る。
あまり重くならないように内側にはシャギーを入れて、毛先が自然にまとまるように。
目に前髪が入るのは嫌がるので、そこはうまく工夫しないといけない。
このために軽く美容師の勉強をしたのは連れには秘密だ。
最後に全体的に長さを整えて、俺は連れの肩を軽く叩く。
「できたぞ、ちょっとチェックしてくれないか。」
「んー? うぅん……うん。」
まだ半分寝ているのか、返事になっていない返事が返ってくる。
鏡で出来上がりを見せてやると、パチパチと薄茶の目が何度か瞬いて、こっくりと首が縦に振られた。
「うん、ありがと。」
……可愛い。
寝ぼけている彼女はいつになく素直で、可愛い女だ。普段のツンケンしている彼女も嫌いじゃないんだが、こうやって偶に見せる素直な顔も好きだ。
切った髪が顔についているのを刷毛でそっと払って、声をかける。
「じゃ、頭洗うぞ。」
「はぁい。」
業者から買い付けたシャンプー用の椅子は重宝している。
買った当初は連れからは馬鹿じゃねぇの? と酷評を頂いたが、1、2度これを使って洗髪してやると意見が変わったらしい。
まぁまぁ高い買い物だったが、使わないときはコンパクトに収納できるところも含めて気に入っている。
椅子を後ろに倒し、台所の流しからシャワーノズルを引っ張る。
手にシャンプーをとって軽くなじませ、頭をシャカシャカとマッサージするように洗ってやると、連れがうっとりした顔になる。
「うなー。」
「何処かおかゆいところはございませんか、お客様?」
「無い無い。」
「お湯は熱くはございませんか?」
「ううん、気持ちいい。あ、そこそこ。」
シャワーを当てながらわしゃわしゃと小さな連れの頭を力加減に気をつけながら洗う。
洗い終わったらトリートメント剤を取って良くなじませる。
少し時間をおいてから軽く洗い流し、あとは軽くタオルドライ。そしてドライヤーを使ったブラッシング。
これで珍獣様の毛並みはツヤツヤだ。
「よし。」
「できた?」
「できたぞ。鏡もう一度見るか?」
「うーん、うん。見る。」
鏡を差し出すと、連れが自分の姿を確かめて「うん、スッキリ。」とうなずく。
ご満足いただけたようだ。
「やっぱ髪切ってもらうのお前が一番いいなー。」
「そりゃ嬉しいな。」
「楽だし、タダだし、これもうお金払っていいレベルじゃね?」
器用だよなー、と前髪をいじる連れに俺はただ黙ってにやっと笑う。
連れの髪を整える前に何人かに練習台になってもらっているし、一応軽く学校にも体験入学させてもらっているのだから、これで下手なら泣ける話だ。
まあ、触りだけ習って、後は機転を利かせて切っている割には上手いって程度だろう。何事もそれなりにうまくできる程度に俺は器用だしな。
くるりとハサミを回してホルダーにしまってみせると、連れが「調子に乗りすぎ。」と冷ややかな視線をくれた。さすが奥さん、甘くない。
「ところでお前、なんで髪伸ばすようになったんだったけか?」
「……あ?」
「ん?」
「……てめぇの胸に聞きやがれ。」
……どうやらそういうこと、らしい。
似合ってるよ、というと「へいへいそーですか」なんてつれない返事をする彼女は、最高の妻だと思う。
【作者後記】
おはようございます、こんにちは、こんばんは、初めまして、またお会いしましたね。
ということで、以上、連れとツレによる「珍獣の飼い方10の基本」でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
年末のせわしない時期、少しは楽しんでいただけたり、にやっとしていただけたならありがたいことです。
それでは皆様、どうぞよいお年を。