1.まずはかわいがってきにいってもらいましょう
「お付き合い」中の飼い主の苦悩
「餌付けだ。餌付けしかもう残されていない。」
「朝っぱらから何? ついに脳までやられたの?」
「本当にそうかもな。はぁ……。」
朝食の席。構内の紅葉が見渡せるカフェテリアのテラス席で頭を抱えた彼に、クラブサンドを上品に食べていた同僚が「辛気臭いから止めて。」と辛辣な一言を投げかける。
「まだ、あの娘に未練タラタラなのかしら?」
「悪いか。」
「悪いわよ。せっかくの朝の新鮮な空気、景色があんたのおかげで腐敗したピンク色がかってるわ。」
「わざわざ腐敗って付けるな。」
「なら荒廃した、にしてあげるわ。」
「芽の出る可能性もないって言いたいのか。」
「だって、現状そのとおりじゃない。」
辛辣な同僚のコメントに彼は「くそっ。」と少々上品でない言葉を吐き出して、不機嫌にブラックコーヒーをすする。
最近カフェイン摂取量がうなぎ登りで増えている。
彼の場合飲んでどうなるというものでもないが、気分的には「飲まずにやってられるか。」といったところか。早い話が自棄コーヒーである。
味わう様子もなく、煽るように上等な豆を使った一杯にあるまじき飲み方をする彼に、同僚から冷たい視線が飛ぶ。
「また朝からそんなの飲んで……どうせあんたのことだから胃が荒れたりはしないでしょうけど、せめて何か食べてからにしなさいよ。」
「そういう気分じゃないんだよ。」
「やめてよね。あんたの不調で迷惑被るのはこっちなんだから。いい歳して自己管理できない男が女に相手にされるとでも思ってるのかしら。」
「あーはいはい、分かったよ。何か食べれば良いんだろ。」
しょうがないな、と手元のメニューをめくって彼は目に付いたフレンチトーストを選択する。ついでに、コーヒーも追加注文した。
届くまでの間の時間つぶしにか、長い脚を組み替えて頬杖を付いた彼に最後のクラブサンドを食べ終えた同僚がクスと小さく笑う。
「何だ。」
「いーえ……。ま、良いわ。相手の娘、甘いもの好きなんでしょ? 餌付けしようって言うなら、普段から美味しいスイーツの100や500くらい味見しておきなさいよ。」
「単位おかしいだろ……。」
「あら、随分レベル下げてあげてるつもりよ? 500なんて1日1個でも1年半程度しか持たないんだから。」
澄まし顔の同僚に確かにそうだと彼はげんなりする。
甘味は嫌いじゃないが、改めて数で考えると多少うんざりしなくもない。一番呆れるべきなのは、それでも必要とあればやっておくかと考えてしまう彼の思考かもしれないが。
「……どうすりゃこっちを気に入ってくれるんだか。」
「あら、随分馬鹿な疑問ね。」
届いたフレンチトーストを1つ掠め取って、同僚は艶然と笑む。
「まずは可愛がって気に入ってもらう、これしかないでしょ。女なら誰だってそうされて嫌な気はしないわよ?」
「可愛がろうとすると逃げるんだが。」
「それはやり方が悪いか、あんたの頭が悪いのよ。」
「言ってくれるよ……。」
どちらにせよ馬鹿だと言われていることに変わりないのを察し、彼は苦い顔をして残ったフレンチトーストにざくりとフォークを突き刺した。
(確かに、あんな難解な奴に惚れた時点で俺って馬鹿だよなぁ……。)
気に入ってもらえるまでの道のりは果てしなく遠そうだった。