14『崩壊の序曲』
『第三分隊より本部! 聞こえるか。非常口付近にて目標を補足! 至急、他の部隊をポイントAへ集結させてくれ! 繰り返す。非常口付近にて目標を補足! 至急、他の部隊をポイントAへ集結させてくれ! こちらは可能な限り、目標をここで足止めする!』
――――ついに最後の『能力者』を見つけた。
トラックの助手席でその報告を聞いた小田切は鋭く目を細めた。何処かに身を潜めていたのだろう。反・EPS領域が消失した時を見計らい、行動を開始したのだ。
すかさず小田切は総指揮官に指示を与え、残ったASHの全隊員を集結させ、包囲するように指示を出した。『ヨハネ』の『反・EPS砲』の第二射までにはどうしても時間がかかる。それまでは時間稼ぎが必要となる。
距離を保ちながら、牽制。大きな刺激を出来る限り与えず、時間を稼ぐ。これがとっさにだした小田切の方針だった。
ところが『能力者』を包囲する前に状況は一変した。第三分隊の隊員二人が『能力者』の餌食となり、非常口の階段を破壊されたのだ。
そこまでなら、小田切にも予想できた事だった。反EPSの枷が無くなった『能力者』に襲いかかれば、反撃を喰らい、犠牲者が出るのも当然だ。相手はただの子供ではないのだ。下手をすれば、石和武士ら含む全員が壊滅することも小田切は充分に考慮に入れていた。
しかし、『能力者』がその次に取った行動は完全に小田切の予測から外れたものだった。
『能力者』は階段を破壊し、第三分隊の足を止め、その後、一階に昇っていったというのである。何故、そこまで追い詰めておきながら、彼らの息の根を止めなかったのか。
『能力者』の目的は石和と佐々木の抹殺ではなかったのか。石和達を窮地に追いやっておいて、それを見逃すというのは訳が分からない。
小田切は焦燥した。
『能力者』とは特殊な能力を持った子供たちの総称だ。それぞれが共通することのない『能力』を保有し、それを自在に扱うことが出来る。
『念動力』、『重力操作』、『物質変換』、『空間転移』。
先の二つはいい。
石和達を追い詰め、抹殺するためにその能力を行使していたのだ。おそらくそれ以上の意味はない。
だが、別行動を起こしていた二人の『能力者』はどうだろうか。なにか別の目的があったとして、その能力と目的は何か繋がりがあるのだろうか。
わざわざ他の二人とは違う動きをとらせる『能力者』をこの場へ転送してきたのだ。その目的に適した『能力者』を送り込んできた方が効率的なはずだ。
『能力者』の能力は『物質変換』、『空間転移』の二種類。
『物質変換』はあらゆる物質を脆いモノに変化させてしまう能力であると推定される。細かな能力は分からない。反EPS領域の効果が効いているうちに殲滅してしまったので、詳細は分からぬままだ。能力が半減してもあれほどの能力が使えたのだ。反・EPS領域の障害がなければもっと強力な『能力』が使えた可能性は高い。
もう一人の『能力者』。『空間転移』。
これは石和と佐々木に取り付けた盗聴器を経由して、戸木原の説明を聞いていたので、分かる。二つのEPS領域を展開し、それぞれを差し替えることによって、空間を自在に移動することが出来る。新井博士の造り上げた『瞬間物質転送装置』とはまるで別の理論で瞬間移動現象を可能にする。この能力の汎用性は高い。
対象物に手で触れるだけで、その構成情報を読み取ることが出来、一度読み取ったものは一部分に限定した転移を行うことも可能だ。
『物質変換』と『空間転移』。この二つの共通項は何か。
(物質を脆くする……対象を転移する……対象を読み込む……二つの領域を差し替える……)
小田切が胸中で『能力者』の能力を繰り返し確認する。だが、やはり共通点が見えてこなかった。この二つの能力は全くの別物で、用途も異なる。同じ観点で見るのは無理がある。共通するのは物質を扱う事が出来るということくらいではないだろうか 。
「……まてよ。共通するのは――物質?」
なにか引っかかるモノを感じて、小田切は低く呟いた。そうだ。共通点はある。
それは――『二人とも物質に干渉することが出来る能力』という点だ。
それを踏まえて、今までの情報を整理してみる。
少女は一階へ向かった。一階にいる部隊に警戒を促しつつ、捜索を始めたが、未だ外へ出て来る様子はまったくない。懐中電灯を持って行ったところをみると、一階、もしくは上の階へ上り、何かを行おうとしていることだ。
そして、奥の部屋にいた少年。彼はその部屋でなにをしていたのか。
否。なにを細工していたのか。
物質に干渉できる能力。そして、それを行うことによって、戸木原が益を得る事。
それは――――
「っ! ……ま、まさか……」
小田切は大きく目を見開き、息を飲んだ。
一つの可能性が小田切の脳内に閃いた。
そうだ。我々は石和達を餌にすることによって、『能力者』を引き寄せたつもりでいた。
しかし、もし、そうでないとしたら?
戸木原が我々がいることを承知の上で『能力者』を送り込んできたのだとしたら?
『第一分隊より本部! 緊急事態発生! 目標が一階へ向け進行中! 繰り返す、目標が一階へ向け、進行中! 地上の各隊警戒されたし!』
その報告を聞いて、小田切の頭の中で渦巻いていた疑惑が確信に変わった。
それはこれ以上ないほど、最悪な報告だった。
小田切は即座に総指揮官への通信を繋ぎ、ASHの全隊員に向けての命令を出した。
「アルファ0よりアルファ・リーダーへ。今すぐ地下にいる全隊員の撤退命令を出せ! 負傷者を優先だ。一階で待機中の第六分隊至急、目標の捜索を開始。第五分隊はこれに合流しろ。目標を補足次第、距離を保ちつつ攻撃を開始! 効果が無くても構わない。目標の行動を一秒でも阻害しろ! いそげっ!」
『アルファ1、了解』
小田切は通信を切り替え、川上に連絡を取る。
「アルファ0よりアルファ5。『あおぞら』に至急通達! 今すぐエネルギーの充電を中止し、反EPS砲の第二射を発射せよ。反EPS領域を再展開し、最後の『能力者』を殲滅する」
『アルファ5よりアルファ0。どういうことだ。反EPS砲の充電はまだ最低レベルにも達していない。今すぐ発射しても十秒程しか反EPSの効果は得られない』
「構わん。その十秒の間に確実に仕留めればいい。もう時間がない。下手をすれば、全滅しかねない事態だ。刻は一刻を争う! 急いで俺の指示に従ってくれ」
『……了解した。『あおぞら』への通信を行う』
不承不承といった様子ではあるが、川上は了承の返事を返してきた。現在は納得できなくても、指示に従ってもらわなければ困る。説明している余裕など一片もないのだから。
「しゅ、主任? いったい、なにが……」
困惑した顔で訊いてくる唐沢。 小田切は手を大きく横に振って、答えた。
「唐沢! いますぐこの廃ビルから距離を取れ! 他の二台のトラックもだ! でなければ、俺たちも巻き添えを喰うぞ」
「ま、まきぞえって……いったい何が?」
「いいから早く! 緊急事態だ、速やかに動くようにと伝えろ!」
「りょ、了解っす!」
唐沢はトラックのキィを回し、エンジンを入れると、車体を後退し始めた。それと同時に他のトラックへ指示を与える。
間に合うか? 小田切は焦燥感を胸に抱きながら、自問する。
答えは決まっている。間に合わない。
すでに戸木原は種はまき終えているのだ。それを止めることは出来ない。
少女が現在行っている行為はそれをいかに派手に演出するか。その為の作業に過ぎない。
だとすると、小田切が出来ることはひとつだけ。
その作業を力の限り妨害し、『その瞬間』を一秒でも遅らせることだ。そして、これ以上の被害を出させないため、ここにいる『能力者』をすべて抹殺する、その為に。
トラックが廃ビルから離れてゆく。その最中、大地がぐらりと揺れる異変を小田切は感じ取っていた。
その振動はまだ小さいが、止まることなく延々と続き、収まる気配がない。
揺れる、揺れる、揺れる。次第にその揺れは大きさを増し、大地が唸りをあげ始めた。
唐沢が大きく目を見開き、『それ』を見る。その顔は驚愕に歪んでいた。
「しゅ、主任……あ、あれ!」
唐沢が廃ビルを指さして、高らかに叫ぶ。遠目から見ると、一目瞭然だった。持ち主不透明の廃ビルがごく僅かだが――――斜めに傾き始めていた。
小田切は無言で目を細めた。
もう手遅れである。
それを止めることは誰にも出来ない。
小田切は戸木原の脅威を現在、改めて思い知る羽目となった。
――――『崩壊』が始まったのだ。
第六段階『崩壊』(了) 第七段階『裏切りと銃声』に続く。