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混沌のアルファ・リニューアル版  作者: 高田ねお
第六段階『崩壊』
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13「不可解な行動」




 一行が階段に向かったのを聴覚だけで確認すると、分隊長は次の行動に移っていた。


 懐から再び手榴弾を取り出し、ピンを抜き、再び少女がいた方向へ投げつける。


 が、今度は先程のような煙は出ない。代わりに強力な閃光が廊下を覆った。


 閃光手榴弾(フラッシュ・バン)。石和が造り出した即席の代物ではなく、正式に造られた強力な目くらましである。視界を煙で塞ぎ、更には閃光で目を眩ませる二段構えの作戦。


 これでEPS領域を展開する手段を完全に防いだ筈だ。


 分隊長は短機関銃(サブ・マシンガン)を構え、発砲した。煙で標的は見えない。ただ、煙がもうもうと舞う前方へ向けて、闇雲に撃ちまくる。


 煙による視界の遮断は諸刃の剣だ。こちらも標的を見失うからだ。だが、これだけ銃弾を連続で撃ちまくれば、少なくとも牽制になる。足止めぐらいは出来るはずだ。


 確かに分隊長の作戦は的を射ていたし、上手くいけば『能力者(ネオ・チャイルド)』の足を止めることは可能であった。


 しかし――――   


 分隊長の足に何かが触れた。背後へ振り向くと、そこには赤く彩られた少女が立ちつくしていた。


「な――――」


 分隊長の顔が凍り付いた。確かに他の能力者(ネオ・チャイルド)であれば足止めぐらいは可能であったかもしれない。だが、彼女の能力は『空間転移』である。視界に認識できる位置ならば、どんな場所にいようが空間を差し替えることが出来る。


 つまりは、発煙手榴弾(スモーク・グレネード)が煙を吐き出し、視界を覆う前にその場から『転移』してしまえば、いくらその二段構えの作戦が効果的であったとしても役に立たないと言うことだ。


 少女は最初から分隊長の背後に転移していたのだ。


 少女が微笑む。ガラスの微笑。残酷で無慈悲だが、それを全く感じさせない氷のような笑顔。そして、少女はその言葉を口にした。


「――――つかえまえた」


 分隊長は恐怖の雄叫びを上げた。





 一人残った分隊長の悲鳴が聞こえてきた。石和達が非常口の階段を昇り始めてから、まだそんなに経過していない。どうやら応戦もむなしく、足止めをすることが出来なかったようだ。


 非常口の入り口に影が差した。アップスタイルの少女だ。血に塗れた顔を石和達の方向へ目を向け、すぅっと、目を細め、笑みを浮かべた。


 石和の背筋に冷たい者が駆け抜け、戦慄した。


「い、いそげっ! はやく一階へ昇るんだ!」


 先頭の隊員の一人が促し、石和を乗せた担架と共に上へ駆け上っていく。少女は静かに階段まで歩み寄ると、そっと階段に手を触れた。


「――――つかまえた」


 少女がそう呟いた瞬間、すべてが終わった。石和達がこの廃ビルから抜け出すために絶対不可欠な存在を奪い去られていた。


 階段が――――なくなっていた。


 石和達がいる場所を中心に前後一メートルのあたりの階段がぽっかりと消え失せていた。階段がなければ上へは上がれない。当然のことだ。そして、足の踏み場がなくなった者達がどうなるかは言うまでもない。ただ、重力の法則に従うのみである。


「わっ……あああああああっ!」


 佐々木の悲鳴が上がった。続いて、隊員たちの悲鳴があがり、石和達はそのまま床へ一直線に落下した。バランスを失った担架からずり落ち、石和の身体は床に強く叩きつけられた。


「がっ……! ふっ……!」


 呻き声を上げて、苦悶に喘ぐ。佐々木や他の隊員たちも身体を床に強く叩きつけられ、身体を丸め、踞っている。崩れ落ちた衝撃で、隊員たちの持っていた懐中電灯や器具などが床一面に散乱してしまっていた。


 そんな石和たちのもとに大量の瓦礫が降り注ぐ。原型を留めないほど細切れになった階段の破片だった。


 これで退路は完全に断たれた。途中から先の階段は健在だが、そこに至るまでの道がない。これではこの非常口から脱出するのは不可能である。搬入用エレベーターまで戻らなければ一階に戻ることは出来ないだろう。


 しかし、この『能力者(ネオ・チャイルド)』がそれを逃すとも思えない。あらゆる武具を行使しても、この汎用性が高いこの『能力』に対抗できる気がしない。おそらく、あの『能力者(ネオ・チャイルド)』は今までの『能力』とは別格だ。


 『能力』が強い弱い云々の前に『空間を転移する』という力の種類自体が汎用性の高い厄介な代物なのだ。どんなに逃げても、あの少女はその差を一瞬にゼロにしてしまう。


 そして、触れられたら、一巻の終わり。少女の視界にいる限り、抜き取った構成情報を元に対象の身体を思うがままに蹂躙することだろう。


 倒れていた隊員たちが起き上がって、両手で掲げた短機関銃(サブ・マシンガン)の銃口を少女に向けた。おそらく、その牽制は無意味。少女に銃は一切通用しないのだから。きっと脅威には感じてはいないはず。


 案の状、少女は短機関銃(サブ・マシンガン)の存在になんの反応も示さなかった。この距離だと発煙手榴弾(スモーク・グレネード)を使うわけにもいかない。閃光手榴弾(フラッシュ・バン)も使うには距離が近すぎる上に、不意を突かない限り、まともに食らうことはないだろう。


 つまりは――打つ手はなし、ということだ。


 少女が近づいてくる。


 石和の胸の鼓動がどくどくと音を立てて高まる。絶望感がじわじわと身体を浸食していく。その場にいる全員が声もなく、極度の緊張感に身体を強ばらせている。


 今度こそ本当にどうにもならない。ここにいる全員が全身を細切れにされ、ヒトの尊厳を無視した、惨たらしい死を迎える。先程見た隊員の様に。石和はその時を覚悟した。


「――――――――……?」


 が、そこで奇妙なことに石和は気付く。少女はいつまで経っても『それ』を行わない。接近を続けてきたその足も止まっている。怪訝に思い、少女の顔に目を向ける。


 少女の視線には石和達には映っていなかった。床に散らばった器具をまじまじと見つめている。少女が目を細めると、床に散らばっていた器具の一つが消失し、少女の手に転移した。


 それは大型の懐中電灯。周囲を灯りで照らす、ただ、それだけの道具である。少女はそれに電源を入れ、電灯がつくのを確認する。


 それで終わりだった。目の前にいる石和達には目も暮れず。少女は天を仰いで、次の瞬間、懐中電灯を持ったまま消失した。次に姿を現した場所は崩れ落ちて無くなった階段の上。


 少女はそのまま、階段を駆け上り、一階に向かってゆく。


「…………」


 そのまま沈黙が訪れる。少女が戻ってくる様子はなかった。やがて、他の部隊が駆けつけて来ても、少女は帰ってこない。石和は再び生き延びた実感を噛みしめることもなく、訳の分からない少女の行動にただひたすら困惑していた。







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