10「小田切の葛藤」
雪が積もり始め、益々閑散とし始めた倉庫街に。地鳴りのような音が響き渡り、大地が蠢動した。小田切はトラックの助手席で予期せぬ振動に眉を顰め、不吉な感覚が身体中に広がっていくのを感じていた。
出だしは順調だった。
高度3600キロメートルに位置する多目的型人工衛星『ヨハネ』。
遙か上空の人工衛星から放たれた『反・EPS砲』は予測通りのポイントに命中し、球状の巨大な特殊空間が現在目の前にある廃ビルを包み込んでいる。この特殊空間は絶対的な力を誇る『能力者』の力を無力化することが出来る、特殊フィールドだ。
彼らが能力を発動するには『具現する力』に干渉が可能なEPS領域を展開する必要がある。反EPS砲は空間を歪曲させた特殊フィールドを展開することによって、EPSエネルギーを一カ所に蓄積できない性質を持つ『反・EPS領域』を展開することが出来るのだ。
しかし、それには一つ問題があった。この廃ビルにいる『能力者』たちは地下に潜んでいるため、反EPSのエネルギーが地下にまで完全に浸透しないのだ。効果は本来の効果に比べ、50パーセント近く減少してしまう。
だからこそ、『反・EPS領域』を展開したのにもかかわらず、これだけの部隊を動かし突入させたのだ。付け加えて虎の子である光学兵器『C18FS』を持ち出し、部隊に装備させた。
これだけの装備と人員を動員したのだ。反EPS領域の効果が半減したことを差し引いても、充分に勝算はあるはずだった。
が、事はそう簡単に上手くは運ばなかったようだ。小田切の装着したインカムのイヤホンから次々と予測していなかった報告が聞こえてくる。
『第二分隊、壊滅! 目標が沈黙後、急に大規模な爆発を起こした! 体内に高性能の爆弾を仕掛けておいたらしい。負傷者多数、至急救護班をポイントCに急行させてくれ!』
『救護班、了解。ただちにポイントへ向かう』
『第五分隊より|本部(アルファ1)。Cブロックのオフィスルームに爆発の痕跡があり。先程のEPS反応消失はこれに関係していると思われる。すべての「能力者」には体内に爆弾が仕掛けられていると推測する。今後の指示を求む』
『第四分隊より、本部(アルファ1)。Bブロックに目標は見つからず。引き続き、Aブロックの捜索にあたる』
「…………」
小田切は目を細めた。してやられた。まさか、『能力者』の体内に『爆弾』を仕込んでいるとは。完全に想定外の出来事である。報告を受ける限りでは相当威力の高い『爆弾』であるらしい。これでは迂闊に攻撃を仕掛けることは出来ない。地下に下手なダメージを与えれば天井が崩れ落ちる可能性もあるし、場所によっては第二小隊のような死者や負傷者を増やすことになる。その『爆弾』も体内の何処に隠しているか分からない。万が一、爆弾に衝撃を与えることなく目標を殲滅したとしても、生体反応がなくなった瞬間に『爆弾』が起動するような仕掛けになっているのなら、結果は同じだ。
おそらく、これを戸木原はすべて想定して、行っているのである。一見、残虐な行為に見えるが、敵に付け入る隙を与えない、見事な策である。
これに対し、小田切は強行突破を図る指示を指揮者に与えた。
『なるべく遮蔽物の少ない広い部屋に目標を誘い込み、殲滅せよ。接近戦は避け、距離を保ちながら、攻撃を行え』というものである。
こちらが『能力者』の力を封じることができるのはわずか300秒である。すでに180秒が経過し、残りはあとわずかだ。この限られた時間に目標を殲滅させなくてはならない。地下で爆発が起きようが、この時間を過ぎれば、ASHの部隊でも『能力者』に対抗するのは難しい。急いで有人宇宙施設『あおぞら』のほうに『反EPS砲』の第二射の指示を出しておいたが、多少のタイムラグが出る上にエネルギーの充電が充分でないため、今展開しているほどの効果時間は得ることが出来ない。
多少のリスクを背負っても、目標を殲滅することを優先させるべきだ。
小田切が抱く懸念は他にもある。
『能力者』の位置が分散していることである。彼らの目標は廃ビルの地下に閉じこめられている石和武士と佐々木勇二郎を口封じに抹殺されることだと推測される。
だとすれば、何故わざわざ『能力者』を分散させる真似をしたのだろうか。こちらが感知したEPS反応はよっつで、この廃ビルの中に『能力者』は四人いるはずなのだ。
四人同時に石和達を襲えば、彼らは生き残る術はない。一挙に始末することが出来たはずだ。なのにそうしなかった理由は何か。遊んでいるのだろうか。いや、例えそうだったとしても、それだけだとは思えない。まだ、なにかを企んでいる可能性は充分にある。予測不能の事態に対処できるだけの心構えはしておく必要がありそうだった。
「それにしても……『反EPSエネルギー』を使うことなく、『能力者』を倒したのか。大したモノだな」
小田切はそんなことを独りごちた。『能力者』の力は圧倒的なもので、例え相手が子供だったとしても、普通ではまず勝つことはあり得ない。相手に触れることも出来ず、命を蹂躙されるはずだ。にも関わらず、『能力者』の一人はオフィスルームで死亡、二人目は生存していたが、見るも無惨な重傷を負っていたという報告を受けた。
いったいどうやって、二人もの『能力者』をそこまで追い込んだのか。非常に興味がある。是非、二人には生還してもらい、その話を聞きたいものだ。
そんなことを考えながら、小田切は傍らに目を向けると、運転席で唐沢忠之が真剣な表情で俯いていた。両手には先程、小田切が渡した『ベレッタM92FS』を強く握りしめていた。
「どうした、唐沢。さっきとは真逆だぞ。少し、肩の力を抜け」
と、小田切は唐沢に声を掛けた。唐沢はぎこちなく頷いたが、緊張に強ばった身体はそう簡単に元には戻らなかった。
先程小田切の行った脅しが効いたのか、それとも部隊が突入し、周囲に漂う緊張感に当てられたのか。突入前に抱えていた脳天気さは完全に吹き飛んでいるようだ。
と、言っても、恐怖に怯えているようには見えない。緊張感に身を委ねている。そんな表情だった。いい傾向であると、小田切は思った。この程度でパニックになるようでは使い物にならない。まだ、事は始まったばかりなのだ。これから更に事態は大きなモノとなり、状況は苛酷なモノになってゆく。その重圧感に押しつぶされない者が小田切には必要だった。これから何があるか分からないのだ。使える駒は一つでも多い方がいい。
小田切はそんな分析を行いながら、再び、インカムのイヤホンの中で飛び交う情報に意識を向けた。
『第四分隊より|本部(アルファ1)。目標を補足。これより排除する』
『|本部(アルファ1)了解。どんな能力を持っているか分からない。近接戦闘は避け、距離を取りながら一斉攻撃を仕掛けろ』
『了解』
どうやら、新しい『能力者』を発見したようだ。もう一人は反応があるにも関わらず、発見できないらしい。いくら広いビルとはいえ、他にヒトは全くいないのだ。これほどの部隊で捜索に当たっていながら、何故、発見するのにに手間取るのだろうか。
小田切は充分に警戒を促しつつ、最後の『能力者』の捜索に全力を尽くすように全隊員に伝えると、右腕につけてある腕時計を見た。『反・EPS砲』を展開をしてから、230秒が経過していた。
反・EPS領域の効果はあと1分弱。タイムリミットは間近にまで迫りつつあった。