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混沌のアルファ・リニューアル版  作者: 高田ねお
第一段階Dー計画』
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5「実験開始」

 分裂世界。


 根源世界を起源として、無限に分裂してゆく世界変動の理論。この分裂世界の存在を実証し、異世界を観測することがDimension project――Dー計画の目的である。


 その第1段階として、α世界とβ世界の因子がバランスよく取れた生物――統一体が必要となる。この統一体がα世界とβ世界を繋ぎ、α世界を引き寄せる要となるからだ。


 その為にα細胞をこちら側の生物に移植する実験が行われたが、そのことごとくが失敗に終わった。移植したα細胞はGVHDを起こし、α細胞が暴走。実験動物の細胞をもの凄いスピードで浸食する。結果、実験動物の生体情報を滅茶苦茶に書き換えてしまい、従来の姿とは全く異なる歪な生命体へと変態させてしまう。この暴走を食い止めることが出来ず、第五研究所の研究員たちは今まで頭を悩ませてきた。


 そこで今回発案されたこの実験は今までとはまったく異なるアプローチで、α細胞と実験動物を融合させ、統一体を造り出そうとするものである。


 第八実験室に本日、設置された『瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)』。


 これを用い、α細胞と実験動物を一つにする。


 移植するのではない。()()()()()()


 瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)は『物質の分解と再構築』を送信機と受信機で行うことにより、物質を転送をすることが出来るが、送信機で分解した生物に別の生物が入り込むとそれぞれの個体情報が識別されることなく融合してしまう。


 逆にこれを欠点ではなく、手段として使用する。


 つまりは送信機に実験体となる動物とα細胞を同時に入れ、生命体の分解と再構築を行う。そうすれば、外部からの移植を行うことなく、実験動物にα細胞を融合することが可能となる。その筈だ。しかし、このアプローチがどういう結果をもたらすかは、全く見当がつかない。前例のない実験となるので、シミュレーションプログラムも組むことが出来ない。実際に行ってデータを採取するしかないのだ。


 「それでは実験を開始します」


 オペレーターの一人がそう告げ、戸木原、佐々木、石和が一様にうなずく。


 第八実験室。


この部屋は瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)のある部屋とコントロールパネルがある部屋の二層に分けられた造りをしている。


 強化ガラスで覆われた防壁の向こう側の部屋には左端と右端に瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)が設置されている。左側が送信機で、右側が受信機。送信機のカプセルの中には全長が60㎝ほどのニホンザルとその隣には手のひらサイズの肉片が置かれている。つい先程、異世界生命体アルファから採取したばかりのα細胞である。


 四人のオペレーター達がガラスの手前に設置されている横長のコントロールパネルの前に座り、その背後に戸木原、佐々木、石和の三人が立っている。


 今回の実験の総指揮は佐々木が担当する。以前、第三研究所の研究に関わっていたこともあり、瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の操作経験があることから、一番の適任だと言える。マニュアルにしか触れていない石和や戸木原では、操作はおろか、指揮することも難しいだろう。


 戸木原は自分から率先して指揮を執ろうとしたが、以上の理由により、周囲が強引に却下した。彼はマニュアルすらまともに読んでなかったようで、いくら統括主任であっても、まるで知識のない彼が指揮を執ったら、実験が成立しない。不承不承、戸木原は佐々木が指揮することを承諾したが、現在でも不満顔を露わにして、両腕を組んでいた。これでは我が儘な子供と変わらない。


 石和はやれやれと一人肩を竦め、意識を目の前のモニターと瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)に移した。いよいよ――実験が始まる。佐々木が小さく口を開き、オペレーター達に指示を出し始めた。


 「フェイズ10より開始する。転送対象物を生物に設定。量子分解転送モードを起動する」

 「了解。瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)、起動開始」

 「量子分解モード起動中……プログラムスキャン開始……01から29562までリストクリアー。プログラムに異常は見当たらず」

 「転送対象物を生物に設定。送信機、量子分解アンカー作動。スタンバイモードに入ります」

 「受信機、量子変換アンカー作動。スタンバイモードに入ります」


 四人のオペレーター達がコントロールパネルに指を走らせ、瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)を稼働させる。中央のコンピューターが鈍い唸りを上げ、受信機と送信機が淡い光を放ち始める。


 「第二段階。構築情報の取得を行う。スキャナー起動開始」

 「了解。スキャナー起動します。スキャニング開始」


佐々木の指示でオペレーターがパネルを操作すると送信機のカプセルの外に付いているリング状の機械が動き始めた。


 上から下へ。下から上へ。


 カプセルの上下に赤外線が走り、対象物の構成情報を読み取っていく。中にいるニホンザルと傍らに置かれたひとかたまりのα細胞。この時点ではまだ二つの構成情報が別々に読み取られている。


 これを量子分解、再構築することによって、1+1を1とする――――    


 石和はごくりと、唾を飲み込んだ。α細胞との融合も気になるが、瞬間移動(テレポート)現象にも非常に興味を惹かれる。石和が瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)を使った実験を見るのはこれが初めてである。物質の分解と再構築の理論が確立しているとはいえ、やはりそこにあるものが、一瞬で移動してしまう現象に現実感(リアリティ)がない。


 本当に送信機にあるものが一瞬で受信機に移動するのか。この目でそれを確かめて、自分の頭に現実感(リアリティ)を刻みつけたい。そんな欲求が石和の中で膨れ上がり、送信機に釘付けになる。胸をどきどきと高鳴らせながら、その瞬間を待つ。


 「――スキャン終了。次。第三段階。転送準備に入る」

 「了解。これより転送準備に入ります」

 「送信機、量子分解アンカー、スタンバイモードから実行モードへ移行(シフト)。量子分解エネルギー、アンカー内で急速上昇中。各機関、動作に異常なし」

 「受信機、量子変換アンカー、スタンバイモードから実行モードへ移行(シフト)。アンカーに対象の個体情報を入力。具現エネルギーの精製を開始。エネルギー充電率二十パーセント」

 「分解エネルギー80を突破。放電現象が始まります」


 送信機のカプセルから大きな稼働音と共に電光が走り始めた。ばちばちと音を立てて、無数の電光が送信機から発せられ、暴れた獣のように研究室の中を猛り狂う。時間が経つに連れ放電の激しさは増し、送信機から強烈な光が溢れ出した。


 石和は目を細めた。近くのスタッフからサングラスを差し出されたが、石和はそれを受け取らなかった。多少、眩しくてもサングラス越しではない、瞬間移動(テレポート)現象の瞬間を目に焼き付けたい。そう思ったからだ。幸い、肉眼に影響はないレベルの光量とのことだったので、目を瞑りたい衝動を堪え、瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の送信機を睨むように目を据える。


 「量子分解エネルギー、充電率百%。送信機、各部異常なし。量子分解、準備完了」

 「具現エネルギー、充電率百%。受信機、各部異常なし。量子変換、準備完了」

 「その他、各機関異常は見当たらず。最終確認、コンプリート。転送いけます」


 佐々木は大きく頷き、


 「量子分解エネルギー開放。転送開始!」


 と、転送実行の指示を与えた。


 「了解、瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)、転送開始します」


 オペレーターが言葉を返し、パネルの転送実行キィに手を伸ばし、押した。


 次の瞬間。


 送信機から強烈な光が溢れだし、電光が縦横無尽に荒れ狂った。カプセルの中が白色一色に染まってゆく。


 すでに実験動物の姿も、α細胞も、白い光に覆われ、中がどうなっているのか分からない。いや、すでにその肉体は分解されて、肉眼では確認出来ない状態なのだ。白色に染まったこの状態こそ、ヒトが肉眼で確認できるぎりぎりの状態なのかも知れない。


 「量子分解アンカー正常作動。対象を量子分解し、転送電流へ変換完了! いけます!」

 「受信機の量子変換アンカー起動。転送電流を送電、再構築を開始!」

 「了解、量子変換アンカー起動。再構築を開始」


 送信機から受信機への転送が始まった。送信機に溢れ出ていた光が一瞬で消え失せ、今度は受信機のカプセルが白い光に染まり、電光がスパークする。しかし、光や放電現象が激しくなったのはほんの一瞬のことだった。突如、溢れ出た光がカプセルの中で一点の光となって収縮し、光が意味のある形を成していく。転送電流を変換し、再構築しているのだ。


……光が消え去り、静寂が訪れた。


 「あ……」


 石和は目を大きく見開いて、送信機の中を見る。送信機の中には既に何もなく。代わりに受信機の中には送信機に入っていた筈のニホンザルがきぃきぃと声を上げて、辺りを見回している。その猿の様子は送信機に入っていた時となんら代わりがない。


 「これが……瞬間移動(テレポート)現象」


 石和が小さな声で呟く。移動した。本当に瞬間移動(テレポート)した。確かに自分の肉眼で、その瞬間を確認したが、やはり信じられない。リアリティが感じられない。


 それなのに、奇妙な高揚感だけはやたら込み上げてくる。こんなことをとうとう人の手で行えるようになったことに感動を覚える。そう、ヒトは労力や時間を使うことなく。どんな遠い場所でも一瞬で移動することが出来る技術を手に入れたのだ。


受信機の中を一通り見回してみる。設置されたカメラもチェックするが、ニホンザルの傍らにα細胞の肉片は、ない。再構築時に猿の肉体に取り込まれたのだ。


 そして、肝心の猿の様子だが、特に異常は見当たらなかった。送信機にいるときと変わらない。首を傾

げ、カプセルをどんどんと叩いて、遊んでいたりしている。


 「成功……か?」


 オペレーターの一人がぽつりと呟くと、佐々木がおそるおそるといった口調で、


 「た、対象の生体(バイタル)データは?」


 と、聞いた。オペレーターはパネルを操作して、受信機に生体(バイタル)スキャンを走らせる。


 「α細胞、β細胞、完全融合。実験体の生体(バイタル)データに異常値は見当たらず。オールグリーンです」

 ……いつものα細胞の暴走が始まらない。と、いうことは――――

    


 「成功だ!」


 傍らにいた戸木原が突如、大声で叫んだ。


 「ははははは、ホラ見ろ! 私が言ったとおりではないか。今日の実験で成功する! そういう確信があったのだよ! 瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の導入は大正解だったな! これで第1段階の『(キィ)』の精製は成った! ははははは、これでDー計画は大いなる前進を遂げたことになる! あとは結晶体の精製だけだ! いける! Dー計画は実現可能の一歩手前までまだ来ているのだ!」


 先程の不満顔は何処に行ったのか、戸木原は満面の笑顔を浮かべ、歓喜の言葉を周囲にまき散らす。

……だが、本当にこれで安定してくれるのならば。第1段階の『(キィ)』の精製は大きく前進したことになる。今までどうやってもα細胞と実験動物は上手く融合出来なかったのだ。これを機に研究が大きく前進するかもしれない。ようやく光明が見えてきた。


 石和が佐々木の方に目を向けると、こちらと目が合った。佐々木の顔にも安堵と歓喜の表情が浮かんでいる。

 石和は微笑み、


 「やったな」


 それだけ言うと、佐々木は笑顔を返し、


 「うん」


 と、大きく頷き、安堵の溜息を吐いた。


――――と。その時だった。突如、受信機のカプセルにいる猿の様子に変化が生じた。壁をどんどんと叩いていた手が止まり、大きな奇声を上げながら、そのまま倒れ込んだ。 ぶるぶると小刻みに身体を痙攣させ、カプセル内を転げ回る。それと同時に、コントロールパネルの上に設置されているモニターの一部が真っ赤に染まり、大きなアラーム音が研究室に鳴り響いた。


 「な、なんだ! どうした!?」


 石和が困惑の声を口にすると、オペレーターが狼狽した声で、叫んだ。


 「た、対象の細胞に異変が発生! 細胞の形状が次々と変質して、拡大しています!」

 「な――――」


 大きく目を見開いて、生体(バイタル)データをモニターしているグラフを覗き込む。滅茶苦茶だった。細胞の構成情報が従来のものとは大きく異なる形状に変質している。変質した細胞が斑点状に猿の肉体全体を覆い、その一つ一つがもの凄い勢いで従来の細胞を蝕み、浸食してゆく。


 この現象を石和はよく知っていた。今まで何度も、何度も、目の当たりにしてきた事だ。見間違えようもない。


――――α細胞の暴走だった。


 「くそっ!」


 石和は忌々しげに舌打ちをした。カプセル内で猿がのたうち回り、その姿形が従来のものと大きくかけ離れたものになってゆく。めきめきと音を立てて、両腕、両足の筋肉が隆起し、毛が抜け落ちる。猿の顔が醜く歪み、大きな瞳が紅い色に変色する。歯茎が剥き出しになり、犬歯が長く伸びる。60㎝ほどしかなかった猿の全長が三倍以上に膨れ上がり、元の原型を留めない怪物へと変貌してゆく。


 怪物が咆哮を上げた。異様な程長く伸びた腕が受信機のカプセルを叩く。銃弾すら弾く特殊強化ガラスで出来たカプセルにわずか一撃で大きなヒビが入った。


  がん、がん、がん、がん。


 周囲を怪物が闇雲に叩き、カプセルが大きく振動する。がしゃん、と大きな音が響き渡った。カプセルの一部に三日月状の穴が空き、強化ガラスの大きな破片が音を立てて床に砕け散った。オペレーター達の顔が大きく歪んだ。動揺して、パニックになっている。


 「まずい!」


 佐々木が叫びながらコントロールパネルに駆け寄り、パネルに指を滑らせた。


 このままでは『成体』になってしまう。『成体』は実験動物に投与したα細胞が暴走し、完全にβ細胞が書き換えられた状態の事を指す。『成体』となった実験体は驚異的な力を発揮し、通常の重火器ではまったく歯が立たない程の肉体を持つ存在となる。


 そうなったら、もう手がつけられない。闘争本能が剥き出しとなった『成体』が外に開放される可能性がある。そうならない為にこの研究室は必要以上に頑丈な防壁で造られているが、それも確実なものではない。万が一、外に出るような事があれば間違いなく大惨事となる。そうならない為にも『成体』になる前に実験体を『処理』しなければならない。

 石和はオペレーター達の顔を見回して、叫んだ。


 「実験中止! 実験体が『成体』になる前に確実に処分する。オペレーターは佐々木博士のサポートに入れ。それと待機中の『ASH(アッシュ)』の部隊にA装備で実験室の前で待機させろ! 万が一、こちらの迎撃が失敗した場合、即座に状況を開始するように通達! 急げ!」

 「りょ、了解!」


 と、オペレーター達が頷きながら、すぐさま動き始めた。一人がパネルに指を滑らせ、一人は部隊への回線を開き、通達する。石和も続いてパネルの前に駆け寄り、佐々木の肩を掴み、モニターを覗き込んだ。


 「ど、どうなってるんだろう、コレ。α細胞の浸食が速過ぎる! こんなスピードでの変態は今まで見たことがない!」


 佐々木が焦りの感情を含んだ言葉を吐いた。確かにこんな速度で浸食し、変態してゆく実験体は今まで見たことがない。α細胞を外部移植していたときの変態スピードは現在の速度の四分の一ほどでしかない。だからこそ、実験体に変化したときには即座に始末することが出来た。


 しかし、このα細胞の浸食速度は異常だ。何故、こんなにもα細胞の浸食速度が速いのか。瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)での融合がα細胞に何か変化をもたらしたのだろうか。


 「『自動迎撃システム』起動。標準合わせ完了! 自動でレーザー・ガンが発射されます!」

 オペレーターが佐々木にそう報告した刹那、蒼白い一筋の光が受信機のカプセルの上部から、実験体目掛け、発射された。


 『自動迎撃システム』は実験体が『成体』になるのを防ぐため、カプセル内に取り付けられた武装である。実験体の生体(バイタル)データとリンクしており、実験体に異変があったらすぐにこのシステムが作動し、カプセルの上部に取り付けられたレーザー・ガンが実験体の身体を自動で射抜くように設定されている。


 システムが自動的に合わせた標準は実験体の頭部だった。どんな生物であっても、頭部を破壊されては活動が出来なくなる。それはα細胞に侵された生物も同じだ。


 ジャッ!と、レーザーが実験体の身体を射抜く音が響き渡った。だが、とっさに上がった実験体の左腕が頭部の破壊を阻害した。意図的に頭部をかばったのではなく、暴れていた際にたまたま振り上げたのだろう。振り上げられた左腕がレーザーの照射されているラインを走り、肘から先の部分の腕が切り落とされ、カプセル内にどさりと落ちた。


 実験体は大きな悲鳴を上げ、カプセルの中で滅茶苦茶にもがき、苦しんでいる。継いで、二射、三射と連続でレーザーが照射され、実験体の身体を射抜き、血しぶきがガラスのカプセルを染め上げる。しかし、肝心の頭を射抜くことは出来ない。狭いカプセルの中とはいえ、これだけ激しく暴れ回られると、頭部に命中させるのは難しいようだ。


「自動標準システムだけでは無理だ! 自動補正とマニュアルを同時に展開して、こちらで標準をつけるべきだ!」


 石和の言葉に佐々木は大きくかぶりを振った。


 「駄目だ! いまマニュアルに切り替えたら、逆に時間がかかってしまう。下手に切り替えるのは危険だよ! それよりもカプセルの外に出てしまった場合を想定して、実験室の武装を起動しておく!」


 叫びながら、佐々木はコンソールの脇にある長方形型の箱のガラスを拳で叩き割った。 非常時のみに作動することが許されるボタン。ためいらいなく、そのままボタンに拳を叩きつけ、佐々木は実験室に装備されている迎撃システムを起動した。


 実験室の四方の壁にはレーザー砲と二十㎜のガトリング砲が装備してある。カプセル内で処分できなかった場合の備え。すべては実験体を『成体』にしない為に用意された、万が一のものだった。


 これを実際に使用するのは初めてのことである。警告のブザーが実験室に鳴り響き、張り詰めた空気がこの密室空間の中に充満してゆく――――    


 『自動迎撃システム』のレーザー攻撃は絶え間なく続いていた。幾度となく照射される蒼白いレーザー・ビームがカプセル内で飛び交い、実験体の身体にいくつもの傷痕が刻まれる。


 が、どれも急所を貫くことは叶わず、活動を止めることが出来ないでいた。実験体の赤い紅い眼が大きく見開き、レーザー・ガンが射出されている本体を捕らえた。実験体は片腕となった腕を振りかぶり、レーザーガンの本体に右拳を叩きつける、ぐしゃり、と原型を留めないほどレーザー・ガンの本体が歪み、爆竹を鳴らした様な音と共に爆発し、黒い煙を上げた。


 完全に破壊された。これではもう『自動迎撃システム』は働かない。更に実験体は闇雲に右腕を振り回し、暴れまくる。強化ガラスで出来たカプセルに幾度も打撃を与え、その都度ガラスのヒビは大きさを増してゆく。


 そして、限界が訪れた。


 ガラスが割れる甲高い音が響き渡った。床に耐久硬度を超えたガラスの破片が粉々に砕け散る。受信機のカプセルはすでに防壁としての機能を失っていた。実験体を束縛するものはもはや何もない。実験体は足をカプセルの外へ出し、そのままカプセルの外に出ようとする。


 「っ! 佐々木っ! 実験体が――――」

 「分かってる!」


 佐々木は歯がみしながら、パネルを叩き、実験室の壁に設置された武装を起動する。二十㎜のガトリング砲が実験室の左右の壁から飛び出し、実験体の肉体目掛けて、火を噴いた。6本並べた砲身が反時計回りに高速回転し、次々と弾を吐き出し、轟音が部屋中に響き渡る。


 毎分6000発で発射される銃弾が次々と実験体の身体の至る場所へに食い込み、わずかに緑色が混じった紅い血が勢いよく吹き出した。身体が踊るように揺れ、カプセルから出ようとする身体の動きが止まった。


 が、致命傷には至らない。α細胞の書き換えが進み過ぎている。実験体の肉体が強化され、銃弾が深くまで食い込んでいないのだ。レーザーで脳を射抜かなければ、活動を止めることは難しそうだ。石和は佐々木の左隣にあるコントロールパネルに取り付き、パネルに指を滑らせ始めた。


 「佐々木、レーザー砲の操作(コントロール)をこっちによこせ!」

 「え?」

 「佐々木がガトリング砲で足止めしている間にレーザー砲で実験体の脳を射抜く! 早くしろ!」


 佐々木は頷き、


 「わ、わかった! 石和くん、頼んだ!」


 叫んで、パネルを操作すると、石和の目の前にあるモニターに『Laser operation』という文字が浮かび上がり、レーザー砲のプログラムが起動した。非常用のマニュアルは過去に一通りマスターしている。大丈夫。覚えているはずだ。石和は自分にそう言い聞かせ、壁の左右に取り付けてあるもう一つの武装を起動した。


 レーザー砲から射出されるレーザー・ビームは『自動迎撃システム』に装備されていたレーザーガンとは比較になならないほどの高出力の照射が可能だ。いくらα細胞の書き換えで強化された細胞といえども、これの最大出力には耐えられないはずだ。


 ただ、最大出力の場合、照射時間が異常に短く、狙いが外れると、第二射までに時間がかかるため、チャンスは一度きりとなるだろう。


 マニュアルとコンピューターの誤差修正機能を同時に展開し、再び、実験体の脳に狙いをつける。実験体の肉体の膨張は未だ続いており、既にその身体の大きさは二メートル近い。全身から溢れ出る粘液を垂れ流し、床を塗らしながら、肉食獣の様な牙を剥き出しにして咆哮する。


 ガトリング砲の集中砲火を浴びているのにも関わらず、足が少しずつ、前へ、前へ、と進んできている。α細胞の浸食が進み、更に肉体が強化されたのだろう。最終的にはガトリング砲では足止めすら出来ないに違いない。そして、その刻は間近に迫っている。


 このままの勢いだとあと1分もしないうちに『成体』として、完成してしまうのではないだろうか。


 「くっ……な、なんて身体能力だ」


 石和が小さく呟くと、ルビーのような深紅の瞳がこちらを向き、ガラス越しに石和の視線と交差した――様な気がした。


 ぞくり、と。石和の背筋に悪寒が駆け抜けた。


極度の焦燥感が石和の心を蝕んでいく。身体が強ばり、冷たい汗が額からこぼれ落ちる。焦っては駄目だ。心が乱れ、操作にミスがあれば逆に事態を悪化させるだけだ。はやる心を必死に押さえつけながら、手順に従い、レーザー砲の回路を次々と開き、発射態勢にまで持って行く。


 「標準を対象の頭に固定! 自動誤差修正0.04! 出力最大レベル5! 発射準備完了! いけます!」

 「――――っ! 佐々木!」

 「っ!」


 石和の言葉を合図に、佐々木はガトリング砲の活動を止めた。その次の瞬間、石和はトリガーとなる『実行キィ』を押して、レーザー砲を発射した。蒼白い光が実験体の頭目掛けて空を走る。左右の壁から同時に放たれたレーザー・ビーム。吸い込まれるように二筋の光が一点に集中し、実験体の頭を射抜いた。額の中心に直径が五センチほどある穴がぽっかりと空いた。


 時間が止まったような硬直と沈黙。


 それは五秒にも満たない、一瞬の時間だったのだろう。しかし、石和にはその沈黙が永遠の時間に感じられた。


 「やった……のか?」


 石和が擦れた声で呟いたのを皮切りに。時間が動いた。

 ぐらり、と。実験体の身体が揺れ動いた。


 そのまま(ひざまづ)き、(うずくま)るようにして、実験体の身体が崩れ落ちた。身体がびくびくと痙攣しているが、それ以上の動きはなく。完全に沈黙していた。生体(バイタル)データを見ても、もう何も反応は計測されていない。完全に消失していた。


 ようやく、決着が付いた。緊張感と共に力が抜け落ちてゆく。石和は天を仰ぎながら、額に手を当てると、もの凄い量の汗がべったりと付着した。どうやら、相当緊張していたらしい。大きく安堵の溜息を吐きながら、コントロールパネルを背にし、座り込んだ。緊張感が消え失せると、今度は何とも言えない気持ちが沸き上がってきた。


 最悪の事態は避けられたが、それだけだ。後に残ったのは、重苦しい空気と失意感。

 瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)を使った融合でもα細胞の暴走を止めることは出来なかった。


 ――――実験は失敗に終わったのだ。

 







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