6「死の否定」
ズズン……!、という音が響き渡り、大地がぐらぐらと揺れる。発電施設の中で佐々木勇二郎は大きく目を見開いて周囲を見回した。一体何が起こったのだろうか。
ここではない、部屋の外からの振動だ。しかも、かなり大規模なモノだったように佐々木には感じられた。インカムのスイッチを入れて、マイクに向かって叫ぶ。
「石和くんっ、どうしたんだ! 感度があったら、応答してくれっ! 石和くんっ!」
佐々木の懇願もむなしく、石和の返事は返ってこない。イヤホンからは雑音が流れ、他には何も聞こえない。完全に通信が途切れてしまっていた。
「石和くん……くっ……! どうしてっ!」
歯がみして、両拳でコンソールを叩く。間違いなく、あの振動に石和は関わっている。それは確かだ。そして、通信に出られなくなるような状況下に陥っているのだ。
先程の通信では声に覇気がなく、通信を取るのがやっとといった様子だった。説明してくる余裕すらなかった所を見ると、『能力者』の襲撃を受けている真っ最中だったのだろう。先程の合図もどういう意図があるのか分からなかったが、石和の思惑は上手くいったのだろうか。いずれにしろ、通信が途絶えた所を見ると、石和の身に何かあったのは間違いないだろう。
不意にモニター越しに見た、血まみれで倒れている昌美の姿が石和と入れ替わり、それが鮮明なイメージとなって、佐々木に脳裏に浮かび上がった。
「――――っ!」
最悪の予想だった。慌てて頭を左右に振って、そのイメージを振り払った。そんなはずはない。石和は佐々木に約束したのだ。
『自分は死なない、絶対に』、と。
どんな状況下であろうと、必ず石和は生きている。佐々木はそう信じている。少なくとも、この目で確かめるまではもしもの可能性などは一片も考えてはいけないのだ。
佐々木はすぐさま石和の元へ駆けつけたい欲求を抑え、発電施設を管理するコンソールに手を伸ばし、パネルを叩き始めた。
石和の元へ向かうのは後だ。佐々木に課せられた任務はエレベーターの外部電源を回復させ、外への脱出口を造ることだ。今、ここを離れてしまえば、元に戻ってくることは困難となるだろう。だから、佐々木は何が起こったとしても、自分の責務を終えるまで、ここを動くわけにはいかないのだ。
ここの管制プログラムは篠塚が組んだものだろうか。分かりやすい手順でプログラムの進行を説明してくれる。昌美が使用することも考慮に入れていたのかもしれない。
モニターに表示される手順に従って、佐々木はプログラムを切り替えのウインドウが表示される段階にまで持ってゆく。
「あった……これだ……」
佐々木が一人頷きながら、呟く。モニターのウインドウには搬入用エレベーター、通常エレベーター、非常口のシャッターの三つの図が表示されており、図の下には通常電源と携帯による操作の二種類の切り替えボタンがあった。
これを切り替えて、更新ボタンを押せば、電源は復旧し、エレベーターが使用できるはずだ。佐々木はすぐさま、搬入用エレベーターの欄にカーソルを合わせ、電源の切り替えボタンを押した。
――――と。
「な――――」
佐々木は大きく目を見開いた。急にエレベーターと搬入用エレベーターの欄に赤い×印が現れ、ボタンが反応しなくなった。切り替えて、実行ボタンを押してもエラーのアラームが鳴り、プログラムが実行されない。図の上には『OFF LINE』という字がちかちかと点灯している。
「オフライン!? そんな馬鹿な! 今まで繋がっていたのに、どうして!」
一度プログラムを終了し、再起動をかけたが、結果は同じ。『OFF LINE』の表示は消えない。
「どういう……ことなんだろう?」
つい今し方まで繋がっていたのに、突然切れるのは不自然すぎる。さっきの振動の影響でケーブルが断線したのだろうか。いや、他の電源はまだ生きている。エレベーターと搬入用エレベーターだけが突然使用できなくなるのはおかしい。
それとも『能力者』の仕業だろうか。そう考えれば納得はいくが、非常口のシャッターの電源は生きている。わざわざ逃げ口を一つだけ用意するのに何の意味があるのだろうか。
色々考えを巡らせてみるが、どれも明確な理由は思い浮かばない。
どちらにしろ、非常口の電源は生きている。これを復旧させれば、外に出られることは間違いないのだ。原因を探っている時間はないし、ここは非常口を開放し、脱出を図ることにしよう。そう思った佐々木は非常口の電源を切り替え、シャッターの開閉ボタンを押した。ドアを開けて、耳を澄ますと、どこからか、がらがらと何かの音が継続して聞こえてくる。シャッターが開いた音に間違いないだろう。
これで、退路は確保できた。あとは脱出するだけである。ここから非常口は近い。走って駆け抜ければ、すぐさまこの廃ビルの地獄から抜け出すことが出来るだろう。
だが、抜け出すのはまだ早い。やるべき事がまだ残っている。佐々木は部屋の中を見回し、『あるモノ』を掴み、両手に抱えると、発電施設を後にして、駆けだした。
通信が繋がらないのなら、仕方がない。直接、石和の元へ赴き、そのことを伝えるしかない。『能力者』の脅威に怯え、このまま廃ビルから一人離脱するような考えは佐々木には一片も浮かばなかった。
新井博士を失い、川上には裏切られ、佐々木の大事な親友はもう石和しか残っていない。これ以上大事なヒトを失うことは死よりも恐ろしいことに思えた。だから、どんなに怖くても躊躇するわけにはいかない。石和を助けるのだ。
向かう先はCブロックのオフィスルーム。石和の通信が途切れた場所である。
石和は必ず生きている。無事でいる。強く強くそう信じて。佐々木は全速力で廊下を駆け抜けていった。