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混沌のアルファ・リニューアル版  作者: 高田ねお
第六段階『崩壊』
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2「行動開始」



  ごん、ごん、ごん、ごん。


 鈍い音が廊下に響き渡っていた。一定のリズムでその音は鳴り響き、その音が聞こえる度に廊下の一番奥にある鉄のドアがひしゃげ、形を変えてゆく。どんな強靱な力を持つ人間でも力任せに開けることなどは絶対に不可能な筈の頑丈な頑丈な扉。


 それが既存の物理法則を無視した力で歪められてゆく。


 『能力者(ネオ・チャイルド)』。


 存在を得るために必要不可欠なエネルギー『具現する力』に干渉できる子供たち。この子供達には通常の物理法則は一切通用しない。大気中に存在する力を圧倒的な力に変換し、その力を牙にして、扉をこじ開けようとしている。


 その音を背景に石和武士は行動を開始していた。


 まずは現状把握。分かっているべきコトからまとめてみる。


 絶対的な『能力(ちから)』を行使する『能力者(ネオ・チャイルド)』が自分と佐々木を狙っているという事実。捕らえられれば、間違いなく横川昌美の二の舞となるであろう。


 現在、『能力者(ネオ・チャイルド)』は『瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)・改』を管理していた部屋にロックをかけ、閉じこめているが、『能力者(ネオ・チャイルド)』は『能力(ちから)』を行使し、扉を壊して開こうとしている。


 『能力者(ネオ・チャイルド)』の数は不明。が、複数であることは確実。三人……いや、下手をすればもっと多い数の『能力者(ネオ・チャイルド)』が転送されてくる可能性だってある。しかし、扉を壊すことに手間取っていることを考えると、『能力者(ネオ・チャイルド)』が大勢転送されてくることはないかもしれない。想定として、自分が相手をするのはモニター越しに見た三人の子供である可能性が最も濃厚だ。


 いずれにしろ、石和のやるべきことはたった一つ。


 彼らの目を引きつけ、ひたすら逃げることだ。間違ってもアレに対抗しようと思ってはならない。子供たちの視界に入るだけで危険なのだ。とてもではないが、なんの武具や訓練も積んでいない自分にアレが倒せるとは思えない。


 だから、逃げる。ひたすら逃げまくって時間を稼ぐ。その間に佐々木が上手く、エレベーターを稼働させるのを祈るしかない。


 だが、ただ闇雲に逃げ回っていても、あの『能力者(ネオ・チャイルド)』たちのEPS領域から逃れられるとはとても思えない。時間を稼ぐにはそれなりの環境と道具が必要となる。


 石和はその環境を造り出し、彼らから逃れる道具をなにか見つけ出さなければならない。


 否。そう簡単にそんな道具が見つかれば苦労はしない。例えそんな道具があるとしても、探している最中に『能力者(ネオ・チャイルド)』があのドアを突き破って、出てきてしまうだろう。そんなあちこちを探している時間などない。だとすれば、発想を逆転させなければならない。


 そう。道具を見つけるのではなく。

 この環境に適した道具を造り出すのだ。


 一見無茶に思える案だが、石和にはそんな事が出来る条件を満たした場所にひとつ心当たりがあった。


 このビルにある倉庫だ。


 新井博士と篠塚はここで瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)・改を造り上げたのだ。それを造り上げるには様々な部品や薬品が必要となる。すると、当然それを保管した倉庫がある。


 先程、緊急のマニュアルを読んだとき、予備パーツの置き場所の位置も載っていたので、そこへいけば他にも色々なモノが置いてあるに違いないと、石和は践んだのだ。


 石和はあの能力に対抗できるような力や技術はなにも持ち合わせていない。だが、石和には科学者として培ってきた専門知識と頭脳がある。ならば、それを利用するのだ。


 直線的な力ではなく、科学者としての見解で対抗するのだ。


 佐々木と別れた後、そう決断した石和は倉庫の位置を想い出しながら、倉庫に向かって、まっしぐらに駆けていった。マニュアルに載っていた地図通りの場所へたどり着くと、すぐさま自動ドアを開き、中に入り込んだ。


 広々とした部屋だった。幾列にも別れた棚が並び、様々な器具が整理されて置いてある。手前の棚にはティッシュペーパーや整髪料、洗濯洗剤などの日常用品、その脇には非常用の保存食料、発煙筒、キャンプ用品が一式置いてある。奥にはガラスの棚に入った薬品や部品棚の小さな引き出しに電子部品の名前が書かれており、その数は膨大だ。


 石和は周囲を見回しながら、使えそうな機材を漁る。予想通り、専門的な薬品や機材が揃っている。綺麗に整理されているので、位置も分かりやすい。


 石和はさっそく行動を開始した。ここへ来る最中、『能力者(ネオ・チャイルド)』の能力を防いだことを思い返しているうちに、子供たちに対抗できるモノを思いついたのだ。


 部屋の電源を切る以外で、EPS領域を封じる武器。それを今から即席ででっち上げる。武器とも呼べない単純な代物かもしれないが、上手くいけばあの子供たちに対して有効な武器になることだろう。


 石和は非常用に置いてあったキャンプ用の着火剤を手に取り、チューブの中身を強化ガラスで出来た試験管に出して、他の薬品と混ぜ合わせ始めた。


 この場所からでも定期的に『能力者(ネオ・チャイルド)』がドアを叩く音が聞こえてくる。部屋に響き渡るその音は鈍い音から甲高い音に切り替わりつつあった。ドアが完全に壊れつつあるのだ。


 石和が思い描いた武器は機材さえ揃っていればすぐ出来上がるモノであるが、それでも時間が足りない。彼らは今すぐにでも簡易牢獄の中から抜け出そうとしているのだ。どんなに急いで造ったとしても間に合うかどうか。石和は焦る気持ちを必死に堪え、冷や汗をぽたぽたと垂らしながら、作業を急いだ。


 その最中、耳に装着したインカムのイヤホンから声が聞こえてきた。


『はあ、はあ……い、石和くん、僕だ。聞こえるかい?』


 佐々木の声だ。石和は手を休めずにインカムのスイッチを入れて、短く答える。


『感度良好だ。良く聞こえる』

『はあ……よ、よかった。まだ無事なんだね。状況はどうなんだい?』

「佐々木と別れてから、まだそんなに経ってないだろ。あいつらは籠の中だ。もう今にも這い出てきそうな感じだけどな。そっちは?」

『はあ、はあ……いま、発電施設の入り口……い、石和くんの予想通りだったよ。扉の開閉システム、僕と新井さん、横川さんのみの生体認証がシステムになっていて、他の人では開けないようになってたよ』


 どうやら、佐々木を行かせて正解だった様だ。代わりに石和が行っても、どうにもならなかっただろう。


「あとは、そこにエレベーターの電源の切り替えがあるかどうかだな。急いでくれ。早ければ、早いほど、俺の生存率は上がるからな。頼んだぞ」

『わ、分かってる! 今ロックが解除された。これから、色々調べてみるから! 石和くんもそれまでなんとか持たせてほしい』

「了解だ。俺も子供に殺される、なんてシチュエーションで人生終了したくないからな。せいぜい足掻いてみるさ」


 そんな軽口を叩きながら、石和は通信を切った。そうだ。相手は規格外とはいえ、子供なのだ。子供に殺されてたまるものか。この不条理な鬼ごっこを終わらせ、必ずここから抜け出してみせる。そんな想いが胸に込み上げてくる――――。

「……子供?」


 不意にその言葉に引っかかるモノを感じて、手を止めた。あまりにも圧倒的な能力の前に霞んでいてしまっていたが。『能力者(ネオ・チャイルド)』はすべて年端もいかない子供達ばかりだ。


 ひょっとしたら……あの子達の頭の中は年相応のものなのではないか?


 そんな考えが、石和の中に浮かび上がる。


 現在だってそうだ。『能力者(ネオ・チャイルド)』は時間を掛けて能力を使い、あの扉をこじ開けようとしている。新しく転送されてきた『能力者(ネオ・チャイルド)』の力がどんなものかは分からないが、あの三人のどれかならば能力を掛け合わせて使えば、もっと早く扉を早く破壊できるのではないか。どうにも、能力の使い方が(つたな)い様な気がする。


 だとすれば、こちらにとっては好都合だ。駆け引きの幅が広がるし、生存率もぐっ、とあがることになる。力とは単純な能力だけではない、頭脳と掛け合わせて、初めてその力を発揮するのだ。


 それならば――――こちらにも勝機が見えてくる。


「いや……楽観するのは危険だな」


 石和は独りごちながら、かぶりを振った。正直、その判断を下すには材料が少なすぎる。彼らに感情らしきモノがなかったことや、やたら旧約聖書の一節を口にすることも気に掛かる。この状態で迂闊な駆け引きは禁物だ。確実に、安全性が高い手段を講じて挑んでいくべきだ。このゲームでのやり直しは一切ないのだから。


 ――――と。


 ズン…!、と鈍い音が扉の外から聞こえてきた。今まで扉を叩いていた音とは異なる、今までで一番大きな音だった。


「……来たか」


 石和は目を細めて、作業を止めた。どうにか二つ完成した。配分も適当だし、これが石和の狙い通りの効力を発揮するかも分からないが。そこはぶっつけ本番で、上手くいくことを祈るしかない。石和はジャケットの内側ポケットの左右に完成したモノを交互にしまい込んだ。そして、棚にあった発煙筒を見て、利用価値があることに気付いた石和はありったけのストックをポケットに突っ込んだ。


 これでふたつの武器を手にすることが出来た。これらがあの子供たちに対して効果を発揮してくれると信じたいところである。


 準備は万端だ。さあ、始めよう。世の中で一番苛酷で理不尽な鬼ごっこを。


 石和は一人開幕の合図を頭の中で告げると、震える足に鞭を打って立ち上がり、部屋の外へ抜け出した。







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