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混沌のアルファ・リニューアル版  作者: 高田ねお
第一段階Dー計画』
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4「瞬間物質転送装置」




 駐車場の指定の場所へ車を止め、エレベーターに乗り込む。まだ早朝のせいか、エレベーターの中に人はいない。第五研究所のある二十五階のボタンを押すと、扉が閉まる直前に一人の男が小走りでエレベーターの中へ入り込んできた。扉が閉じると、静かにエレベーターが二十五階に向けて、ぐんぐんと昇ってゆく。


 「ふう、ギリギリセーフ」


 大きく息を吐いて、そんなことを呟く。見知った顔だった。顔自体が笑ったような造りで、丸顔。温厚を絵に描いたような容姿である。長身の細身で、華奢な身体の上にスーツを着込んでいる。

 

 佐々木勇二郎(ささきゆうじろう )。石和武士と同じ第五研究所所属のDー計画責任者である。


「おはよう、石和くん。昨日はごちそうさま。楽しかったよ」


 と、佐々木がにこにこと笑顔を浮かべながら、話し掛けてくる。


 「…………」


 石和はその挨拶に答えず、まじまじと佐々木の顔を眺めた。石和の挙動に佐々木は慌てて自分の顔を手でまさぐった。


 「ど、どうしたの? 石和くん。僕の顔になんかついているのかい?」

 「いや……逆だ。いつもと変わらないな。二日酔いとか大丈夫なのか?」


 言いながら、石和は昨夜の佐々木の姿を想い出す。顔一面が紅く染まり、足下も呂律も定まってなかった。あれだけぐでんぐでんな状態だと流石に翌日にも多少影響あると践んでいたのだが、佐々木の顔は青ざめても居ないし、頭痛に苦しんでいる様子もない。いわば、スタンダードな状態だった。佐々木は苦笑いを浮かべながら、


 「あ、昨日のお酒のことかい? いやだなあ、石和くん。僕は酒好きで、よくお酒をたしなむって言ったじゃないか。なれてるんだから、あの程度のお酒じゃ身体に残ったりしないよ」


 と、あっけらかんとした口調で言う。昨晩の有様からはとてもそうは見えなかったので、心配したのだが。


 「それにいつもよく効く酔い止めと胃腸薬を常備してるからね。心配は無用だよ、石和くん。あははは」


 それは酒に慣れているとは言わないだろ。そう突っ込みたいのをぐっと堪え、引きつった笑顔で返事を返した。


 「しかし、佐々木。今日は随分と早いんだな。出勤時間までまだ一時間以上あるぞ」

 「それはお互い様だよ。どうしたんだい、こんな早い時間に」

 「導入された新機材が気になってな。準備もあるだろうから早めに来たんだ。ひょっとして、佐々木もか?」

 「うん。僕はアレを見るのは初めてじゃないけど……気になっちゃってね」


 佐々木が頷きながら、苦笑いを浮かべた。今回の新機材の導入は佐々木にとっては複雑な気持ちに違いない。その新機材である装置は佐々木の親友である博士が造り出したものであり、Dー計画の実験に使用することを最後まで反対していたからだ。その機材の所有権は造り出した彼ではなく、三ツ葉社であることから、彼の反対意見は切って捨てられ、今回の導入が決定された。


 「……やっぱり、佐々木は反対なのか? 新機材の導入」


 佐々木は静かにかぶりを振った。


 「……複雑な感情があるのは確かだけどね。あの機材は本来そういった用途に造られた物じゃないし、新井さんが怒るのももっともなことだと思う。僕も感情的には新井さんの意見に賛成だよ。だけど、α細胞とβ細胞の融合を行うにはあの機材は適していると思う。アレの特性を利用すれば手詰まり状態な現状を打破できる可能性は充分にある。僕もDー計画担当者の一人だからね。第一段階の研究を成功させる可能性があるなら、どんなものでもすがりつきたいと思っている」

 「……確かにな」


 と、石和は頷いた。研究がまったく良い方向に進んでいない現在、(わら)にも縋りたい気持ちで一杯なのだ。その為には利用できる物はすべて利用すべきだ。例えそれがその機材を造り出した制作者にとって致命的な欠点だったとしても。その位、第一段階の研究は煮詰まり続けているのだ。


 ぽーん、とアラーム音が鳴った。エレベーターが止まり、自動扉が左右にスライドする。二十五階に到着したようだ。エレベーターから降りると、正面、左右、みっつに分かれた大きな廊下が広がっている。石和と佐々木はその廊下を右に折れて、第五研究所に向かって歩いてゆく。三ツ葉社本社ビルの中には第一研究所から第十二研究所までの十二の研究機関があり、それぞれの場所で様々な研究が行われている。石和と佐々木が所属する第五研究所はこの二十五階の第五区画と呼ばれる部分にある。


 第五研究所と書かれたプレートが貼り付けてある大きな扉の前に辿り着くと、石和と佐々木は扉の隣に設置されている扉開閉用のカードスロットにカードを通した。上に付いていた赤いランプが青に切り替わり、がちゃりとロックの外れる音がした。三重に重ねられた厳重な扉が次々と開き、第五研究所への入り口が開放される。


 中に入り、そのままの足で第八実験室に行くと、いくつかのスタッフが中を駆けずり回っていた。新機材の設置と調整を行っているようだ。


 「1043と999の接続がレッドになっているぞ! C班はなにをやっている!」

 「すいません、配線の接続もう少しで終わります。あと十分下さい!」

 「五分で終わらせろ。この後最終チェックが15項目も残っているんだ。ダラダラしていると陽が暮れちまうぞ! 送信機、受信機の最終設定もいそげ!」

 「りょ、了解!」


 新機材を設置している作業班のリーダーらしき男が怒声を浴びせながら多くのスタッフに指示を与えている。スタッフの人数は十人を超えており、想像したより大がかりな設置になっているようだ。


 「あれが……そうなのか」


 石和は目の前に設置している機材をまじまじと眺めながら、言葉を漏らした。高さが2メートル以上ある透明の筒型カプセルが実験室の両端に置かれていた。中央には大型のコンピューターとパネルが設置されており、いくつものパイプやコードが床に広がっている。

 石和の言葉に佐々木は頷き、


 「うん。あれが新井武之(あらいたけゆき)博士が提唱した『物質の分解と再構築』の理論を元に造り上げた装置。瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)だよ」


 と、言った。


 「A側に入った物質や生命体の構築情報を取得したのち、素粒子レベルまで素体を一端分解し、転送電流へと変換する。そして、B側の転送機に転送電流を送り込み、構成情報を元に再構築する。そうして、あらゆる物質をどんなに遠い場所でも一瞬にして、移動することが可能な理論と技術を新井博士は生み出したんだ。すごいよね。一昔前の夢物語をあの人は現実のものとして見せたんだ」


 そんな説明を口にしながら、佐々木は目を細めて微笑んだ。その賞賛の言葉とは裏腹に声のトーンは低く、わずかに憂いを帯びていた。


 瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)。確かにこれは世紀の大発明であり、この装置の存在が世間に公表されれば、新井博士は歴史に残るほどの功績を残したことであろう。


 しかし、現実は過酷なものだった。瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の開発は世間に発表されることはなかった。それどころか、瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)を開発していた第三研究所が解体され、新井博士は主任研究員の任を解かれてしまったのである。


 無論、そうなるに至った理由は、ある。瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)は確かに送信機がある場所ならどんなものでも一瞬で転送することが可能であるが、たった一つ、致命的な欠陥があった。

 それは複数の個体識別情報を再構築できないという、些細であり、大きく危険を孕んだものだった。送信側に入った個体に別の個体が入り込むと、個体識別の認識が別々に行われることなく、分解、再構築をされてしまう。一言で言えば、A側の転送機に二つの個体が入っていたら、二つの個体情報が別々に識別されることなく、一つに融合してしまうのだ。


 1+1が2ではなく。1+1が1となる。


 コレが何らかの精密機械と仮定した場合、受信機になんらかの異物があったとすれば、異物と精密機械は融合し、まともに稼働しなくなるか、欠陥のある精密機械として転送されてしまう。


 コレが生物であると仮定した場合、受信機になんらかの異物  虫や小型の生物が入ってしまったとすれば、その生物と生物は融合し、遺伝子レベルで肉体に変化をもたらしてしまう。


 こうして融合してしまった物質や生命体は二度と元には戻らない。ミキサーにかけて混ぜ合わせた飲み物は決して元には戻せない。それと同じだ。


 新井博士を中心とした第三研究所のメンバーは必死にその欠点を改善するために動いたが、結局それは解決できないまま、予算を打ち切られ、第三研究所は解散する羽目になってしまった。最後の最後で、この装置は完成に至れなかったのである。


 そうして、瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の開発は終了したのだが、事はそれだけでは済まなかった。


 瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の本来の使用方法ではなく。その欠点を逆に利用した研究を行おうと三ツ葉社上層部は考えたのだ。それを知った新井博士は激高した。自分の行った研究がそんなことに使われるのは我慢ならなかったのだろう。


 しかし、瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)は新井博士個人の所有物ではない。研究の出費者(スポンサー)は三ツ葉社であり、所有権はすべて三ツ葉社が把握している。彼の意見は切って捨てられ、第五研究所への導入が決定された。


 そして、その数ヶ月後。新井武之博士は家族を残して、忽然と姿を消してしまった。失踪の理由も原因も不明。佐々木勇二郎は新井武之博士と昔からの親友と聞いている。この失踪は佐々木にとってもかなりショックな出来事だったことだろう。


 瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の事で想うことがあり、自らの意志で失踪したか。それとも何かの事件に巻き込まれたのか。半年近く経った現在でも、失踪の手がかりは微塵も掴めていないらしい。佐々木がこの瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の導入に複雑な想いがあるのは至極当然のことだろう。

 

 「……無事でいるといいな、新井博士」


 石和が小さく呟くと佐々木は「うん」と、頷いた。


 「ちょっと位でどうにかなるひとじゃないよ。タフをそのまま形にしたような人だからね。きっとどこかで元気にやっていると思う」

 「……そうだな」


 もし事件かなにかに巻き込まれたのなら、半年近くも経過した現在、無事でいる可能性は限りなく低いだろう。石和は胸中でそう思ったが、それは口に出さなかった。そんなことを言っても何にもならない。佐々木は彼の無事を信じ、未だに独自の捜索を続けている。


 その想いに水を差すことなど出来はしない。石和は瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)をじっと見続けている佐々木の肩をぽん、と叩き、


 「そろそろ行こう。設置にはもう少し時間がかかるみたいだし、俺らは俺らで今日の実験の為の準備をしておかないとな」


 と、言って(きびす)を返した。


「あ、うん。分かった」


 佐々木が頷いて石和の後に続き、そのままミーティングルームに向かって、歩いてゆく。今日の実験の資料は鞄の中に入っているので、自分の研究室には寄らなくても問題はない。


 「瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)のマニュアルには一通り目を通したかい?」


 佐々木の言葉に石和は頷いた。


 「一応、一通りな。しかし、さすがに現物に触らないで理解しようとするのは無理があるだろ。実際動かしてみないことにはな。シミュレーション・プログラムぐらい先行で配布してくれれば良かったのにな」

 「あははは。今日の実験で動かすのは他のスタッフに任せきりになるだろうから、僕らが完全に操作できる必要なんかないと思うよ。指示すればすべて操作はしてもらえるんだし」


 石和は目を大きく見開き、


 「そうなのか?」


 と、言った。


 「まあ、僕らが操作するとしたら、操作マニュアルやシミュレーション・プログラムを行うのが精一杯で今日中に実験は行えないと思うけど……ひょっとして石和くん、自分で操作したかったのかい?」

 「いや、そういうわけじゃないんだが、その……なんといえばいいかな、他人に任せたくないというか。やはり自分の手で実験しているという実感がほしいんだ」

 「まあ、気持ちは分からないでもないけど。いいよ。僕、瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)のシミュレーション・プログラム持っているから、後でコピーしてあげるよ。さすがに今日の実験で操作する、というわけにはいかないけど、シュミュレーションを一通りマスターしておけば、いずれ操作の許可も下りると思う」

 「サンキュ。助かる」


 新しい機材に触れておきたい欲求もあるし、些細な変化も見逃さないようにするためには覚えておいて損はないだろう。

 ミーティングルームに辿り着くと、先程と同様、扉の隣に設置してあるカードスロットに自分のカードを差し込み、扉を開く。

 すると――――    


 「遅いぞ、二人とも!」


 と、中に入るなり、部屋中に大きな声が鳴り響いた。驚いて、声の方向へ目を向けると、白衣姿の中年男が両腕を組んで立っていた。


 「まったく呑気なものだな、二人とも。こんな特別な日に随分と呑気な出勤ではないか。第1段階の研究が煮詰まっているからといって、気が緩み過ぎではないのか。ん?」


 目を大きく見開き、唇を笑みの形に大きく歪めながら、声高らかにそんなことを言ってくる。石和は眉を顰めた。時計を見るとまだ通常の勤務開始時間まで五十分近くある。この男は一体いつから第五研究所にいたのだろうか。


 白髪と黒髪が入り交じった五十代前半の男だ。茶色の縁なし眼鏡をかけており、髪は七・三分け。顔は五十代にしてはかなり若く見えるが、目が妙にぎらついていて、それが妙に滑稽な印象を受ける。


戸木原淳(ときはらじゅん)。第五研究所――五人いるDー計画の担当責任者の一人で、すべてを統括する担当責任者でもある。


 「どうも。おはようございます、戸木原博士」


 佐々木が戸木原に笑顔を向けて、挨拶する。石和がそれに続けて、軽く頭を下げる。


 「うむ。おはよう二人とも。いやあ、本当にこの日を待ちわびたぞ。断言しよう。今日は私たちにとって特別な日となる。そして、それは世界史の1ページとなって、歴史に名を残すことになるだろう! 偉大なる研究の第一歩を踏み出した日として!」


 アルコールでも入っていなければ、とても言えない様な恥ずかしい台詞を、喜々として語る戸木原。どうやら瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の導入でやたら気分が高揚しているらしい。その為に早く出勤してきたのだろう。まるで子供である。


 石和は大きく溜息を吐いた。自分にも多少の高揚感があったことは認めるが、ここまで露骨には感情を露わにすることは出来ない。


 「ず、随分とご機嫌ですね、戸木原博士」


 戸木原のテンションの高さについていけないのだろう。若干、佐々木の声がうわずっていた。戸木原はそんな佐々木を気にした様子もなく、


 「当然だろう! あれだけ苦難を強いられた第1段階の目処が今日つくのだぞ。喜ばずにはいられないだろう! 佐々木くんももっと嬉しそうな顔をしたらどうなんだ? 石和くんもこんな日にそんな不機嫌そうな顔をするものではない。もっと笑いたまえ。あ、不機嫌そうな顔は生まれつきのものかね? それは失礼した。はははは」


 口早にまくし立ててくる戸木原を石和は半眼で睨み据え、


 「……随分と楽観的ですね」


 と、吐き捨てるような口調で言った。


 「瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)を使用した実験は確かに新しい光明が見えるかもしれない。しかし、この実験が成功する保証などどこにもないのですよ? こういった試みは初めてなので、融合したα細胞がどういう活動を行うのか全く予想が付かない。にも関わらず、今日、この実験が成功するという根拠が一体どこにあるのか。教えてほしいものです」

 「い、石和くん」


 石和の挑発的な言葉に佐々木が動揺した声をあげる。だが、戸木原は特に気分を害した様子もなく、自信満々の表情で、答えた。


 「予感、だよ」

 「……は?」

 「だから、予感だよ。私には分かるのだ。今日のこの実験は成功する。そういう気がしてならないのだよ。私の予感には信頼性がある。自信がある。この長年培ってきた科学者としての勘がそう告げているのだよ。間違いなく、今日の実験は成功する。これは絶対の理なのだよ、はっはっはっ!」

 「…………」


 佐々木も石和も唖然と、する。只の勘を絶対的な根拠にするとは。とても科学者の台詞とは思えない。


 「それにしても、遅いな。瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の設置に一体いつまで時間をかける! これで今日の実験に間に合わなかったら、どうするつもりなのだ? 実験室にいってスタッフに活を入れてくる。君たちはここで実験に必要な書類をまとめていてくれたまえ。それでは失礼する!」


 戸木原は一方的にそう告げると、落ち着きのない挙動で、部屋から出て行ってしまった。実験が正式に始まるのは午後からの予定で、設置するにはまだ充分時間がある。こんな早朝から急かしてどうするというのか。


 「……なんなんだ、アイツの落ち着きのなさは。無茶苦茶だな」


 頭を掻きながら、深く嘆息する。


 「い、石和くん。駄目だよ、むやみに戸木原博士を煽るような発言をしたら。またトラブルの原因になる」


 と、佐々木が咎めてくるが、石和はふんと鼻を鳴らし、


 「あれだけ支離滅裂なことを言われたら、煽りたくもなる。予感ってなんだ、予感って。科学者が口にする言葉じゃないだろう。理屈よりも感情が先行するあの性格でよくもまあ、今まで科学者としてやってこれたもんだ。佐々木はさっきの何も思わなかったのか?」

 「そ、そりゃあ思ったけど、仮にも僕らの上司なんだし」


 石和は腕を組み肩を竦めた。


 「そこが一番の謎だな。あんなのがどうして、自分達の統括主任なのか。上層部はいったい何を考えてるんだかな」


 先程の様な奇行は現在に始まったことではない。感情に身を任せた行動で、研究所内をかき回し、トラブルをまき散らすので、スタッフ内でもすこぶる評判が悪い。研究に対するアプローチも言うことがいつもコロコロ変化するので、参考になった試しがない。


 研究所のスタッフ内では『無能の爆弾統括(トラブルメイカー)』と囁かれているらしい。複数の博士号を持った優秀な男との話だが、こうなってくるとその博士号の取得すら疑わしくなってくる。


 「以前、川上くんに聞いたんだけど……戸木原博士って島村専務の推薦でここの統括になったらしいよ。ひょっとしたら、島村専務と戸木原博士はなにか繋がりがあったのかもしれないね」

 「コネでここの統括になったってことか?」

 「そこまでは分からないけど……それに近い何かがあったのかも……」


 と、曖昧な返答でごまかす佐々木。石和は三度、大きな溜息を吐いた。Dー計画は三ツ葉社の中でも莫大な金が動いているプロジェクトである。異世界生命体のアルファに関しての情報もSランクの機密となっているほどだ。そんな大きなプロジェクトの統括にコネで採用した人物を持ってくるだろうか? 


 どうも妙なちぐはぐ感を感じる。


 まあ、あんな男のことを気にしていても仕方がない。残りの担当責任者である川上弘幸(かわかみひろゆき)川原奈々恵(かわはらななえ )はα細胞に関する別のアプローチを行っているらしく、今日の実験には参加出来ないらしい。戸木原と、佐々木と、自分。


 今日はここにいる三人――実質の戦力は二人だけとなるので、下準備にも若干時間がかかるだろう。石和と佐々木は椅子に座り、ノート型パソコンを起動すると、鞄の中に入っていた書類を取り出し、今日の実験に関するデータを確認するため、キーボードに指を滑らせ始めた。











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