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混沌のアルファ・リニューアル版  作者: 高田ねお
第四段階『鹿島大学付属病院』
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9「暴走」



 長い廊下を駆け抜けてゆくと、ようやく扉がある場所を見つけた。廊下を挟んで左と右、両方に扉が二つある。昌美は足を止め、扉をじっと見据えた。カードスロットと0~9までの番号が並んだテン・キーパネルが扉の隣に設置されている。扉の端に『LOCK』と書かれたパネルが赤く点灯している。どうやら、ロックを外さないと中へは入れないようだ。反対側の扉も同様の造りだった。


『どうだ?』


 石和の声に昌美は眉を潜めて、言った。


「駄目です。びくともしません。ロックを外さないと、入れそうもありません」

『……一筋縄ではいかないか。そこに瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)が二台あるのは、反応からして確かなんだがな』


 落胆を含んだ口調で呟く石和。昌美は一人、大きくかぶりを振った。


「他を探しましょう。ロックのない部屋もあるかもしれません。直接的でなくても、なにか手がかりになるものがあれば……それを見つけます!」


 時間がない。やはり五分で救出するというのは無理がある。それならば、せめて。篠塚がここにいるという手がかりだけでも見つけたい。その可能性だけでも手に入れて帰りたい。


「石和さん、サポートをお願いします。せめて、時間いっぱいまで探したいんです」

『……分かった。だが、くれぐれも無茶はするなよ。残り時間二分二十九秒、リミットが来たら、どんな中途半端な状態でも引き返せ。いいな?』

「分かりました」


 昌美は再び走り出した。緊張感に身体を強ばらせ、タイムリミットに焦燥感を覚え、それでも走る、走る、走る。そんな状態でも強い意志があれば身体は動く。どんなことがあっても恐慌状態にはならない。そんな自信がいまの昌美にはあった。


『サポートするといっても、その施設の構造はそう複雑なものじゃない。そこにはすべてで五つの部屋しかない。つまり、アンタが調べるのはあとふたつ。そのふたつの扉を調べ、どうにもならなかったら、すぐに転送室まで戻るんだ』

「はあ……はあ……昌美、です」


 走るスピードを緩めず、呼吸を乱したまま、昌美はそんなことを呟いていた。


『……は?』

「石和さん、あたしのこと出会ってからずっと『アンタ』って言って、一度も名前で呼んでないじゃないですか……あたしには横川昌美って……はっ、立派な名前があるんです、から……」

『そうだったか? しかし、今は名前のことなんてどうでも――――』

「よくは、ないですよ……はあ、はあ……名前って、信頼関係を築き上げるのに一番大事なことだと、思います」

『……………』

「まだ出会って、ほんの数時間、ですけど…はっ……あたしは石和さんのこと、信頼してますから……頼るれるヒトだって思ってますから。だから、あたしのことは名前で……昌美って読んでください……はあ、はあ……お願い、します」


 ほんの少しだけ間を空けて。ぶっきらぼうな口調で石和は言った。


『…………昌美。これでいいか?』

「ぷっ……くすくす」


 その愛想のない呼び方がなんだかおかしくなって。昌美は吹き出していた。


『な、なんだ。なにがおかしい』

「これで……二人目です。父親以外で、はっ……男の人に名前を呼ばれたの」

『な――――』

「ちなみに一番目はトキくんです。石和さんは二番目のヒトですね……はあ、はあ」

『お、お前なあ』

「すいません、冗談です。んっ……でも信じてるのは本当ですよ、ありがとうございます」


 そんな会話を小声で交わしながら、石和の指示した場所へ向かい、辿り着く。


 ……が、やはり扉はロック式のもので、固く閉ざされたままだった。


 あと一つ。五つ目の扉に最後の希望を抱き、昌美はその場所へ向かったが、やはり扉のタイプは同じ。ロック式の扉だった。分厚い鉄で出来たドア。バーナーでも持ってこない限り、人力でここをこじ開けるのは不可能だろう。


 冷たい扉に両手を添え、絶望的な気分に陥る。この向こうには篠塚がいるかもしれないというのに。どうやっても向こうには届かないというのか。


「はあ、はあ……こ、この扉、そちらのコンピューターで開けることは出来ないんですか?」

『確かにこの瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)・改は他の瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)に強制的に介入して、メインコンピューターを乗っ取ることが出来るが……それはあくまでコンピュータで管理しているものだけに過ぎない。そこの扉のロックを制御している機械はシンプルなコンピュータで完全なスタンド・アローンなんだ。メインコンピューターで管理している訳じゃないから、開きようがない』

「そ、それじゃあ、正規の方法でここのロックを解除、はっ……する以外、方法はないってことですか?」


 石和はやや間を置いて、言った。


『あるいはそこの機械を通して、暗証番号を解析出来れば……だが、俺も佐々木もそんな技能はない』

「…………」

『すまない。俺たちの力じゃここまでが精一杯だ』


 そう簡単に事が運ぶとは思っていなかったが。ここまで来て何一つ手に入れられない。手がかりの断片さえ。昌美にはそれが悔しかった。


『諦めるのはまだ早い。新井博士や篠塚もなんの準備もなしに跳んだ訳じゃないと思う。おそらくこのロックを解除する対策を考えていたはずだ。それを探っていこう』


「でも、ここまで来て、なにも手がかりがえられない、なんて――――」

瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)・改を使って、鹿島大学病院の施設に侵入することが出来た。警備は薄い。ロックを外さないと部屋の中には入れない。わずか、五分でこれだけの事と情報を得たんだ。充分な成果だろう。欲張りすぎだ』

「……だけど」

『焦るな。まだ好機(チャンス)はある。じっくりと対策を練って、もう一度出直そう。五分が過ぎた。  タイムリミットだ、昌美。約束通り、もどってこい』

「――――」


 昌美は歯がみした。両手を強く握りしめ、身体を小刻みに震わせる。なにも出来なかった歯がゆさが頭の中でぐるぐると回っている。


 まだ足りない。もう少しこの施設を調べれば、何かしらの手がかりが得られるのではないか。そんな考えが頭に過ぎる。


 しかし、約束は約束だ。自分は五分で必ず戻る。その言葉に頷いたのだ。だとしたら、どんなに未練があるとしても、戻らないといけない。


「……わかり、ました……」


 かろうじて、了承の言葉を絞り出すと、その扉から目を背け、未練を断ち切るかのように走り出した。


『よし、それじゃあ、転送室へ戻ってくれ。戻り次第、転送出来るようにすでに準備してある。着いたら、服と装備品を茶巾袋に入れて転送機に置いてくれ。その後、昌美、お前をこちらへ引き戻す』

「了解です――――」


 そう言って、頷こうとした刹那、だった。


  ばしゅん、と。


 機械的な音が唐突に鳴り響いた。さほど大した音ではない。周囲が異様に静まり返っているので、たまたま昌美の鼓膜にも届いた。その程度の小さな小さな音、だった。


 だが、昌美が異変に気付くにはそれで充分だった。昌美は足を止め、ゆっくりと振り返った。その音がなんなのか。確かめるために。


「……え?」


 瞬間――――昌美は大きく目を見開き、唖然とした。


『昌美、どうした? はやく転送室へ――――っ!』


 石和の言葉が途中で途切れた。昌美の見た光景はすべて向こうに映像として転送されている。どうやら、石和も気付いたようだ。


 扉が――――開いている。カードと暗証番号を入れなければ動かない筈の扉が。今まで固く閉ざされていたはずの扉が。何故か、開いていた。昌美は息を飲んで、元来た廊下を引き返し、扉の前に駆け寄る。


 見間違いではない。先程まで灯っていた赤いランプが消え、グリーン色の『OPEN』の字が淡く点灯している。扉は横にスライドしたままで、再び閉まる様子はない。


 ドアの中を覗き込むと、真っ暗だった。廊下から入る光でかろうじて奥が見える。部屋ではない。階段だった。それも相当長そうな地下への階段。


「この中に……トキくん、が……」


 昌美は夢見心地な表情で、ふらり、と中へ入ろうとする。


『駄目だ!』


 その刹那、石和の制止の声が昌美の鼓膜に大きく響き渡り、びくん、と身体を震わせた。


『中にはいるな。すぐに戻ってくるんだ! 急げ!』


 怒鳴り声に近い石和の声。昌美は俯きながら、その言葉に抵抗を覚えた。


「でも……少しくらい中を確認してからでも――――」

『馬鹿か、お前は! よく考えるんだ。扉が都合良く独りでに開いたとでも思っているのか? この施設内に誰かがいるんだ! そして、俺たちの行動を把握している! 扉を開いて、俺たちを挑発しているんだ。いいから早く戻れ! 転送室を占拠されたら、お前は戻れなくなってしまう』

「…………」


 分かっている。そんなことは言われなくても。だが、目の前に手がかりになりそうなものがあるのだ。それを目の当たりにして、どうして中を確認せずに戻ることができようか。


『ぜったいに無茶はしない。感情を先行させて行動しない。手がかりがあっても、なくても五分で必ず戻る。それが約束の筈だ。目先の誘惑に囚われるな! 取り返しの付かないことになるぞ!』

「…………」


 石和の言うことは正しい。これは目の前に垂らされた餌だ。あまりにも露骨過ぎる。不自然すぎる。この中へ入れば、なにがあるかも分からない。


 だが、理屈でそうと分かっていても、あらがえぬ誘惑がある。この中に篠塚がいるかもしれない。いなかったとしても手がかりがあるかもしれない。


 そう思うと、何もかもがどうでも良くなってくる。昌美は石和の制止を振り切って、中に入り、そして駆けだした。


『駄目だ、昌美やめ――――』

「ごめん……なさい」


 昌美は心の底から石和に詫びながら、インカムの電源を切った。無謀なことは分かっている。だが、もう自分の想いを止められそうもない。昌美は地下へ続く階段を降り始めた。







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