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混沌のアルファ・リニューアル版  作者: 高田ねお
第一段階Dー計画』
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3「出社」



 少しばかり早く出たからといって、スムーズに車が進むわけではない。石和はいつも通りの通勤ラッシュに巻き込まれていた。大道路には数多(あまた)の車やトラックが並列に並んでいる。定期的な感覚で車が動き、少し進むと止まる。これの繰り返しだった。

 この大道路を抜けるまではやや時間がかかるが、許容範囲内だ。それでもいつもの出勤時間よりも早く到着するだろう。

 石和は運転席で動く様子がない道路状況を見計らいながら、煙草を加え、火をつけた。


 (さて、いよいよ今日から新機材の投入か。これで少しは研究が前進するといいんだがな)


 頭がしびれるような煙草特有の感覚に身を委ねながら、石和は胸中で独りごちた。


 Dー計画。


 それが三ツ葉社の第五研究所で行われている計画名であり、石和武士はその研究の責任者の一人である。


 五年前に起こった『次元震』と呼ばれる現象。

 我々のいるこの世界ともう一つのまったく異なる世界が交差し、互いの次元空間を震わせ、触れあった空間の穴から一つの生命体が流出してきた。


 その異世界生命体が『アルファ』と呼称されるモノで、自分たちの仕事はこの生物を利用して、互いの次元空間に扉を造ることである。


 半年前、神奈川県にある二ツ山バイオ工学研究所に務めていたが、その研究所と同じスポンサーである三ツ葉社本社より抜擢され、第五研究所にやって来た。


 専攻はクローンや形質変換、センダイウィルスによる異種の細胞融合などで、分裂世界は完全に専門外で、正直、最初は興味も湧かなかった。あるかどうかもわからない分裂世界の存在に疑問を抱いていたからだ。しかし、異世界生命体、アルファの姿を目の当たりにし、計画の内容を聞いて、石和は大きく心を震わせた。


 無限に広がる分裂世界の絶対世界線から流出した生物。こんな生物が本当に実在したとは。驚きだ。

 そして、その生物とこちら側の生物を軸に異世界への入り口を造る。もう一つの世界の実証と観測。なんと胸が高鳴る計画だろうか。そう思った石和は第五研究所への異動を快諾した。


 自らの手でまだ誰も知らない世界の扉を開く。未知なるものへの好奇心に石和の胸は高鳴った。


 ……だが、その高揚感も現在ではもうだいぶ薄れてしまっている。あれから半年。Dー計画の研究は難航を極めた。研究は微塵も進んでいないといってもいい。


 計画は第一段階、第二段階、第三段階の研究と大きく三つに分かれているが、その一番最初である第一段階の『(キィ)』の精製に(つまづ)いているのが現状だ。


 (キィ)は我々のいるこの世界(以後、β世界と呼称)と本来アルファが存在する異世界(以後、α世界と呼称)の間に行き来出来る扉を開くことが可能な生命体だ。


 (キィ)を造るにはアルファの細胞とβ世界の生命体の細胞が融合した生物が必要となる。両方が混在する生命体がα世界をβ世界に引っ張ってくる起点となるからだ。


 アルファの細胞はβ世界にはない不可思議な性質を持っており。アルファ側の細胞とこちら側の世界の生物の細胞と接触すると、途端にα細胞が活性化し、他生物の細胞を浸食する。


 この特性を利用して、αとβの因子を結合した生物を造ろうとDー計画の担当者たちは考えた。

 実験動物にα細胞を液状化させて、注入する方法を試みたが、結果は失敗。実験動物の体内に入った途端、アルファ細胞は暴走を引き起こし、実験動物の肉体は醜い怪物の様な容姿に変態した。また、細胞そのものを実験体に移植しても同様の結果だった。


暴走の引き金となるのは、移植した際に発生するGVHD(移植した側の細胞が拒絶すること)が原因だった。本来のGVHDは移植した細胞が移植された細胞側に受け入れられず、移植された細胞を攻撃するのだが、このα細胞はどういう訳か、α細胞の浸食に拍車をかけ暴走する。


 そして、β細胞は暴走したアルファ細胞によって滅茶苦茶な情報に書き換えられ、結果、実験動物の肉体は激しい変態を起こし、凶暴性が増した生命体に変化してしまう。


 これでも融合はしているのだろうが、あまりにもバランスが悪い。Dー計画に必要な(キィ)はα細胞とβ細胞、双方の因子が安定した生命体である。これでは使い物にならない。


 上手く安定した融合生物を造るために様々な方法を試みたが、どの方法もことごとく失敗。惨敗状態だった。


 本当にα細胞の暴走を押さえ、安定した融合生物を造ることが出来るのだろうか。最初は意気揚々とした勢いだった第五研究所のスタッフも最近ではそんな不安を抱えているようだ。研究とはそんな易々と進むものではないとはいえ、活路がまったく見えない現状ではそんな感情を抱くのも無理はないといえた。


 本日より新しい機材が第五研究所に設置され、今までとはまったく異なるα細胞とβ生物との融合を行うことになる。この方法も駄目だったとしたら、その先いったいどうすればいいのか。そんな不安が石和の頭に過ぎる。が、かぶりを振って、すぐさまその懸念を振り払う。


 いまからそんな事を考えても仕方がない。失敗したときは失敗したときに考えればいい。いまは今日の実験で進展があることだけを祈るとしよう。


 そんなことを考えながら、車を進めていると渋滞した道路を抜け、ようやく目的地が見えてきた。


 東京の中心部にあるビジネス・シティ。その更に中心部にある天を刺すように(そび)え立つビジネスシティの中で最も高い高層ビル。


 巨大複合企業である三ツ葉社の心臓。三ツ葉社本部ビル。


 この中にある研究区画の一画、第五研究所が石和の目的地だった。

 石和は三本目となった煙草を灰皿に押しつぶし、ビルの地下にある駐車場へと向かった。
















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