2「横川昌美」
搬入用エレベーターを出て、廊下を歩く。横川昌美が先導し、佐々木と石和が後を追う。
「驚いたなぁ……完全に放置された廃ビルだと思ったのに」
佐々木が周囲を見回しながら、呟く。壁が床がくすみ、所々ひび割れている場所があるが、綺麗に掃除されている廊下。天井に連なる蛍光灯も白い輝きを放ち、切れたものは一つとしてない。見た目少し古い印象を受けるが、上とは雲泥の差だ。
「稼働しているって言っても、この地下五階だけです。さすがにすべての階を綺麗に維持は出来ませんしね。それに上は手の施しようが無いくらい老朽化が進んでいますから、手を入れようと思ったら、一度取り壊して再構築しないと駄目かもしれません」
昌美が苦笑いを浮かべつつ、言った。
「まあ、それだと意味がないんですけどね。この場所は廃墟同然、奥は夜には人気が全くなくなる倉庫街。浮浪者もほとんどよりつかないですし、隠れ家として使うにはうってつけの場所って訳です」
「電気はどこから持ってきているんだ? ビル本体があの有様じゃ通常の電力は持ってこれないだろう」
「ここには小型の発電施設があるので、それですべて賄ってます。ガスや水道、光回線なんかも使えるように改良しました。その辺りは法に抵触する手段をいろいろ使ってるので、割愛しますけど」
石和の質問にそう答えて、『あはは』と笑う。大した徹底ぶりだった。まさかこんな場所に人が住んでいるなんて、夢にも思わないだろう。
「しかし、そこまでして隠れなければならない理由ってなんだ? 篠塚はいったい何をやらかしたんだ?」
「……篠塚くんは悪い事なんてなにもしてないです。むしろ逆。間違った方向に進もうとした研究を止めようとしたんです」
「研究? 才能を引き延ばすための?」
昌美はおおきくかぶりを振った。
「違います。あれは――悪魔の研究です。少なくともヒトのする研究じゃないと思います」
憂いた表情で昌美は俯く。
「最初はただ、幼い子供の才能を最大限に引き出す。それだけを目的に人類進化促進塾はありました。だけど、あのヒトが入ってきてから、すべてがおかしくなり始めたんです」
石和は目を細め、
「ひょっとして……戸木原のことか」
と、言った。昌美はこくり、と頷いた。
「……あの人は怪物です。あの人に関わるとみんなおかしくなってしまう。だから、みんなを止めようとしても篠塚くんは止められなかった。正しいことをしているヒトが誰もいなくなって、篠塚くんは異端者になった。追放されて、追われる身になってしまったんです」
「戸木原博士が怪物? どういうことだい、いったい」
佐々木のその問いに昌美は答えなかった。顔を上げると、笑顔を浮かべ、
「着きました。ここです」
と、歩みを止めた。カード式ロックドアの前だった。昌美が懐から出したカードを挿入口へ差し込み、横にある暗証番号ボタンを押す。がこん、とロックが外れる音がして、ドアが自動的に開いた。
「どうぞ」
昌美に促されて、石和と佐々木は部屋の中に入った。ここに来た目的をまだ石和達は聞かされていない。一体何があるというのだろうか。中は真っ暗で何も見えない。ぱちん、と音が鳴り、視界が開けた。昌美が照明をつけたようだ。
「な……」
「こ……これは……」
目の前にあるものを見た瞬間――――石和と佐々木は大きく目を見開いて、唖然とした。
見間違いではない。酷似した機械でもない。石和達は毎日の様にその機械に携わっているのだから、決して見間違えたりなど、しない。
全長二メートルほどある、巨大なカプセル状の機械。カプセルがひとつしかなかったり、コードが剥き出しだったり、細部が知っているものとは違うが、間違いない。
「……瞬間物質転送装置」
佐々木が呻くように呟いた言葉に、昌美は深々と頷いた。
「さすがですね。見ただけでこの機械がなんであるか分かるなんて……この機械をよく知っている証拠です。やはり、あなたはあの『佐々木』さんなんですね」
目を細めて、微笑む昌美。その表情にはどこか安堵感のようなものがあった。佐々木は混乱した。
「え? な、何故僕の名前を? ……君はいったい」
「あなたのことはあの人からよく聞かされていました。佐々木は俺の親友だって。息子の第二の父親だって。誇らしげに語っていられましたよ」
「ま……まさか……」
昌美は再び頷き、そして言った。
「はい。失踪した新井博士はここで過ごしていたんです。そして、この瞬間物質転送装置は新井博士本人がここで造り上げたものなんです」
石和と佐々木の顔が驚愕に歪んだ。