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混沌のアルファ・リニューアル版  作者: 高田ねお
第三段階『人類進化促進塾』
31/64

11「招かれざる客」第三段階(了)




 ビジネス・シティ。様々な企業関連の建物が集中している高層ビル群。日本の中枢でもある場所。石和が勤める第五研究所は三ツ葉社本社ビルの中にあり、このビジネス・シティの中央に(そび)え立つ巨大高層ビルがそれだ。巨大複合企業三ツ葉社は日本の頂点に立つ企業体であり、世界でも有数の民間組織と言われている。


 この高層ビル群の中でも極めて大きく、突き抜けた巨大な建築物は日本の頂点である証を主張しているのか。それとも日本を支える支柱のような意味で造られたのか。どちらにも取れるほど、三ツ葉社本部ビルの外観は周囲を圧倒させる凄みを持っている。


「向こうはあんなにも晴れやかだというのに……こっちは随分と寂しいモノだね、とても同じビジネス・シティとは思えない」


 佐々木は苦笑しながら周囲と本部ビルを見比べた。暗い闇夜を塗りつぶす街灯とネオンの光が、本部ビルの存在感を強くし、遠くからでも一目で分かるほどだ。ビジネス・シティ全域に渡って、本部ビルが見えない場所はないだろう。


 一方、ビジネス・シティの外れであるこの場所は街灯もさほど多くなく、人気も全くない。夜風の唸りがわずかに聞こえてくるだけで、あとは静寂が支配している。


「向こうは華の中央エリア、こっちは破棄されて、持ち主が不透明の廃墟ビル。奥は資材なんかを入れておく倉庫街。基本的に民家はないし、寂れてるのも仕方ないさ」


 言いながら石和は、はあ、と白い息を手に吐いて、両手をこする。コートを身に纏い、マフラーを首にかけているが、それでも冷気が身体を蝕み、体温を奪っていく。随分と冷え込む夜だった。


 適性検査が終わり、勝義を自宅に戻した後、佐々木と石和は篠塚登喜夫の指定した場所へと来ていた。こうして、ぼろぼろになった廃墟ビルで待つこと三十分。真冬の閑散とした場所でこれだけの時間待っていればさすがに身体も冷えてくる。手足が悴んで仕方がない。だが、佐々木はこれだけ冷えた空気に晒されても、けろりとした顔をしていた。そういえば、佐々木が雪国出身だったことを想い出す。きっとこの位の寒さは寒さのうちに入らないのだろう。


「しかし、勝義くんにはびっくりしたなあ。まさか、音楽の才能があるなんて」


 笑いながら、佐々木が言う。人類進化促進塾の『適性検査』の結果、勝義は音感、楽器を弾く才能があることがわかった。特にピアノ関連の才能に特化しており、磨き方次第では相当なピアニストになれるとのことだ。


「ああ。アイツ、ピアノなんか一度も触れたこともないし、興味も持ったことないのに才能というのはよく分からないところに埋もれているモノだな」

「やっぱり言わないつもりかい?」

「ああ。千恵子にも言わない。さっきも言ったが、才能は自分で開拓して引き出すモノだ。たとえ、特A級の才能だったとしてもそれは変わらない」

「……石和くんはいい父親だなぁ。勝義くんが石和くんを好くわけだね」

「子供が親を求めるのは当たり前だろ。親が子供の事を大切に思うのも当たり前のことだ。あまり変なことで感心するな、佐々木」

「あははは。別に照れなくてもいいじゃないか。子供を捨てたり、虐待したり、血の繋がった家族でも不遇な境遇の子供は年々増加してるんだよ。今みたいな事を当たり前のように言えるって、すごく大事なことなんじゃないかな」

「だから変なことでヒト持ち上げるなって――――ん?」

「? どうしたんだい、石和くん」

「誰か……来たみたいだな」


 そう言って、石和は倉庫街の奥を指さす。足音が聞こえる。暗闇の中で影が動き、こちらに近づいてくるのが分かる。警察の見回りだとまずい。この時間帯に廃墟ビルなんかで彷徨(うろつ)いているのを発見されたら、間違いなく職質される。石和と佐々木はビルの影に隠れて、のぞき込むようにして様子を見る。


「本当だ。誰だろう。待ち合わせの相手かな」

「どうかな。見る限り警察じゃなさそうだが……」


 人影が街灯の下に入ると、遠目に姿がぼんやりと見えた。背は低く、体型は小柄の男だった。きょろきょろと周囲を見回しながら、歩いている。容姿はここからだとよく分からないが、気のせいか、どこかで見たことあるような気がした    

「ん? ひょっとして……アレ、川上くんじゃないかな?」

「え?」


 佐々木の言葉に石和は目を細め、対象を見据える。こちらに近づいてくると共に男の輪郭がはっきり見えてくる。普段見慣れない私服を着ているので分かりづらいが、確かにアレは川上弘幸だ。間違いない。


「いや。びっくりだね、こんな所で会うなんて。おーい川上く……んぐっ!?」

 脳天気な声でビルの影からでて、川上に声をかけようとする佐々木。石和は慌てて、佐々木を羽交い締めにして、口を塞いだ。そのまま佐々木をビルの中に引きずり込む。


「んんっ! ん――――っ!」


 手の中でもがき、声を出そうとする佐々木に石和は人差し指を立てて、小声で制した。


「シッ! 声を上げるな、佐々木。気付かれる」


 かつん、かつん、と。足音が大きくなってゆく。やがて、石和達のいる廃ビルを川上が横切る。周囲をきょろきょろと見回している。何かを探しているようだ。石和は息を潜め、川上が通り過ぎるのを、待つ。


 かつん、かつん、かつん。


 足音が小さくなってゆく。音が完全に聞こえなくなったのを見計らい、外を見回す。どうやら見つからずに済んだようだ。石和はほう、と大きく息を吐いて、佐々木から手を放した。


「んん……んぐっ……ぷはっ! い、いきなり何をすんだい、石和くん。ひどいじゃないか!」

「大声を出すな。まだ近くにいるかもしれない。川上にここへいることを知られたくないんだ」

「な、なぜだい? 丁度いいじゃないか。僕らのこれからの行動を川上くんにも話しておこうよ。僕らから接触を望んだとはいえ、相手は犯罪者かもしれないんだよ? 予防線は張っておいた方がいいんじゃないかな」


 石和は大きくかぶりを振った。


「……駄目だ。川上は危険だ。信用できない」

「ええ? ど、どういうことだい? だって川上くんは同じ情報を共有する仲間だろう。それに色々協力してもらってるし――――」


 佐々木は目を大きく見開き、困惑している。佐々木は川上と仲が良いので話すのを躊躇っていたが、仕方がない。教えるしかなさそうだ。


「……この前α管理室の開閉履歴を調べた話はしたよな? 戸木原がα細胞を外に持ち出しているかどうか、確認するために開閉履歴と監視カメラ動画を調べたんだ」

「うん。聞いた。結果、履歴と実験回数は一致しなかったんだろう? 戸木原博士はα細胞を持ち出していた」

「その中で、ひとつ、おかしな動画を見つけてな。一日のうちに二回も戸木原がα管理室に入った動画があった。しかも三十分もしないうちにだぞ? おかしいとは思わないか」

「……確かにそうだね。手続きも面倒だし、誰かに見られるリスクもあるのに、そんな短時間でα管理室に入るのは不自然かもしれない」

「不自然なのはそれだけじゃない。一つめの動画と二つめの動画、見比べるとどうも妙なんだ。なにかがおかしい。それが気になってな。調べてみた」


 言いながら、石和は携帯を取りだし、かちかちとボタンを押して、画像ファイルを展開した。携帯を佐々木に手渡し、それを見せる。液晶画面には二つの画像が映っており、どちらも戸木原淳の姿があった。


「これは――――?」

「二つの動画の写真だ。証拠として、携帯に保存しておいた。この二つの写真の違い……わかるか?」


 佐々木はじっと携帯を見つめ、眉を潜めた。


「う~ん……どっちも同じに見えるけど、確かになんか違和感があるような気が――――なんだろう?」


 石和は無言で、とんとん、と人差し指で頭を叩いた。佐々木は『あっ!』と声を上げた。


「そ、そうか! 髪の毛! 戸木原博士の髪の長さが違うんだ!」

「ああ。一枚目の画像より、二枚目の画像の方が戸木原の髪が長いんだ。長いって言ってもわずかな差だけどな。だが、わずか三十分でこれだけ髪の毛が伸びる人間なんて存在しない。二枚目の画像は一枚目の画像の後に来ることはあり得ないんだ」

「つまり、どちらかの画像はフェイク……偽物?」

「そうだ。過去の動画をすべて洗ってみたが、その中の一つの動画にまったく同じ動画があった。一回目の侵入履歴、監視動画はすべてすり替えられたものだ」

「な、なんで? 何故そんなことをする必要があるんだい?」

「決まっているだろう。α細胞を持ち出すためだ。そして、戸木原の動画をすり替えることによって、その事実を隠蔽しようとしたんだ。俺もそこの動画が一つだけだったらまず気付かなかっただろうな。しかし、その三十分後。本当に戸木原淳がα管理室に入ってきてしまった。犯人もこれは予想外だっただろう。それで、わずか一時間の間に二度も入室した奇妙な状況が出来上がってしまった訳だ」

「しかし、誰がいったい! なんの為にα細胞を? どうして!」


 佐々木が青ざめた顔で叫ぶ。石和は佐々木から目を逸らし、淡々とした口調で答えた。


「言わなくてもお前にも分かってるんだろう? あの部屋には俺たち五人しか入ることが出来ない。強固な防壁を突破し、自分の開閉履歴を戸木原のものに入れ替え、動画までもダミーにする。このメンバーの中でそんな芸当ができるヤツは一人しか……いない」

「――――っ!」

「そして、この場に現れたことで決定的になった。中央のエリアでばったり会うなら、話は別だが、ここはビジネス・シティの外れである倉庫街で、しかも今は夜だ。こんな場所で偶然会う事なんてあり得ない。明確な目的を持ってアイツはここに来たんだ」

「ひ、ひょっとして、僕らは今日一日、ずっとマークされていたってことかい?」

「多分な。そういうことだと思う」

「そんな……そんな……川上くんがα細胞を? 嘘だ……信じたく……信じたくないよ……そんなこと……」


 佐々木は顔に手を当てて、壁に背を預ける。その時  再び、足音が聞こえてきた。小さな足音が次第に大きく、石和と佐々木の耳に鳴り響く。どうやら戻ってきたらしい。


「やはり俺たちを捜しているみたいだな……厄介なことになったな」


 石和は外を見て、冷や汗を垂らす。これでは篠塚登喜夫が来たら、すぐ居場所がばれてしまう。いや、それ以前に追跡者がいることに気付いたら、姿を現さない可能性だってある。どうにかして、川上の追跡を振り切らないと    


 更に足音が大きくなった。こちらに近づいてくる。ビルの外に声が漏れたのだろうか。それとも、中を調べてみようと思ったのか。いずれにしろここにいるのはまずいようだ。


「ちっ……佐々木、奥に行くぞ! ここにいたら確実に見つかる」


 石和は振り向いて佐々木に言葉をかけるが――――返事がない。いや、それ以前にそこに佐々木の姿がなかった。


「……佐々木?」


 一人で奥に行ってしまったのだろうか。周囲を見回しながら、石和は奥へ進む。真っ暗で何も見えない。


「佐々木、いったい何処に――――うわっ!」


 暗闇の中、石和の腕が何者かにぐいっと引っ張られた。あまりにも唐突の事で抵抗できない。そのまま石和は捕まれた手の力に翻弄され、どこかへ引きずり込まれた。バランスを崩し、そのまま転倒する。直後、扉がばしゃん、と閉まる音が聞こえた。


「いでっ! つつつ……な、なんだ、いったい?」


 辺りを見回すが、やはり暗闇で何も見えない。立ち上がろうとすると、頭をごんっ!と天井にぶつけた。なんなんだろうか、この部屋は。立ち上がる程の高さもない。打った頭をさすりつつ、座り込む。


「だ、大丈夫かい? 石和くん」

「佐々木? そこにいるのか。いきなり引っ張ったのはお前か?」

「いや、僕もいきなり引っ張られて、この部屋に入れられて――――」

「シッ! 二人とも静かにしてください」


 暗闇から佐々木ではない、第三者の声がした。女の声だった。暗くて、見えないが石和のすぐそばにいるようだ。女性特有の甘い香りと温もりがかすかに感じられる。


「誰だ? お前は」

「黙って! 音も立てないで……来ますよ」


 聞き覚えのある声だった。が、声の主の事を深く考える暇もない。足音がビル内に響いた。川上がビルの中へ入ってきたのだ。石和は息を潜めた。


  かつん。かつん。かつん。


 静寂が支配する暗闇の中、一つの足音だけが鮮明に石和の鼓膜に響く。視界が一切遮断され、音しか聞こえない状態というのは想像以上に不安をかき立てられる。なんとも不思議な感覚だった。ひとつ、またひとつ足音が聞こえる度に胸の脈動が大きくなる。足音は更に更に大きくなり、音の発信源は目前となった。見えない扉越しに聞こえる、その音。おそらく五十センチも離れていない。


 そこで――――足音が止まった。


「――――」


 呼吸が止まり、脂汗がぽたぽたと流れ落ちる。身体は緊張で硬直し、まるで時間が止まったかのようだ。相反して、活動を活発化する心臓の鼓動。


 永遠とも思える一瞬が過ぎた。


 かつん。かつん。かつん。再び足音が聞こえてきた。今度は音が遠ざかってゆく。


 ……どうやらビルの中を確認しただけのようだ。完全に足音が聞こえなくなると、石和はようやく硬直の呪縛から解き放たれた。


「はあ……はあ……」


 顔に小さな水滴がびっしりとこびり付いている。この寒さの中、ものすごい量の汗だった。石和はそれを腕の裾で無造作に拭いながら、呼吸を整える。


「はあ……はっ……はははっ……」


 頭が冷えてくると次第におかしさが込み上げてきた。毎日、顔を合わせ同じ研究をしている同僚に見つかるまいと。こんな場所に隠れ、これほどの緊張感を味わうなんて。


 まるで子供の頃に体験した鬼ごっこだ。いい年になった自分がこれほど真剣に隠れん坊をしているかと思うとおかしくてたまらなかった。


 急に視界が開けた。部屋の電気がついたのだ。目の前で佐々木が疲れた表情で座り込んでいた。佐々木と目が合うと、力ない声でははは、と笑った。


 どうやら、佐々木も似たような心境を味わったようだ。この状況、笑うしかない。

 自分たちが犯罪者にでもなったような錯覚を覚える。


「乱暴な真似をしてすいませんでした。緊急事態だったもので」


 傍らから女性の声が聞こえてくる。目を向けると、そこには綺麗な若い女性が座っていた。私服で、化粧も落としているので印象はだいぶ異なるが、やはりその女性は見知った顔だった。


「あの時のコンパニオン……?」

「はい、あの時はどうも失礼しました」


 そう言って、昌美は軽く頭を下げた。石和はそれを苦笑で返し、辺りを見回した。辺り一面がクリーム色の無機質な部屋。大人一人が立ち上がれないほど、低い天井。部屋の中もやたら狭い。


「ひょっとして、ここは荷物を運ぶときなんかに使う――――」


 昌美は頷いた。


「はい。搬入用のエレベーターです。身を隠すには最適な場所ですよ、ここは。ドアの光は漏れませんし、電気が入っていることも、外からは分からないように細工してあります。向こうからは機能しなくなったただのエレベータにしかみえない筈です」


 体制は万全のようだ。周囲に対する警戒は並ではないらしい。


「とりあず、助かった。礼を言っておこう。で、肝心の篠塚はどこにいるんだ?」


 横川昌美は首を左右に振った。


「いえ、ここにはいません。わたしだけです」

「……は?」


 石和は露骨に眉を潜めた。どういうことだろうか。待ち合わせを指定した本人がいないとは訳が分からない。昌美は、胸もとから携帯を取り出し、かちかちとボタンを押した。 すると、搬入エレベーターががこん、と音を立てて、動き始めた。


 エレベーターが下へ下りてゆく。昌美はしゃがんだまま、頭を下げて、言った。


「どうも、大変お待たせしました。改めて自己紹介します。横川昌美です。お願いします。どうかわたしに力を……貸してほしいんです」


 石和と佐々木は大きく目を見開いて、顔を見合わせた。







 

第三段階「人類進化促進塾」了。第四段階『鹿島大学付属病院』へ続く。

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