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混沌のアルファ・リニューアル版  作者: 高田ねお
第三段階『人類進化促進塾』
25/64

5「青の道標」(後編)






「お前さんは人類進化促進塾(じんるいしんかそくしんじゅく)という施設を知っているかね?」


「え……?」

「ヒトには何かしら秀でた『才能』がひとつは存在する。絵が上手かったり、音感が優れていたり、運動神経がよかったりと、ヒトは何かしらの特技を持ち、生まれてくる。その才能を幼少期のうちに発見し、それを脳への刺激、特殊なカリキュラムによって、数倍に引き延ばす。エリートを人工的に造る機関だ」

「それが……なにか?」

「半年前、新井武之博士が失踪する前、最後に目撃された場所がその施設なのだよ。そして、その時いっしょにいた人物は戸木原淳。君のいる研究所の主任研究員だ」

「――――な」


 石和は大きく目を見開いた。


「半年前、捜査一課(うち)の部署で、行方不明となった新井武之博士の行方を捜しておった。新井博士は地位も名誉もある人物だからの。失踪は事件性のある特別家出人扱いとなり、警察内でも本格的な捜索が行われた。島根県の出張先でいなくなったと聞いていたが、島根で新井博士を目撃した者が誰もいなかったのでな。目撃証言を辿っていった先、辿り着いた先がそこだった。

 話を聞くと、当日、新井博士は人類進化促進塾の中で戸木原淳博士と話し合い……いや、言い争いを行ってたことが分かった。その後は目撃者も何もなし。行方知れずだ。そこから八方ふさがりとなっての。結局、捜査はそこで途絶えてしまった訳だが」

「と、戸木原博士は何故そんなところに?」

「関係者だったからだろう。聞いたところによると、戸木原淳博士は何年か前、人類進化促進塾の担当研究員の一人だったそうだ。無論、彼の事情聴取も行ったが、『確かにここで新井博士と話し合ってましたが、その後、施設を出て帰宅しました。そのあとの事は一切分かりません。言い争っていたことに関してはビジネスに関することなので話すことはできません』と、言ってな。

 何かあったという目撃証言もなし。施設内も見せてもらったが、特に怪しいところはなし。証拠不十分で撤退するしかなかった」


 ……そういえば、川上が調べたデータの中に人類進化促進塾の名前があったような気がする。そして、戸木原が率いる研究グループの中に人類進化促進塾のメンバーが……いた。


 つまり、人類進化促進塾の連中と戸木原が新井博士を拉致し、α細胞を投与した、ということなのだろうか?


「ワシもこの失踪事件だけだったら、そこまで深く考えなかったかもしれん。しかし、昨夜の一件が疑惑を確信に変えた。この戸木原淳という男……間違いなく、新井博士の失踪と変貌に絡んでおる。状況証拠ばかりで、確たる証拠は何もないがの.。

 お前さんに聞きたかったのはまさにこの事だ。戸木原淳という男のことをどこまで知っておる? 奈々恵嬢ちゃんにも話を聞いたんだが、あまり詳しく知らないみたいだったのでな。お前さんに話を聞きたかったという訳だ」

「……俺も彼について知っていることは川原と同じぐらいのことしか知りません。同じ同僚をこういうのもなんですが、所内の評判もあまりよくありません。ここ最近はある研究の為にどこかの研究所に篭もっているらしく、連絡が取れません」

 「ふむ、嬢ちゃんと一緒、か」


 顎に手をあて、すっと眼を細める。石和は一つだけ付け加えた。


「ただ、最近なにか……得体の知れないものを感じました」

「ほう?」

「根拠はなにも無いんですけど、その嫌な予感……というか。不安になるようなというか。何故か底が計れない感じがして。上手くは言えないんですが」

「お前さん、なかなかよい勘をしているな。刑事に向いてるかもしれんぞ」


 芳田はそう言って笑った。そして、石和の肩をぽん、と叩き、


「わざわざこんな所まで済まなかったな、若いの。話は終わりだ」


 と、言った。


「え……? も、もうですか」


 拍子抜けする。まだこちらは芳田の有益になるような証言は何一つとして話してない。こちらが部外秘になるような情報を教えてもらったというのに。これでは芳田にとってのメリットがあまりにも少ない。とはいえ石和に、真実を話すことなど出来はしないのだが。


「仕事ではないと言っただろう? ワシの話を聞いてくれただけで充分だ。それにどうせもうすぐ意味も無くなるんでな」

「意味が……なくなる?」

「ああ。昨夜の十字路の騒ぎはな、別の所属が受け継ぎ、捜査一課の管轄では無くなる。ワシらは関係なくなり、動けなくなるという訳だ」

「――――」

「仕方がない。ワシらはあれだけの署員を動員しておきながらも、犯人を確保出来なかったんだからの。戸木原をしょっぴいて尋問でも行いたかったんだが……まあ、あとは後続に任せるしかない。どんな連中が引き継ぐかは知らんがな」


 ……後続など、きっといない。昨日の一件は何者かによって肝心な部分はすべて揉み消されていた。だとすれば警察機関にも同様の圧力をかけ、すべてを抹消するつもりではないのだろうか。そして、それを芳田は知っている。そんな気がした。しかし――――    


「なんで俺なんですか? あなたと俺は初対面の筈です。そして、いま話したことは川原にすら話してないことでしょう。でなければ、川原をわざわざ避けて話す必要もありませんから。そんな重要なことをどうして?」

「やはり、鋭い洞察力を持っとるな……捜査一課に来んか? ワシが推薦してやるぞ」


 芳田は笑いながら、何度も肩をぽんぽんと叩いた。


「……簡単なことだ。お前さんは奈々恵嬢ちゃんにとっての騎士(ナイト)だからだ」

「え……ええ?」


 よく分からない芳田の答えに石和は困惑した。


「連れは他界、子供もいないワシにとって、奈々恵嬢ちゃんは大事な大事な宝なのだよ。ワシは嬢ちゃんのことを実の娘の様に想っている。戸木原淳が本当に危険きわまりない男だったとして、嬢ちゃんが同じ研究所で働いていることに不安を感じるのは当然なことだろう。事実を知り、万が一の為に護ってくれるものが必要だ。だから、お前さんに話した」

「だからといって、初対面の人間にそれを託すのは軽率な気がします」

「刑事とはヒトを『観察する』のが商売みたいなモノでな、長年やってると短い時間で、その人物を本質を見極められるようになる。初対面など関係ない。奈々恵嬢ちゃんからお前さんのことは色々聞いとるしの。お前さんの本質は理解したつもりだ」


 そう言って、芳田は石和の右手に何かをぎゅっと押し込んだ。手を開くと、千円札が二枚入っていた。


「ここの入場料だ。わざわざ来てもらったんだから、この位は払わんとな。取っておいてくれ」

 芳田は背を向けて、出口に向かって歩き出した。

「先に帰る。奈々恵の嬢ちゃんにはそう伝えといてくれ」

「あ……」

「お前さんが今日得た情報をどう使おうが、それは自由だ。公にしなければそれでいい。何かの行動を起こすのも、見て見ぬふりをするのも逃げるのもいいだろう。だが、そのときは奈々恵嬢ちゃんのことも気にかけてやってくれ……嬢ちゃんが危なくなった時は、助けてやってほしい。そして、ワシらが『使える状況』になったら、躊躇いなく呼んでくれ……ワシの願いはそれだけだ」


 石和はなにか言葉をかけようとしたが、芳田の姿はもう見えない。行ってしまった。

 右手に握らされた千円札二枚を見つめる。その合間には小さなメモ用紙が挟まれていた。


「……あのヒト、滅茶苦茶だな……」


メモの内容を見て石和は苦笑した。情報と道標を与えることで、自分が行えなくなった捜査をこちらに託したのだ。自分の大切な川原の護衛も付け加えて。本人の意志も関係なく、一方的に。とんでもない中年狸だった。


 このメモに書かれたことが何を意味するのか。書かれた文面では何を意味するのかは分からない。が、行ってみるしかないだろう。


「あれ……石和くん一人? 源叔父さんは?」


 入れ替わりに近い形で川原が戻ってきた。石和が一人なのを不思議に思い、きょろきょろと辺りを見回す。石和はメモとお札をポケットの中にねじ込み、答えた。


「先に帰る。そう伝えるように言われた」


 川原は目を丸くして、


「えええっ!? もう帰っちゃったの? 石和くんわざわざこんな所まで呼び出しておいて。それにあたし叔父さんの車で一緒に来たのに、帰りは一人で帰れってこと? 叔父さん、滅茶苦茶すぎるわよ、もう。信じられないわ」


 呆れ顔で額に手を当てる。


「叔父さん、昔っからああなのよ。ヒトを振り回すというか、かき乱すというか。しかもヒトの困った反応を見て楽しむクセがあるみたいだから、質が悪いのよねえ」


 ……それはお前も一緒だろう。反射的に突っ込みを入れそうになったが、堪える。かなりの似たもの同士だった。長く生きている分、芳田の方がヒトをからかうスキルは上の様だが。


「でも、なかなか面白い話が聞けたから、来た甲斐はあった。ありがとう、川原、助かったよ」


 川原は首を傾げた。


「? なんで石和くんが感謝するのかしら。お礼を言いたいのはこっちのほうなんだけど」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」

「???」


 不思議そうな顔を浮かべる。推測通り、芳田は川原には事情を話していないようだ。ならば、それでいい。こんな話を知っても、川原に不安と疑惑を植え付けるだけだ。だったら、なにも知らない方がいい。


「で、石和くん、もうこれで用事は終わりでしょう。せっかく水族館に来て、もう帰るってのもあまりにも勿体ないと思うし……良かったら一緒に回らない?」

「別に構わないぞ。川原も足が無くなったみたいだし、良ければ帰りも送っていこう」


 一方的な約束ではあるが、『川原を護ってくれ』と頼まれたのだ。送っていく位はしたほうがいいだろう。すると、川上が半眼でこちらを見ながら、口元に手を当て、


「ヤケに優しいわね。ひょっとして下心あり? 送り狼は勘弁してね?」

「あのな……」

「くすくす、冗談よ、冗談」


 いたずらっぽい笑顔を浮かべる川原。石和は大きく溜息をついた。


「じゃあ、少し見て回るか。どこから見ようか?」


 川原は中央に表示されているエリアマップを見ながら、口に手を当てる。


「う~ん、そうねえ……あ、第一エリアでアザラシのショーやってるみたい。みてみたいわ」

「了解だ。じゃあ、さっそく――――」


 と、その時、「お父さんっ!」と、快活な声と共に 小さな少年が石和の元に駆け寄ってきた。息子の勝義だった。石和の足にひし、としがみつく。石和は軽く眉を潜めた。


「こら。走ったら駄目だってこの前、注意しただろ。周りの人にぶつかって怪我でもさせたら、どうするんだ? お前も怪我するし、いいこと無いだろ」

「だって、お父さんに早く会いたかったんだもんっ! おとーさん、みてみて! さかないっぱいだよ、ホラホラ!」」


 まるで聞いていない。石和は頭を掻きながら、深く嘆息した。相変わらず、自分の言うことはあまり聞いてくれてないようだ。


「もう……勝義、一人で先に言っちゃ駄目だよ。危ないし、迷子になったらどうするつもり――――あ、武ちゃん」


 勝義の後を追って、ことみと千恵子がやってきた。乳母車に乗ったことみが周りの水槽を見ながらきゃっきゃっ、と笑い声を上げている。


「おお、来たか。随分と早かったな」

「うん、電車だとそんなに時間かからなかったし。武ちゃんの場所もGPSで位置を発信してくれたから、迷わずこれたよ。ありがと、武ちゃん。もう用事は終わったの……あ」


 隣にいる川原に気付いたのか、千恵子の言葉が途切れた。


「あ、あの石和くん……えっと、奥さん?」


 困惑気味な表情を浮かべて川原が聞いてくる。


「そういや、言ってなかったな。水族館に来る前、自宅に連絡したら、『僕もいきたい』って勝義のヤツが駄々をこねてな。とりあえずここで話を聞いたら、合流してみんなで水族館を見回ろうってことになったんだ。うちの子供たちは一回も水族館に来たことがなかったし、今日は平日で空いてると思ってな。まあ、家族サービスってヤツだ」


 苦笑しながら川原に事情を説明する。 


「あ、あの、妻の石和千恵子です。武ちゃ――――主人がいつもお世話になってます」


 辿々しい言葉で川原に挨拶し、ぺこりと頭を下げる。


「あ、ご丁寧にどうも。あ、あたしは石和くんと同じ第五研究所で働いている川原奈々恵です。可愛いお子さんですね」

「ど、どうも」

「…………」

「…………」


 それきり、二人ともじっと見つめ合い、沈黙する。


「……? どうしたんだ、二人とも」


 石和はきょとんとして、二人を交互に見る。千恵子は川原をじっと見たまま、石和の着ているスーツの裾をきゅっと握った。


「千恵子?」

「……タイミングが悪いなあ、もう……」


 川原は俯きながら小さな声でそう呟き、苦笑した。そして、


「ごめんなさい、石和くん。あたしやっぱり帰るわね。用事思い出しちゃった」


 と、言った。


「川原? いきなりどうしたんだ。せっかく来たんだから、一緒に回ろう。俺の家族と一緒だからって別に気兼ねする必要はないんだぞ」

「するわよ。家族水入らずでしょ? あたしは部外者なんだから。石和くんは家族サービスに専念しなさいって」

「だけど、帰りはどうするんだ?」

「まだ明るいから、平気よ。この時間なら例の犯人も出てこないんじゃないかしら。また明日から、お願いするわ。それじゃあね、あたしの騎士さん」


 言いながらくすくすと笑って、川原は出口に向かって歩きだした。


「なんだアイツ、変な気を使うことないのに」

「…………」

「千恵子もさっきから何なんだ? ひょっとして、人見知りしてるのか」


 言っておいて、『まさかな』と思った。千恵子は確かに人見知する性格だったが、それはあくまでも子供の頃のことだ。現在の千恵子は人当たりの柔らかい女性として、それなりに人望もある。千恵子は笑顔で首を左右に振った。


「ううん、何でもない……何でもないの。ごめんね、武ちゃん」

「おさかな~おさかな~」

「あ! あれあれ! テレビでみたことある! 『まんぼう』っていうんでしょう、ねぇ、おとうさん、おかあさん」


 ことみも勝義も上機嫌だった。石和は水槽に張り付いてる勝義のもとに歩み寄り、頭をわしゃわしゃかき混ぜながら、頷いた。


「ああ。大きいな。もっと大きいのになると3mぐらいのがいるらしいぞ」

「すごいなあ……おおきいなあ……」

「まんぼーまんぼー! きゃっきゃっ」

「そういや、あっちのほうにイルカがいたな。バンドイルカってヤツだ。千恵子、イルカとか好きだろう」

「うん、見てみたいかも。どっち?」


 家族四人で回る水族館は楽しかった。時折、今回の事件のことが脳裏に()ぎるが、すぐさま振り払う。いまは楽しむことだけ考えよう。石和はそう思いながら、陽が暮れるまで水族館で家族と共に過ごした。








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