1「バベル(混乱)の塔」
彼 天より降りる
エホバ 天をたれてくだりたもう
御足のもと暗きことはなはだし
エホバくだりて かの人々の建つる街と塔を見たまえり
いざ我らくだり
かしこにて彼らの言葉を乱し互いに言葉を通ずることを得ざらしめん
ゆえにその名は バベルと呼ばる。
禍なるかなバビロン そのもろもろの神の像は砕けて地に伏したり
旧約聖書 創世記 第十一章
少しずつ、少しずつ、少しずつ。
電流を流し、流し、流し、ナノマシンを与え、与え、与え、細胞を変質させてゆく。
『頭頂葉へナノマシン注入開始。精神レベル60㌫。汚染レベル0.2上昇。特殊能力スキル87……88……89まで上昇――――』
十六平方メートルほどある部屋だった。白い壁にクリーム色の床。飾り気のない無機質なベットに少女が横たわっている。まだ幼い子供で、年齢は五歳ぐらいだろうか。もっとも、この部屋の処置で五歳という年齢は年長の部類に入る。
未発達でないと意味がない。この研究は脳が完全に発達してからでは遅すぎるのだ。
少女は眠っている。眼は閉じていて、意識はない。全身麻酔が完全に効いている状態だ。
ヘルメットにも似た機械を、少女の頭頂部から目元までをすっぽりと覆っている。そこから剥き出しとなった無数のコードとチューブが長々と伸びており、ベットから壁に繋がっている。
『精神レベル62%――特殊能力スキル……92を超えました。す、すごい……ここまで高レベルで覚醒した能力者は初めてです』
『力の種類は……変換憑依か。ナノマシンと電子チップを埋め込めば、自分の意志であらゆる電子機器に干渉することが出来るようになる。いや…ここまでのレベルになると自分の意識を量子データに変換することも可能だ。大型コンピュータに直結させて、彼女を観測者に仕立て上げれば、仮想空間の構築も現実のものになるかもしれない』
『……適正値はどうなんだ?』
『門としての適正値ですか? こちらは……あまり芳しくはないですねえ。64,5%。0.3上昇しただけです。初期適正値としてはかなり高い方だったんですけどね。仕方ないので、能力者としてのスキルを伸ばした方が――――』
『ナノマシンを注入しろ。今度はレベル2でだ』
『え?』
『聞こえなかったのか。レベル2だ』
『む、無茶です! 精神レベルが六十を超えてるんですよ? これ以上汚染レベルが上がれば、人格に障害が発生する可能性があります! 下手をすれば命だって――――』
『そ、そうですよ! せっかく能力者としてのスキルが高レベルで覚醒したのに。いいじゃないですか。今回は諦めて、次の素体に期待すれば』
『勘違いするな。現在、欲しているのは能力者ではない、門の適格者だ。戸木原博士からも言われているだろう。出来るだけ急いでほしいと』
『…………』
『私は戸木原博士の期待に応えたい。報いたいのだ。その為には多少の無茶もやむを得まい』
『し、しかし!』
『心配するな。この子は孤児で、両親はいない。万が一の事態が起きたとしても、いつものようなトラブルは起きん。これ以上は言わんぞ。レベル2だ。始めろ』
『りょ、了解』
少しずつ、少しずつ、少しずつ。
電流を流し、流し、流し、ナノマシンを与え、与え、与え、細胞を変質させてゆく。
回路を開く。それはヒトの脳に眠る未知の回路。それを探り、無理矢理道を造って繋ぐ。 代償は欠落した人格か。破損した肉体か。代償の代わりに得たものは?
――――適正値は何㌫?