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混沌のアルファ・リニューアル版  作者: 高田ねお
第二段階『紅い眼、赤い炎』
16/64

7「捕獲」




 「はっ……はっ……はっ……はっ……!」


 夜の繁華街の中、少女は全力で駆けずり回っていた。人気のまったくない狭い路地を闇雲に走る、走る、走る。遠くから聞こえてくる車の走行音や人のざわめきが遠くの出来事であるような錯覚を受ける。ここは外の世界から、隔離された黒の世界だ。繁華街に隣接した位置にあるのにも関わらず、外の世界に戻るのは困難に感じる。


 呼吸は乱れに乱れ、脇腹がずきずきと痛む。凍えるような冷気が辺り一面に漂っているのにも関わらず、少女の身体は大量の汗で濡れていた。


 少女は望むモノは一つ。現実世界への帰還。恐怖の感情に刈られ、必死に外の世界への帰還を強く強く渇望した。


 こんなはずではなかった。こんな状況に遭遇するなんて、想像すらしていなかった。自分はただ、ほんの少しの刺激がほしかっただけだったのに。


 どうしてこんなことになったのだろう。

 少女がこの人気のない路地裏に来た目的はドラッグだった。


 常用性の少ない、ちょっとした興奮剤のようなもので、退屈な日常にほんの少しでいい、刺激がほしいが為に今まで幾度かに渡って、購入し、使用していた。


 使用していたと言っても、常用制のない軽いものだけだ。流石に巷で流行っている『クラックボール』などには決して手を出さず、遊びで出来る効果のモノを選び、それを常用していた。違法には変わりないが、常用制のものに手を出して、人生を破滅に追い込むほどの節操なしではない。少女はそう思っていた。非日常なものにほんのわずかだけ入り込み、すぐまた平穏な日常に戻る。その行き来をスリルとして楽しんでいただけかもしてない。


 その日の夜、少女は興奮剤のストックが無くなったので、少女はいつも売人がいる路地裏へ向かった。その売人は気さくな性格の若い女性で、自分の話や愚痴をよく聞いてくれたので、少女のお気に入りの場所だった。


 『アンタらクスリなんて、ろくなモンじゃないからね。やるにしても適度な量にとどめときな。常用制のあるヤツは色々な意味で『戻ってこれなくなる』よ。アンタらはまだ若いんだ。現実世界から『クスリの国』へ逃げるにはまだちと早いだろ。まあ、それでも欲しいってんなら、あたしゃ止めないよ。金を払ってもらえば、ブツは売る。けどね、一応忠告はしたよ。あとはアンタらがどう受け取るか次第だからね』


 クスリの売人などという黒い商売をやっているのにも関わらず、そんな説教を咬ます矛盾した売人。少女は売人のそのアンバランスさを気に入っていた。冷たく突き放した話し方をする割には、きっちりこちら話を聞いてくれて、相談に乗ってくれる。少女はそんな売人のことが好きだった。今日もクスリの購入の他、軽く話でもしようかと思いながら、少女は売人がいつもいる路地裏の奥へとたどり着いた。


 そこは非日常への入り口。ここに居るときだけ退廃した日常を忘れ、刺激を得ることが出来る。自分の飢えを満たしてくれる大切な場所。そこはそんな聖域だったのだ。


 しかし、その日。少女が訪れたときにはその聖域は侵されていた。自分の渇望した非現実的な日常よりも、更に強い非現実によって。強い非現実は高確率で『毒』となる。そして、戻ってこれなくなる。少女はその日、それを己の身を持って知る羽目になった。


 「え――――?」


 その光景を見た刹那、少女の意識は冷たく凍り付いた。いつもの売人が――――死んでいた。売人は狩人の標的となり。獲物として、仕留められていた。


 狩人である『ソレ』は獲物の解体作業を行っている真っ最中だった。

 売人の首に大きな傷があり、そこから血が垂れ流しになっている。顔は苦悶と恐怖の感情が宿したまま、そこで時間が止まったように固まり、身体をびくんびくんと震わせている。仰向けに倒れ、上半身の服はビリビリに切り刻まれていた。


 そんな売人の足に『ソレ』は跨り、『その行為』を楽しんでいた。


  びちゃびちゃ。ぐしゃぐしゃ。びちゃびちゃ。ぐしゃぐしゃ。


 売人の腹は十文字に切り割かれ、ぱっくりと開いていた。大量の血が吹き出し、中に詰まっていた臓器があちこちにこぼれ落ちている。そんな売人の腹部に両手を交互に突っ込み、臓器を弄んでいた。


  びちゃびちゃ。ぐしゃぐしゃ。びちゃびちゃ。ぐしゃぐしゃ。


 血しぶきと、ちぎれたピンク色の腸がゆらゆらと、踊る、踊る、踊る。


 「う……げ、ええっ!」


 目の前で起こるその狂気に満ちた遊戯と凄惨なその有様に耐えきれず、少女は口を押さえながら、嘔吐した。手が吐捨物にまみれ、手から溢れ出て地面にこぼれ落ちる。胃酸が喉を焼き、激痛に少女はぽたぽたと涙をこぼした。


 錯乱した頭の中で少女は最近、この街で噂になっている事件を思い出していた。


 若い女性だけを標的にした殺人。身体を鋭いナイフで切り刻み、その肉体の中身すら弄ぶ猟奇殺人。

 『切り裂きジャックの再来』と呼ばれている事件が連続で発生しているという、そんな噂。


 まさか、噂が本当だったなんて。まさか、それに自分が遭遇するなんて。あり得ない。あり得ない。あり得ない。


 「ありえ……な、い……」


 掠れた声で、つぶやく。それとほぼ同時だった。売人の遺体を弄ぶ『ソレ』の動きがぴたり、止まった。こちらに気づいたのか、それとも端から気づいていて、自分の遊戯を少女に見せ付けていたのか。快楽に歪んだ『ソレ』の瞳がゆっくりと少女の視線と絡み合った。


 少女の見た『ソレ』の眼は。少女が知るヒトの眼と大きくかけ離れていた。その眼球は不気味な程に鮮やかな真紅色をしており、その質感は真紅の石――――ルビーを彷彿させた。『ソレ』の口元がにぃ、と歪み、ゆらりとした動きで立ち上がった。


 「ひっ……!」


 ねっとりとした『ソレ』の視線におぞましい悪寒が駆け抜け、短い悲鳴を上げた。次の標的として、認識された。狩猟の標的とされた。それを本能的に察した少女は踵を返して、走り出した。


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 息を切らし、歯をがちがちと鳴らして、路地裏の出口を目指して、駆ける。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。怖い、怖い、怖い。死にたくない、死にたくない、死にたくない。誰か助けて。お願い、誰か、誰か、誰か!


 初めて味わう死の恐怖。頭の中は真っ白に染まり、足はがくがくと震えて、力が入らない。それでも足は止めない。自分は逃げなければならない。どんなことをしても。自分の命を守るために。異質な恐怖から逃れる為に。


 だが、その行為は無意味だった。狩猟者と獲物。獲物は狩られるものだ。そして、『ソレ』の身体能力は獲物を狩るのに十分な身体能力を保持していた。


『ソレ』は動いた。疾風のような速さで駆け、跳躍し、必死に逃げまどう少女に『ソレ』は己の牙である()()()を一閃させた。その一連の動きにはまったく無駄がなく、華麗な踊りを見せられているようだ。


 ああ、綺麗だな。


 ――――そんな場違いなことを、少女は思った。

 そして、それが少女が頭の中に思い描いた最後の言葉となった。


 「あ」


 ぱくり、と切り裂かれた少女の首筋から、血が噴き出した。首の頸動脈を切断されたのだ。まるで蛇口が壊れた水道のような勢いで。辺り一面を血で濡らし、『ソレ』を、地面を、路地を挟む双方のブロック壁を真っ赤に染め上げていった。少女の意識はそこで途切れた。


 

 ――――さて、おかわりを頂こう。

 少女の身体を腹に肉のナイフを突き立てる。思い切り突き立てた『ソレ』の腕に何とも言えない感触が走る。


 快感。柔らかい肉に刃を沈め、不可侵だった体内を浸食する感動。


 なんて心地よい感触なんだろう。そのまま腹を十文字に切り裂き、両手を腹の中に突っ込んだ。暖かい臓器の感覚が、たまらない。『ソレ』は楽しそうな笑顔を浮かべて、腸をぶちぶちと引きちぎり、少女の腹を蹂躙し始めた。


 『ココごコレだ、コレ。コれがほシかったんだ。ああ、あアあ、いイイイい、いいよ、いいよ、さいこおニいい……っ! しあわセだっ…なんて、こおこコチいいいいんだろう…っ! さあハヤくアレをやろう、やろう、ヤロうやろウ! アレをスレバもっともっとシあわぜにナレるんだ! ああ、はは、いやハハハハハははははあははははははははははははハハはははハハハはあ――――っ!!』


 至高の快感が『ソレ』の身体中に駆け抜け、雄叫びを上げた。やがて、少女の腹の中から、蒼白い光が広がり、中の臓器がばちゃっ、と弾けて、辺り一面に四散した。顔面に降りかかった血を『ソレ』は下を伸ばして、口一面をなめ回し、恍惚の表情を浮かべた。












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