4「実験再開」
それから、十日後。
第八実験室では瞬間物質転送装置の稼働準備が進められていた。四人のオペレーター達がパネルを操作し、段階を践んで、量子分解と再構築ができる状態までもってゆく。オペレーターの後ろには、戸木原淳、川上弘幸、佐々木勇二郎、川原奈々恵、石和武士、と、研究主任五名が立ち並び、実験を見守っている。
ガラス越しに見える奥の部屋には瞬間物質転送装置が置かれており、受信機と送信機が鈍い唸りをあげている。左側にある送信機カプセルの中には前回と同じく、実験体であるニホンザルとひとかたまりの肉片が置かれている。
見た目は確かに同じだが、その二つの素体には適応するために様々な改良が施されている。
α細胞の浸食を遅延させるナノマシンを注入したアルファの肉片。
遺伝子操作と『水の水晶を用いて、造られた特殊な細胞――『柔らかい細胞』。
これらを作成する過程でいくつかのトラブルが発生はしたものの、なんとか完成にこぎ着けることができた。今日はこれらの素体を使い、再実験を行う。現在、出来ることはすべて行ったつもりだ。
前回の実験を元にシュミュレーションを行ったが、何の問題もなかった。あとはモニター上での成功を現実のものするだけだ。
α細胞とβ細胞。本当にこれら二つの細胞を綺麗に融合し、Dー計画の核となる統一体――『鍵』を造ることができるのだろうか。
……いや、出来る。出来るに決まっている。必ず、ふたつの細胞を融合させ、統一体を完成させてみせる。
不安と期待が渦巻く胸中の霧を振り払い、石和は正面に見える瞬間物質転送装置の送信カプセルに目を据えた。放電現象が起こり、カプセル内が青白い光に包まれていく。
「最終確認、コンプリート。転送いけます」
オペレーターの言葉に佐々木は石和の目を見た。言葉はなかった。石和はかすかに微笑んで、深々と頷いた。佐々木が頷き返し、再び正面に目を向けて、『実行』の合図を口にした。
「量子分解アンカー起動。量子分解開始!」
カプセルから青白い光が溢れだし、石和の視界がその光の浸食され、視界が青一色に染まる。転送時に発生する発光現象。眉間に皺を寄せながら、石和は目を細め、量子分解されゆくニホンザルとα細胞の成りゆきを見守った。
――――そうして、再実験は始まった。