第二話 モーニング・セット(苺のミニタルト付き)
翌日。
出社した際、上司が心配げな目を向けて来たので、灯里は笑顔で挨拶をして仕事を始めた。
(それにしても、夢みたいだったな……)
甘い焼き菓子の匂いに誘われて迷い込んだカフェ。
箱庭のような美しいイングリッシュガーデン。
流暢な日本語で話す緑色の目のマダム。
美味しいフィナンシェとロイヤルミルクティー。
(現実逃避した私の幻覚……じゃないよね?)
急に不安になる灯里。
明日は休みだ。行って確かめようと心に誓い、仕事に集中するのだった。
*****
「休日に早く起きるの、久しぶりだなー!」
普段はダラダラ夜更かしをしてしまい、昼くらいまで寝ているのだが、あのカフェに行くために早寝早起きしたのだ。
身支度を整えた灯里は、カフェに向かった。
「よかった、ちゃんと実在してる……!」
今日はテラスから入らないよう、カフェの前にやって来た灯里は思わず呟いた。
白い漆喰の壁、木製の窓枠は淡いミントグリーン。
ナチュラルで落ち着いた外観のカフェだ。
隣接した店舗はパティスリー。
どちらも店の名前は同じ。
"Soleil vert"ーーソレイユ・ヴェールーーと書かれている。
(なるほど、パティスリーの併設カフェだったのね。後で覗いてみよう。まずは……)
まだ朝食を食べてない灯里はお腹を撫でながら、店の前にあるメニューボードを読む。
(モーニングやってる!)
店内に入ると、銀髪に緑色の目のマダムが顔を出した。
「いらっしゃい。空いているお席にどうぞ」
テラス席はどうやら先客がいるようなので、灯里は店内の隅の席に座った。
一人~二人掛けのテーブルだけだからか、うるさすぎず静かすぎず、心地いい。
(美味しいし雰囲気も良いし、素敵なカフェだなぁ)
灯里はメニュー表を開く。
お目当てのモーニングセットは、トースト・ウィンナー・目玉焼き・サラダ・コーヒーor 紅茶・デザート。
注文を取りに来たマダムに「モーニングセットをお願いします。飲み物はコーヒーで」と伝えた。
「デザートは食後かしら?」
「はい、お願いします」
ほどなくして、トレイを持ったマダムがやって来た。
「わぁ……」
並べられた料理を見て、小さく感嘆の声を上げる灯里。
手を合わせて心の中でいただきますと呟いた後、ナイフとフォークを持った。
バターがたっぷり染み込んだきつね色のトーストに、半熟の目玉焼きを乗せて一緒に食べるとたまらない。
粒マスタードとケチャップがかかったウィンナーはぷりぷりで、噛むと口の中で弾けて肉汁が溢れ出す。
ミニトマトときゅうりとサニーレタスのサラダは新鮮で瑞々しい。
ドレッシングはレモンとビネガーが効いており、口内がさっぱりとした。
(全部、美味しすぎる~~)
あっという間に平らげて、コーヒーを飲んで一息つく。
(デザートはミニタルトだっけ。楽しみだな)
ーーその頃、厨房では。
「翡翠!私はテラス席の方に行くから、D席のお客様に食後のミニタルト持っていってちょうだい」
マダムはそう言うと、両手に料理を持って厨房から出て行った。
「ローズ叔母さん、俺はホールに出るわけにはーー」
ソレイユ・ヴェールのパティシエ、翡翠の言葉は叔母のローズに届かなかった。
もうテラスに出てしまったようで、返事がない。
(お客さんを待たせるわけに行かない……仕方ない)
翡翠はマスクをして、デザートを乗せたトレイを持ってD席に向かう。
そこに座っているのは、灯里。
「お待たせいたしました、デザートの苺のミニタルトでございます」
翡翠は説明をしながら、空になったお皿を下げてデザートの皿を置く。
(あれっ若い男の人の声?あのマダムじゃない)
灯里は顔を上げて翡翠を見たが、すぐ置かれたスィーツに目が釘付けになる。
「わぁ、かわいくて美味しそう……!」
少し小さめの丸いタルトカップにピンク色のクリームと白い生クリーム、その上に真っ赤な苺が乗っている。
「いただきます」
ピンク色のクリームは苺が練り込まれており、甘酸っぱい。
生クリームはコクがあって美味しい。
苺は瑞々しく、果汁は爽やかな甘さだ。タルト生地はサクッと香ばしい。
全てのバランスが完璧だと灯里は思った。
(おいしかった~~!モーニングセットがボリュームあったから、デザートが入るか少し心配だったけど、小さめで丁度良かったな。満足感がすごい。ちゃんと計算されてるんだろうな。次は通常サイズを頼もうって気になっちゃう)
コーヒーを飲み終えた灯里は、レジに向かった。
マダムーーローズに支払いを済ませる。
「モーニングも美味しかったです!また来ます!」
「ええ、ぜひ」
笑顔でローズと話す灯里を、厨房からそっと見つめる翡翠。
(初めてだ、俺の顔よりお菓子を見ていた女性は)
続く




