57句 明快な沛然
「みんな、おはよう。今日は特務部隊について、理解を深めてもらいたいと思う」
書斎に集まった7人を前に、旭が議題を提示した。
晩餐会まで、そう時間もない。
詰め込み式になってしまうが、致し方ないだろう。
「特務部隊が対吸血鬼討伐部隊であることは、公にされていないんですよね?」
「うん、そうだよぼたん。だからこそ厄介なんだ。四門のパートナーである4人も、間違いなく探られるだろうから覚悟するように」
「そうは言っても、何を覚悟すればいいのかしら」
旭の言葉に、和が茶々を入れた。
「僕たち兄妹は総司令の孫、つまり奴らからすれば情報の宝庫さ。何をしている組織なのか、そういったところが1番気になるだろうからね。和なら、そういう会話も上手く躱せるだろう?」
「もちろん、そんなのは簡単よ。ねぇ、私のお客さんにするのはいいのよね?」
「一体、何をする気なんだい……?」
我が妹ながら、こういう強かなところが恐ろしい。
そして、異様に口が回るから手に負えない……。
「何もしないわ。お金にするだけよ」
「お前、絶対あいつらの前で金って言うなよ?」
「あら、失礼ね。朔夜くんまでそういうこと言うんだから」
「お前なら言いかねないだろが……」
朔夜の言葉が納得いかないのか、和は頬を膨らませ、むすっとしていた。
「お兄様! 私は何をすればよろしいのですか?」
「憩は千歳と一緒にいてくれればいいんだよ」
「お姉様みたいに、私にお役目はないのですか?」
憩の気持ちは尊重したいが、正直躊躇してしまう。
社交界に慣れていないこの子に、あの世界は汚すぎる。
「いこには大事な役目があるぞ」
「本当!? 何? 何!? 教えて朔夜!!」
旭の気持ちを知ってか知らずか、朔夜が会話を引き継いだ。
「奴らに何か聞かれたら、みんな大好きって答えるのがいこの役目だ」
「それだけでいいの?」
「それだけだと思うだろ? でも、お前にしかできないんだよ」
「本当に?」
「あぁ。嘘だと思うなら、旭や寒凪に聞いてみろ」
憩は隣に座っている千歳の目を見つめた。
「千歳さん、本当?」
「……うん。憩にしかできないよ」
……杣さん、さすがだな。
憩の役に立ちたいって気持ちを無碍にせず、そして本当に憩にしかできない役割を与える。
やっぱり、過ごしてきた時間の長さは埋まらない……。
「へえー! 杣がそんなこと言うなんて意外だなー!! あんなに憩が潜入するの嫌がってたのによ」
「うるせぇな。全員で行くのは決まってんだから仕方ねぇだろ。それに、寒凪が側にいれば大丈夫だろうしな」
「……え?」
「だから、いつまでもくだらないことで悩んでんじゃねぇよ。んな暇あんなら、死ぬ気でいこを護りやがれ。わかったな」
「……はい。絶対護ります」
……憩が杣さんを慕うのもわかる。
伝え方は下手だけど、すごく優しいんだ。
「お兄様! 本当に私にしかできないお役目ですか?」
「うん、そうだよ。白銀のみんなや、特務部隊を護る大切な役目だ。大変かもしれないけれど、お願いしてもいいかい?」
「はい! 頑張ります!!」
「漣さんすごいね! 憩ちゃんもお役目あるんだって!」
「夕梨にもあるぜ! 俺の側から離れないこと!」
「わかった! 絶対離れないね!」
漣が夕梨の肩を抱き、嬉しそうに見つめ合っている。
目の前でいちゃつく2人を、朔夜が冷視していた。
「バカだろこいつら」
「あら、朔夜くんは私に言ってくれないのかしら?」
「あ? 何を」
「俺から離れるな! って言ってくれないのかしら」
「言うわけねぇだろ」
「まぁ、ひどい人。でもいいのよ、私がずーっと離れないから!」
「そう言うのがわかってっから言わねぇんだよ」
「嬉しい! 私たちも両想いね!」
「お前、まじでいい加減にしろよ!」
ギャイギャイと、いつもの如く皆が騒ぎ始めた。
「はいはい、静かにね。じゃあ次は四門について説明するよ」
「はあ!? まだやんのかよ!?」
「全く進んでねぇだろが」
「……細小波さんも四門なのに」
全くやる気のない漣に、朔夜と千歳がつっこむ。
これでも飽きっぽい彼にしては、頑張っている方だ。
「そっか! 漣さんも四門なんだよね!」
「ん……? ああ、そうだぜ。一応な」
「すごいね! 四門って何する人なの?」
「なんだ夕梨、気になるのか?」
「うん! 漣さんのこと知りたいから」
「おいおい、マジかよ!? やる気出てきたぜ!!」
夕梨の援護により、突っ伏していた漣が復活した。
「バカだな」
「……驚くほど単純」
「うるせえ!! いいじゃねえかよ!!」
「はいはい、喧嘩しないよ。じゃあ、四門の説明に入ろうか」
旭の視線が憩へと向いた。
「憩、四門の紹介をしてくれるかい? 自分を紹介するのは、少し恥ずかしいからね」
「わかりました! お任せください!」
憩は立ち上がると旭の横に並び、得意げにムン! と胸を張った。
「じゃあ憩、次は千歳の紹介を頼んだよ」
「はい! お任せください!」
東門の旭、西門の朔夜の紹介が終わり、お次は千歳の順番だ。
憩の隣に立つと、ニコニコと嬉しそうに微笑んでいる。
「……よろしくね、憩」
「うん! 千歳さんのいいところ、たくさん紹介するね!」
……いや、そういう場ではないんだけど。
まぁ、いいか。憩が嬉しそうだと、僕も嬉しい。
大きく深呼吸をすると、憩は口を開いた。
「こちらは、北門の掃除屋・寒凪 千歳さんです! 使用武器は純銀製のチェインで、千歳さんは頭がとってもいいんです。管轄領土は北領で、冬が長くて厳しい所だとお話してくれました。千歳さんは優しくて、お話するのが楽しくて、とってもあたたかい、春みたいな人なんです! それから、本を3冊贈りあったのですが、その内の1冊が同じ漢詩集で――」
「……ストップ、それぐらいでいいよ」
これ以上話されては、思い出も何もかも公開されてしまう。
僕だけしか知らない憩を、他の人に知られたくない。
そんな気持ちを知らぬこの子は、不思議そうな顔で僕を見上げていた。
「そうなの? まだ同じ句を選んだことと、博物館に行って埴輪見たこと言ってないよ?」
「……うん、言わなくていいんだよ。全部教えたら、2人だけの秘密がなくなっちゃうでしょ?」
「2人だけの秘密……」
「……うん。僕は嫌だな」
「そうだね……。手繋いだの、秘密にしたいもんね!」
「手!? て、手繋いだのかい!?」
旭の声は、動揺のあまり裏返っていた。
千歳はその様子を見て、小さくため息を吐く。
……言っちゃったよ。
でも、これは僕からきちんと旭さんに伝えておくべきことだ。
「……博物館で、憩と手を繋ぎました。これからもそういうことはあると思います。絶対に憩のことを尊重すると約束します。ですので、お許しいただけないでしょうか」
真っ直ぐに誠意を示された旭は、千歳を見据えながら言葉を返す。
「千歳は憩が選んだ相手だ。尊重してくれるのなら咎めはしないよ。ただし、憩を傷付けたり、意に反して無理やり事を進めるようなことがあれば、僕たちは絶対に千歳のことを許さない」
「……わかりました。ありがとうございます」
「まぁ、千歳なら心配はいらないだろうけれどね」
「それでもこうして、きちんと宣言してくれると安心よねぇ」
……よかった。とりあえず、旭さんと和さんから許可を得られた。
いつも通りの穏やかな表情を浮かべる2人に、千歳はホッと息を吐いた。
「じゃあ最後に、漣の紹介をお願いね」
「はい! かしこまりました!」
憩が駆け寄ると、漣が立ち上がった。
「こちらは、南門の色男・細小波 漣様です。使用武器は純銀製のハンドガンで、遠・中距離での戦闘を得意とされています。管轄領土は南領で、お兄様と同期です。漣様は昔からとても優しくて、楽しい方です!」
最後の四門の説明が終わると、書斎に拍手が響き渡った。
「憩、ありがとな! 優しくて楽しいか!!」
「はい! 漣様はとても優しくて、楽しい方です!」
「そうかそうか!! 嬉しいなー!!」
わしゃわしゃ、と憩の頭を撫でる。
俺にとっても、お前は昔からずっとかわいい女の子だよ。
「……ちょっと、触らないでよ」
「あ、悪い……、つい癖でよ……」
「……憩、ちょっとこっち来て」
千歳に呼ばれ、憩は側へと駆け寄った。
「どうしたの?」
「……ダメだよ、他の人に触らせたら」
千歳は、漣が触れたところを上書きするかのように、わしゃわしゃ、と憩の頭を優しく撫でた。
「……うん、これで大丈夫」
「あ、あの……、千歳さん……」
「……うん? どうしたの?」
「えっと、ありがとう。頭、撫でてくれて……」
「……どういたしまして」
……かわいい。顔、真っ赤になってる。
細小波さんに撫でられたときは普通だったのに。
僕のこと、意識してくれてるんだ。嬉しい……。
「ったく、俺らは何を見せられてるんだ……」
「いいじゃない! 憩ちゃん嬉しそうだもの」
「漣さんは簡単に憩ちゃんに触りすぎ!! 次やったら本当に怒るよ!! 私もいるし、憩ちゃんには寒凪さんがいるの!!」
「ご、ごめんて夕梨……、もうやらねえからさ……」
「憩さん、かわいいですね」
「うん、相手が千歳じゃなかったら消してたけどね」
旭のにこやかな一言に、漣の背筋が凍った。
「あ! 雨が降ってきましたね」
憩の一言で、全員の視線が窓の外へ向く。
あれ……? 今日って、たしか――。
――今日は1日中、過ごしやすいお天気です。雨の気配は全く感じられません。それでは皆様、よい1日をお過ごしください。




