42句 春闇
「あいつらが言ってた橋って、あれですかね?」
「そうだろうね。身を隠せそうな場所を探そう」
一方、旭と朔夜は、取引が行われる橋へと来ていた。
「あの木の陰とかどうですか?」
「全体が見渡せるし、いい場所だ。さすがだよ」
「ありがとうございます」
「後は、奴らが来るのを待つだけだね」
「はい。まだ少し時間がありますけど」
まさか、寒凪を女装させるとは思わなかった。
誰かを囮に使うなんて、旭が1番嫌いな作戦だ。
それでもこの作戦を決行するのは、旭の中でこれ以上にいい案がないからだ。
「意外な作戦だ、って思ったかい?」
「まぁ、正直……。でも、合理的だと思います」
「合理的、か。
本当に千歳には、申し訳ないと思っているよ」
「大丈夫ですよ、寒凪なら。
それに、旭がいこに言ったんじゃないですか。
寒凪のことを信じられないのか、って」
正直、寒凪が羨ましかった。
あんなに取り乱してるいこを初めて見たから。
俺が囮でも、同じように泣いてくれただろうか。
「そうだね。千歳なら、必ず上手くやってくれる」
「それにあの寒凪ですよ? 簡単にはやられません」
18で北門をやっているだけあって、寒凪は強い。
非力な方だが、強敵でなければ問題なく殺れる。
それに、旭と同じく頭も回る奴だ。
「うん。朔夜の言う通りだね。
僕たちは、僕たちのやるべきことをやろう」
「はい。あ、来ましたよ」
先に橋の上に姿を現したのは、常連客の2人だ。
まだ、使いの方とやらは来ていない。
「現れますかね……」
「きっと来るさ。あ、あれじゃないかい?」
橋の向こう側から、男が2人歩いてくる。
随分と身なりの整った男たちだ。
「旭、あれって……」
「うん。間違いないだろう」
あの男たちは眷属だ。
つまり、主と言うのは……。
「やはり、吸血鬼か。
そうでなければ、店主から直接情報を買えばいいからね」
「特務部隊の動きを、警戒してるってことですよね」
「以前、憩が神子の力で見つけた眷属の親かもしれない。
それなら、僕たちの動きを警戒していてもおかしくはない」
「バレても、消されるのは自分ではなく眷属だと」
「今回の相手は、随分と頭の回る吸血鬼かもしれないよ」
強敵かもしれない。
そんな緊張を抱えたまま、2人は取引を見張っていた。
「閉店の時間だなー」
「そう、ですね……」
「……憩、僕は大丈夫だから。
そんな不安そうな顔しないで?」
「うん……」
カフェーで待機していた3人も、まもなく作戦決行のために動き出そうとしていた。
「憩、ほら店出るぞ」
「あと、あと少しだけダメですか?」
「俺らも身を隠さないといけないからさ……」
「でも、あと少しだけ……」
今にも泣き出しそうな憩に、漣も強く言えずにいた。
刻一刻と、時間はすぎていく。
このままでは、使いが来てしまう。
「……憩、早く行って」
「でも……!!」
「……お願い、細小波さん。
憩を連れて、早くここから出ていって」
このままここにいたら危ないんだ。
相手はおそらく、眷属なんだから。
「任せろ!! 憩、行くぞ!!」
「嫌だ!!」
「嫌でも行くんだよ!!」
一向に動こうとしない憩を、漣が抱え上げる。
「漣様!! 下ろしてください!!」
「悪いけど、今は下ろせねえの!!」
「嫌っ!! 下ろして!! 千歳さん!!」
「……憩、大丈夫だから。またあとでね」
「千歳さん!!」
漣に抱えられ連れ出される憩の姿を、千歳は静かに見送っていた。
「千歳さん……」
「ごめんな、憩……」
「いえ、申し訳ございませんでした……」
「いや、仕方ねえよ。不安だもんな……」
憩はゴシゴシと目元を袖口で擦る。
カフェーの外に出た2人は、入口が見える位置に身を隠していた。
「私、作戦の邪魔をしてしまうところでした……」
「そんなこと気にすんなって!
それに、邪魔したわけじゃねえんだからさ!」
憩がこうなるのも仕方ない。
むしろ、笑顔で送り出す方が怖えよ。
もし、もう会えなかったらとか、色々考えちまうよな。
「寒凪なら、大丈夫だよ。
それに、なんか合言葉あんだろ?」
「合言葉?」
「同じ句? だっけ?」
「あ、隣君如春陽(隣の君は春陽の如し)ですか?」
「そうそう! それがあれば大丈夫なんじゃねえの?
お前ら2人の、お守りみたいなもんじゃん? その言葉」
俺にはその句だかなんだかはよくわかんねえけど、2人がその言葉を大切にしてることくらいはわかる。
杣には悪いけど、この2人には2人だけの世界がある。
俺はそれを壊そうなんて、そんなことは考えられねえよ。
「お守り……。そうですね!
一緒に頑張る。そう、約束したんですから」
「うん、そうだぞー! 俺とも一緒に頑張ろうな!」
「はい! 漣様とも頑張ります」
なんとか切り替え、任務に集中しようとしている憩の頭を漣はわしゃわしゃと撫でる。
「よし、いい子だ!
いいか? もし、力が発動したら教えろよ?
隊服引っ張るとか、腕引っ張るとか、なんでもいいからな?」
「はい、わかりました」
2人が身を隠してからしばらくすると、身なりの整った2人の男たちがカフェーへと近づいてきた。
「お、あいつらじゃねえか?」
なーんか、眷属っぽくねえ?
あいつら大抵、いい服着てんだよ。
無駄にいい格好してて、腹立つんだよなー。
男たちを見ていると、クイッと隊服の袖が引かれる。
「憩、どうした?」
顔を覗き込むと、憩の金色の瞳が緋色に変わっていた。
「やっぱりそうかよ……」
そのまま眷属たちは店へ入っていく。
そして数分も経たない内に、千歳を抱えて外へと出てきた。
「よし、寒凪が拐かされた。憩、大丈夫か?」
瞳は変わらず緋色のままだが、声は聞こえているようだ。
コクコクと首を縦に振って頷いている。
「声は出せるか?」
ブンブンと首を横に振られた。
「そうか。寒凪を追わなきゃなんねえ。歩けるか?」
また、ブンブンと首を横に振られた。
やっぱり、体力の消耗が激しい力なんだな……。
こんな力、使わないで済むならその方がいいのによ……。
「わかった。悪いけど背負うからな!」
返事を待たずに憩を背負うと、千歳の後を追った。
「……憩」
また、泣かせてしまった。
もっと上手くできたんじゃないか?
憩を傷付けてしまったかもしれない。
「……ダメだ。任務に集中しろ」
そう、今は任務中だ。
僕が上手く拐かされないと、計画が狂ってしまう。
ゆりさんを助けるためにも、しっかりやらないと。
憩も頑張ってる。僕も頑張らないと。
「……隣君如春陽」
カランカラン
扉についた鈴の音が鳴り響く。
……来たか。
整った身なりをしているが、予想通り眷属だ。
それにしても、擬態が下手くそな奴らだな。
憩に力を使ってもらわなくても、すぐにわかるレベルだ。
『お前、一緒に来てもらう』
『我が主の元、連れていく』
随分と言葉も下手くそだ。
「……今までの女の子たちは?」
『お前、一緒に来てもらう』
『我が主の元、連れていく』
会話にならない。
これじゃ、店主から直接買えないわけだ。
眷属には、自我はあるが自由意志はない。
つまり、罪の意識を感じていても、親である吸血鬼の指示には背けない。
でも、ここまで自由意志のない奴らは初めてだ。
話すことさえも許されない。徹底して、管理されている。
「……これは、意外と手強いかもね」
千歳はそのまま大人しく、眷属たちによって拐かされた。
「憩、大丈夫か?」
「漣様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「お! 声出るようになったか!
迷惑なんかじゃねえから、大人しく乗ってろよー」
「はい、ありがとうございます……」
いつもより声に元気もねえ。
力を使うの、よっぽど疲れるんだろう。
「どっか痛えとこあるか?」
「少し頭が痛いです……」
「頭だな。他には?」
「身体がすごくだるいです……」
「わかった、教えてくれてありがとな!
無理しねえで、眠かったら寝ていいからな?」
「いえ、千歳さんも頑張っているので頑張ります……」
「そうか、無理だけはすんなよ!」
「はい……」
あの眷属、擬態下手だったなあ。
見破れてたんだから、力使わせなければよかったよな……。
あ、でも自分でコントロールできないんだっけか?
もっと、憩が苦しまない方法はねえのかよ……。
ガサッ!!
漣は咄嗟に音から距離を取る。
片腕で憩を支えると、もう片手でハンドガンを構えた。
奴らか!? 気配はしねえけど……。
辺りを見渡すが、特に不審な者はいない。
目を凝らすと、木にコウモリが止まっていた。
「なんだよ、驚かせんなよなー」
「うっ……」
「どうした!?」
「あ、頭が……!! 頭が痛い……!!」
「頭!? 大丈夫か!?」
大丈夫なわけねえんだよ!!
めちゃめちゃ呻いてんじゃねえか!!
こんなに苦しんでる姿、見たことねえだろ!!
任務を優先するか……、憩を優先するか……。
「そんなの……、憩に決まってんだろ……!!」
あっちには旭も杣もいる。しかも寒凪だ。
あいつらなら大丈夫だ。それよりも憩だ!!
憩には今、俺しかいねえんだ!!
漣は背負っていた憩を木の根元へと下ろす。
ひどい汗だ!! 身体もすげえ熱い!!
「早く、早く千歳さんのところに行かないと……」
「大丈夫だ。向こうには旭も杣もいる。
少し休もう。お前がダメになっちまう」
「嫌です……、お願いします……」
ギュッと、憩に隊服を掴まれた。
やめろよ……。そんな顔でお願いすんなよ……。
お前になんかあったら、俺は旭にも杣にも寒凪にも顔向けできねえ……。
「漣様……、お願いします……!!
早く……、千歳さんのところに行きたいんです……」
「……わかったよ。
ただ、背負ってると顔見えねえから、抱えていくぞ?
それでもいいか?」
「大丈夫です……、お願いします……」
俺は多分、選択を間違えたと思う。
それでも、憩の願いを叶えてやりたいと、そう思ったんだ。
※物語に出てくる漢句は、作者の創作です。




