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白銀が護りし緋の神子 ―金霞の五星―【完】  作者: おやまみかげ(・8・)
第2折 カフェーという闇

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27句 春灯


 大人組の3人は、カフェーの前まで来ていた。

 

 カランカラン

 

 扉を開けると鈴の音が鳴り響く。

 店内はとても混雑していた。

 店主が旭たちを見つけ笑顔で近づく。

 

「旦那たち! また来てくれたんですか!」

「えぇ、今日は忙しそうですね」

「そうなんですよー!

 とても素敵なカップルが来てましてね。

 おかげさまで大繁盛、嬉しい悲鳴です」

「それは何よりですね。向こうは、空いてますか?」

「空いてますよー!

 こちらの方が足りないくらいですから」

 

 店主は今日もとてもご機嫌だ。

 素敵なカップルとは、千歳と憩のことだとすぐにわかった。

 昨晩、窓際に座ったと言っていたところから推察するに、通りがかった人たちの目に留まったのだろう。

 人目から遠ざかった場所にあるカフェーだというのに。

 

「では、僕たちはいつものをお願いします」

「もちろんです! ささ、どうぞこちらへ!」

 

 店主に連れられ、3人は2階へと上がる。

 個室になっているため、様子はもちろんわからないが、こちらの客入りはいつもと変わらないくらいだろう。

 そもそも合言葉を知らなければ、こちらの世界には入れない。

 

「では、本日もお決まりの頃伺いますんで!」

 

 そう言うと、店主はそそくさと部屋を出ていった。

 

「いこと寒凪(かんなぎ)も頑張ってるようですね」

「そうだね。店主の言う素敵なカップルは2人のことだろう」

「マジかよ!? あいつらがあの量の客呼んだのか!?」

「そういうことになるね。

 まぁ、あの2人は並ぶとかなり目を惹くから」

 

 旭の言葉に、朔夜はギュッと手のひらを握りしめる。

 腹立たしいが、あの2人は確かに絵になる。

 

「おいおい、マジかよ!?」

「なんだい漣(れん)。大声を出して」

「ゆりちゃんが、いねえんだよ!!」

 

 漣の悲痛な叫びが、個室に響いた。

 

「誰だそれ」

「昨日呼んだ子だよ!! 来る前に言っただろ!?」

「漣、いないってどういうことだい?」

「写真が、なくなってんだよ!!」

 

 旭と朔夜は顔を見合わせる。

 昨日、女の子たちから聞いたことが起きている。

 

「他に写真がなくなっている子はいるかい?」

「いや、ゆりちゃんだけないんだよ!!」

「わかった。じゃあ今日はその子に絞ろう」

「だとよ、細小波(いさらなみ)。やれんのか?」

「やるよ!! ゆりちゃんは俺が見つける!!」

 

 方向性はズレているが、やる気なだけいいだろう。

 

「よし、じゃあ始めるよ。

 目標はゆりちゃんの情報を得ること。いいね?」

 

 旭の言葉に、2人はこくりと頷いた。



 

 一方、カフェー潜入組の千歳と憩は、

 ケーキも食べ終わり、ゆったりと過ごしていた。

 

「……ねぇ、読みにくくないの?」

「私は大丈夫だよ。千歳さんは読みにくい?」

「……いや、そんなことないけど」

 

 1冊の本を並んで仲睦まじく読む様子は、2人を目当てに来た客たちにとって、ご褒美のようなものだ。

 

「……やっぱり、近いと思う」

「でも近くないと読めないよ?」

「……そう、なんだけどさ」

 

 自分が距離を取れば大丈夫だと思っていたが、憩に通路側に座られてしまっては逃げようがない。

 おまけに距離を取ろうと離れれば、その分近づいてくる。

 もうこれ以上は壁だ。逃げようがない。

 

「千歳さんのペースで読んでいいからね!」

「……うん、ありがとう」

 

 もはや内容なんて頭に入ってこない。

 ちょっと身体を動かせば、触れてしまう距離だ。

 

「あんまり、面白くなかった?」

「……えっ、どうして?」

「だって、ずっと同じページ見てるから……」

 

 憩が寂しそうな顔をしている。

 違う、こんな顔させたいわけじゃない。

 

「……ごめん。僕、緊張してて……」

「緊張?」

「……うん。だから、つまらないとかじゃないよ」

「よかった!」

「……ごめん、不安にさせて」

 

 その言葉に、憩はにっこりと笑う。

 

「ううん、大丈夫。ありがとう、教えてくれて!」

「……でも、やっぱり本はちょっと緊張する」

「そっかぁ……。じゃあ本はやめて、お話にする?」

 

 憩はパタンと本を閉じると、千歳を見上げる。

 

「……うん。それだと嬉しい」

「わかった! なんのお話しようかなー」

「……ねぇ、席は戻らないの?」

「隣じゃダメなの?」

「……ダメじゃないけど」

「じゃあ、ここにいる!」

 この子には勝てない、千歳はそう思った。



 

「……ねぇ、大丈夫?」

「大丈夫……」

 

 あれから2人でいろんな話をした。

 行ってみたいところ、食べてみたいもの、やってみたいこと。

 それから今までのこと。

 窓から脱走していた話を聞いたときには、さすがに笑ってしまった。

 そして今、憩は僕の隣でうつらうつらとしている。

 

「……眠いの?」

「ううん、大丈夫……」

 

 どう見ても大丈夫ではない。

 昨日は遅くまで起きていたし、今朝は早くから起きて朝食を作ってくれていた。

 午前中は稽古もしている。疲れていて当然だ。

 

「……もう、今日は帰ろう」

「大丈夫だよ、頑張らなきゃ……」

「……憩は、すごく頑張ったよ」

「本当……?」

「……うん、すごく助かった。

 だから、明日も頑張るために帰ろう?」

「わかった……」

「……ありがとう。

 じゃあ、ちょっと立ってくれる?」

 

 目を擦りながら、憩は通路へと避けてくれた。

 まだ周りには客がたくさんいる。

 

「……すみません。

 少しの間、彼女を見ててもらえますか?」

 

 近くにいた女給に憩を頼み、店主に声をかける。

 潜入終了にしては早い時間だが、十分すぎる成果だ。

 

「……お待たせ、帰ろう」

「うん……」

 

 もうだいぶ眠いのだろう。

 立ち上がるだけで一苦労だ。

 足元もおぼつかない。

 下手な客に倒れ込んだら、とんでもないことになる。

 

「……憩、手出してくれる?」

「うん……」

 

 スッと差し出されたその手は、まるでガラス細工のように白くて小さい。

 ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうだ。

 

「……危ないから、握っても大丈夫?」

 

 こくり、と憩が頷く。

 小さな手を取ると、先にキュッと握られた。

 どうしようもない感情が、ぶわっと湧き上がる。

 この気持ちに名前を付けてはいけない。

 そんな気がした。

 千歳はその手を優しく握り返すと、そのまま店を出るのだった。


 


「……着いたよ」

 

 いつもより時間はかかったが、無事帰ってくることができた。

 報告もあるし、みんなを待っていようと思うが、憩は先に休ませたい。

 

「……おやすみ憩、また明日ね」

 

 階段下まで連れていき、握っていた手を離す。

 が、憩はキュッと握ったままで手を離してくれない。

 

「……どうしたの? 部屋まで一緒に行こうか?」

 

 ブンブンと憩は首を横に振る。

 一体、どうしたのだろう。

 

「あら、2人ともおかえりなさい」

 

 千歳が困っていたところに、ちょうど和(なごみ)が階段を下りてきた。

 

「……はじめまして。寒凪千歳といいます」

「お兄様からお話は聞いているわ。

 はじめまして、和です。よろしくね」

「……ご挨拶が遅れてすみません」

「いいのよ、そんなこと気にしなくて。

 憩ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

 

 和はにっこりと微笑む。

 やはり姉妹だ、笑顔がよく似ている。

 

「……あの、憩疲れているようで。

 僕が部屋に行くわけにはいかないので、お願いしてもいいですか?」

「あらあら、面倒かけてごめんなさい。

 憩ちゃん、お部屋に行きましょうか」

 

 和が声をかけるが、憩はブンブンと首を横に振る。

 

「千歳くん、困ってるわよ?

 せめて、どうしたいのか言わないと」

 

 憩は黙っているが、手は握ったままだ。

 

「……どこか具合でも悪い?」

「ううん、大丈夫」

「憩ちゃん、千歳くんもお仕事があるのよ?

 手、離してあげた方がいいんじゃないかしら」

「嫌」

 

 和と千歳は思わず顔を見合わせる。

 

「……嫌なの? じゃあ、どうする?」

「千歳さんと、書斎で待ってる」

「……眠くはないの?」

「大丈夫、一緒に待ってる」

 

 どうやら意思は固いようだ。

 

「……わかった。

 でも、無理はしないって約束できる?」

「うん、約束する」

 

 ようやく手を離してくれたが、少し名残惜しく感じてしまった。

 

「ごめんなさいね。

 こうなると、憩ちゃん頑固で聞かなくって」

「……いえ。無理はさせないようにしますので」

「えぇ、助かるわ。ありがとう」

 

 和に見守られながら、2人は書斎へと移動する。

 

「憩ちゃんが朔夜くん以外に甘えるなんて……」

 

 そんな和の言葉は誰に届くこともなく、闇に溶けていった。


 

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