40句 春宵
「じゃあ2人とも、頼んだよ」
「はい!」
「……では、予定通りで」
「うん。よろしくね」
「……憩、行こうか」
「うん!
お兄様、行って参ります」
「いってらっしゃい」
旭たちに見送られ、2人はカフェーへと入っていく。
カランカラン
扉に付いた鈴の音が辺りに鳴り響いた。
「いらっしゃいませ! お客さんたち!
珍しいですね、こんな時間に来ていただけるなんて」
「……こんにちは。
彼女がどうしても昼に来てみたいと」
「窓際で本を読みながら、コーヒーを楽しみたくて!」
「なるほど!
ちょうど日が差してて、いい感じですよ!」
「本当ですか? 千歳さん、楽しみだね!」
「……そうだね。
では、席に案内していただいてもいいですか?」
「はい! ささ、どうぞどうぞ!」
店主に連れられて、窓際の席へと向かう。
夜とは打って変わって、店はガランとしている。
客は僕たちと……、カウンター席に座る奴らだけだ。
「こちらの席を使ってください!
コーヒーを2つでよろしいですか?」
「……はい、お願いします」
「あの、煎り加減って選べるんですか?」
さすが憩だ、上手い。
この聞き方なら怪しまれても、偶然浅煎りを注文しているのが聞こえてしまった、と誤魔化せる。
本人はただ、コーヒーが飲みたいだけだろうけど。
「すみません、選べないんですよ。
濃いめや薄めなどの調整はできますが……」
「そうなのですか……。
では、濃いめでお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんですとも!
お連れ様はいかがいたしましょう?」
「……僕はそのままで」
「かしこまりました」
「すみません、お手数おかけしますがお願いいたします」
「いえいえ!
いつもありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げると、店主はにこやかに席を離れた。
カウンターでは、奴らが話している。
店主もカウンターへと戻ると、すぐにその輪へと混ざった。
あんなにこやかな表情を浮かべながら、女の子たちを売り物にしてるなんて……。
「千歳さん? どうしたの?」
「……憩、絶対僕から離れないでね」
「うん? どうしたの急に」
「……お願い。約束して」
「うん、わかった!」
憩の返事を聞くと、千歳は窓の外に向かって合図を送った。
一方その頃、旭たちは2人からの合図を待っていた。
「もう来てんのかなー」
「どうだろうね」
もし、もう来ているのであれば、自分たちも入っていって詰めるだけだ。
まだの場合は、ぼたんにどの客かを教えてもらう。
どちらにせよ、今日踏み込むことは決まっている。
「あ、いこたちが席に着きました」
「どっちだー、どっちだー」
「うるせぇよ、静かにしてろ」
「だってよ、気になるじゃねえか!!」
「大声出すなよ、バカかよ」
「はいはい、2人とも静かにね」
全く……、この2人はいつもこうだ。
任務中くらいはしっかりしてほしいものだが、無理なのもわかっている。
致し方ない。
「あの、いつもこんな感じですか?」
「そうだね。この2人はいつもこうかな」
「へぇ、仲がいいんですね」
「よくねぇよ!! ふざけんなこんな奴!!」
「おいおい!
そんな言われると傷付いちゃうなー!!」
「絶対傷付いてねぇだろ!!」
「静かに。千歳がこっちを見た」
騒いでいた2人も静かになる。
「あれは……、もう来ているようだね」
「よっしゃー!! 行くかー!!」
「雲居は連れていくんですか?」
そうだ、2人のどちらかに任せないと。
僕は中将として、行かなければならない。
「ぼたん、僕は行かなければならないんだ。
漣か朔夜、どちらかと待っていてくれるかい?」
「じゃあ、俺がぼたんちゃんと待ってるぜ!」
「いえ! 私も……、私も連れていってください!!」
「連れていけるわけねぇだろ。危ねぇんだぞ?」
「そうだなー、杣の言う通りだな。
ぼたんちゃん、俺と待ってようぜ? ケーキご馳走するし!」
「旭さん、お願いします!!」
彼女だって、ゆりのことが心配なんだろう。
それはわかるが、連れていって危険な目に遭わせたら?
憩の様子を見る限り、吸血鬼でないことは確かだが、だからといって安全なわけではない。
女の子を売買しているような連中だ。
それに、僕は彼女を父親から預かっている。
何かあってからじゃ遅い。
でも、だけれど……。
「……絶対、僕から離れないと約束できるかい?」
「はい、約束します!」
「本気ですか?」
「うん。連れていくよ」
「旭にしては珍しい決断だけど、リーダーがそう言うんだから従おうぜ!」
「わかってるよ。お前、絶対離れんなよ」
「はい、ありがとうございます」
「俺が絶対守るからね、ぼたんちゃん!」
こうして、4人もカフェーへと踏み込んだ。
カランカラン
再び鈴の音が鳴り響く。
「いらっしゃ……って、旦那たち!
どうしたんですか!?」
「こんにちは。昼間は雰囲気が違いますね」
「あの、今の時間、上は……」
「えぇ、知っています。彼女から聞きましたので」
旭は、ぼたんを隣へと呼んだ。
「ぼたん! 来ないと思ったら何やってるんだ!
せっかく雇ってやったのに!! この恩知らずが!!」
客の前ではニコニコと笑顔を貼り付け、この子たちの前ではこういう態度なのか。
店主であれば、無事を喜ぶのが先だろう。
それを、雇ってやった? 恩知らず?
心底腹が立つ……!!
こんな男、上に立つ資格はない。
旭はグッと拳を握りしめると、店主に笑顔を向ける。
「お言葉ですが、彼女は私の右腕でして。
ここへも、調査のため派遣したにすぎません。
ですので、雇ってやった、恩知らず、なんて恩着せがましく言われる筋合いはありません」
「ち、調査!?」
「まぁまぁ、とりあえず話を聞こうぜ!」
「なんの話だ!!」
「しらばっくれても無駄なんだよ。
そのお友達も、全員関係してんのはわかってんだ」
「お、お客さんがいるんだ!! 後にしてくれ!!」
「……お客さんって、僕たちのこと?」
その声に店主が振り向くと、千歳と憩が並んで立っていた。
「なっ、お前らまさか……!!」
「はい! こちら、私の自慢のお兄様です!」
「クソっ!! ずっと探ってやがったのか!!」
「さっさと負けを認めて、全部吐けよ」
「誰が認めるか!!」
店主は憩を人質に取ろうと手を伸ばす。
が、その手は千歳によってあっさり捻りあげられた。
「……おい、今この子に触ろうとしたな。
お前みたいなゴミ、今すぐ掃除したっていいんだ。
死にたくなかったら知ってることをさっさと吐けよ」
「わ、私はその2人に情報を売ってるだけで……」
千歳の凍てつくような冷たい視線と言葉に、店主は身の危険を感じた。
「……売ってるだけだからいいだろ、って?
まさか、本気でそんなこと言ってるわけじゃないよね?」
「こ、ここの土地代が急に値上がりして!!
それで、どうしようもなくて!! それで!!」
「……他に知ってることは」
「な、ない!! 私は情報を売ってるだけだ!!」
「なあ、なんでゆりちゃんだったんだ?
コーヒー豆の意味がバレちまったからか?」
漣の言葉に、旭はスッと憩の耳を塞ぐ。
「そ、そうだ!! 本当はあざみの予定だったんだ!!
あいつはもうすぐ借金を払い終わるから、その前に売れば金になる!!
だから、ゆりが、ゆりが悪いんだ!! 本当はあざみを……」
店主が全てを吐く前に、漣が店主を殴り飛ばした。
「あ、やべえ思わず殴っちまった……」
「……別にいいでしょ、ゴミだし」
「全く……。
口が聞けないんじゃ、情報を得られないだろう?」
「悪い悪い、やりすぎちまった!」
ガシガシと漣は頭をかく。
殴られた店主は、意識を失っていた。
「いこ、大丈夫か?」
「うん! 千歳さんが助けてくれたから」
「チッ……、そうかよ……」
「ぼたん、常連客はその2人だよね?」
「はい。この人たちです」
「じゃあ、今度は2人から話を聞こうかな。
ぼたん、悪いけれど憩と離れていてくれるかい?」
「わかりました。
憩さん、向こうで待ってよう?」
「でも……」
「……ぼたんさんと待っててくれる?」
「千歳さんが言うなら……」
「……うん、ありがとう」
「あそこでお話ししてようね」
ぼたんが憩の手を引き、店の奥へと移動する。
2人が席についたのを見て、旭が口開いた。
「これで、何も問題はないね。じゃあ、始めようか」
「……縛りますか?」
「いや、まだ早い。
口を割らないようならお願いするよ」
「……わかりました」
「で? キミたちは得た情報を誰に流しているのかな?」
旭が常連客たちに笑顔で問う。
ゆりが消えてから、もう3日が経つ。
今日見つけられなければ、生存は絶望的だ。
「あ、あの、えっと……」
「お、俺たちはその……」
「千歳、面倒だから縛ろうか」
「……了解」
ジャラッ……
千歳が純銀製のチェインを取り出すと、常連客たちの顔が強張った。
「は、話します!! 話します!!」
「でも、俺たちも本人とは会ったことがなくて……」
「……本人?」
「俺たちは、その人のこと主って呼んでんだけど、主は1回も俺たちの前には現れないんだよ」
「じゃあ、どうやって取引をしているんだい?」
「使いの方が、金と引き換えに情報を持っていくんだ」
「使いの方?」
「あぁ。おそらくそいつらが人攫いもしてる。
俺らはオーナーから情報を買って、渡してるんだ」
「なんでそいつらが、直接店主から買わねぇんだ?」
朔夜の言う通りだ。
何も彼らを通さずに直接買えばいい。
その方が、無駄にお金を使う必要もない。
「それは、俺たちもずっと不思議に思ってたけど……」
「普通に働くより、金になるからつい……」
「それで、次の取引はいつなんだい?」
「今晩、の予定だよな?」
「ここから少し離れたところにある、橋の上で落ち合う」
「前回は、ゆりちゃんの情報を売ったのか?」
「早く手放したいってオーナーに言われて……」
「いつもは数人の情報を買って、選ぶのは使いの方なんだ」
「つまり、キミたちが指定しているわけではないと」
「俺たちはオーナーから情報を買って、それを使いの方に流して金をもらってる。
前回は、そのゆりって子だけだったけど……」
「旭、やろうぜ」
「わかってる。今晩だね。
思いついた作戦があるんだけれど、聞いてもらえるかい?」
きっと、これなら上手くいく。
そう、確信していた。




