37句 春光
「え! 千歳さん、誰!?」
「誰だよ!! 早く教えろよ!!」
「……憩、初日に会った2人組の男覚えてる?」
「2人組の男の人?」
「……うん。
ケーキもらった後、店主が向かったテーブル」
「あ! あの声が大きかった人たち?」
「……そう。たぶん、あいつらだと思う」
僕があいつらのことを聞いたとき、店主の顔が強張ったのもそれなら納得がいく。
客相手に問題を起こされたら困るからだ。
だからケーキまでサービスして、僕たちが騒がないように手を回した。
表向きには店主としての配慮、実際は保身の為か。
「そのお客様でしたら、たしかによくいらっしゃいます。
オーナーと話しているところも、何度も見かけました。
でも、怪しい話をしているようには見えませんでしたが……」
「ぼたん、話していた内容はわかるかい?」
「内容ですか……?
コーヒー豆の話は、よくしていたと思います」
「……コーヒー豆」
「はい。でも、毎回変わるんです。
今回は深煎りだから早めにお願いしたい、とか」
「だー!! 全くわかんねー!!
後は寒凪に任せた!」
「……真面目に考えてよ」
「コーヒー豆なんてよ、知らねえもん俺」
「そういえば、合言葉も豆じゃなかったですか?」
「そうだね。
スペシャルブレンド浅煎り、砂糖とミルクはなし。だったかな」
「……ゆりさんと最後に会った日、その客来てましたよね?」
「はい。いらしてました」
「……その日は、店主とは話していなかったんですか?」
「あの日はたしか……」
あの日も2人組は来ていた。
いつも閉店時間までいるからよく覚えている。
オーナーが何かを必死に伝えていたような……。
「今回は、どうしてもこれを買ってほしい。
そう、必死に頼み込んでいました」
「……今までもそういうことはあったんですか?」
「いえ、初めて見ました」
「わかんねー! 俺、頭痛くなってきたんだけど」
「うるせぇな、考えまとまんねぇから静かにしてろよ」
「ねぇ、千歳さん。変じゃない?」
「……変? 何が?」
「だって、カフェーのメニューには浅煎りも深煎りもなかったよ?
売ってる豆専用だったのかな? 私も飲んでみたかった!」
たしかに、憩の言う通りだ。
カフェーのメニューにはコーヒーとしか書かれていなかった。
希望があれば、炒り加減を調整して出すのだろうか……。
「それに、そんなに売りたかったのなら、コーヒーにして出せばよかったのにね!
あんなに忙しかったんだから、売れたと思うんだけどなー」
「たしかに、憩さんの言う通りですね。
それに、普段は豆を売っていないんです。
常連様だから、特別なのでしょうか……」
普段は豆を売っていない?
まさか……。
「……もしかして、コーヒー豆って豆じゃないのか」
「うん? コーヒーは豆だよ?」
憩のおかげで、なんだか確信に近づいた気がした。
「……カフェーって、昼間はやっていないんですか?」
「いえ、昼間も営業していますよ。
上は、夜だけお通しするようですが」
「……その2人組は、いつも何時頃店に?」
「お昼頃にはいらっしゃっています。
その時間帯はお客様も少ないので、オーナーと話しているのはそのときです」
「……旭さん、明日は昼に行ってみませんか?」
「うん。僕もその案に賛成だよ。
千歳と憩がいつも通り潜入、僕たちは外で張る」
「でもよー、なんでゆりちゃんだったんだ?」
「えっと、どういうことでしょうか?」
「だってよ、ぼたんちゃんも話は聞いてるんだろ?
それなのに、なんでゆりちゃんが狙われたんだ?」
「たしかにそうだな。
話を聞いたって条件なら、こいつもゆりも同じだ」
「……それは、豆の意味に気づいたかどうかじゃない?」
「うん? どういうこと?
コーヒーは豆だよ、千歳さん」
憩の前で、こんな話をしてもいいのだろうか。
……あまり聞かせたくない話なんだけどな。
「憩、ぼたんに屋敷を案内してあげたらどうだい?
明日から書記として働いてもらうから、場所を把握してもらっていた方がいいだろう?」
「そうですね! では、行きましょうか!」
「はい、よろしくお願いいたします」
「敬語でなくていいですよ。
ぼたんさんの方が、お姉さんですよね?」
「おそらくそうだと思います。私は19なので」
「なら、敬語はいりませんよ! では、参りましょう!」
憩はぼたんの手を引くと、客間を出ていった。
「いいんですか? いこだけにして」
「問題ないよ、明日から本当に働いてもらうしね。
それに、千歳がどうやら憩にはあまり聞かせたくないようだ」
「はーん、そういうことか!!
俺はわかったぜ!! 豆の意味!!」
漣がニヤニヤしながら、千歳を見る。
「テメェに先越されるのは癪だな」
「はあ!? なんだよその言い方、教えてやんね」
「なんなんだよ!! 言えよバカかよ」
「はいはい、騒がないでね。
それで、漣は本当にわかったのかい?」
「なあ、寒凪。
でもこれ本当に言っていいのか……?」
「……何を想像してるんだか。
大体見当がつくけど、違うから黙ってて」
「じゃあなんなんだよー、早く言えよな」
「……上で働いてる女の子たちのことだと思う」
「あいつらがなんで豆なんだ?」
「……カフェーで怪しまれないための符牒でしょう」
千歳の言葉に、漣は明らかにつまらなそうな顔をした。
「なーんだ。つまんねえの。
憩とぼたんちゃん部屋から出したから、てっきり俺は、豆ってそういうことかと思ったんだけどなー」
「……そんなわけないでしょ、バカなの?」
女の子を売り買いしてる奴がいる。
憩には、そんな世界のことを教える必要はない。
……それに、こうなることも予想していた。
「でもよー、反応したってことは、寒凪も意味わかってるってことだよな?
お前、意外とムッツリなんだな!!」
「……いい加減、黙ってくれる?」
「漣、そういうこと言うのはよくないよ」
「さっきから豆豆豆豆ってなんなんだよ!!」
「純情ボーイ杣くんは知らなくていいんだぜ!!
なー? 寒凪!!」
「……旭さん、この人消してもいいですか?
いいですね」
「千歳、一旦落ち着こうか」
「……これ以上ないほどに落ち着いてます」
「バカ!! やめろ、首絞めんな!!」
「だから細小波の言う豆ってなんなんだよ!!」
憩とぼたんを外に出して正解だったと、旭は心底思うのだった。
コンコンコン
ガチャ
扉が開き、2人が戻ってきた。
「お兄様、案内終わりました!」
「ありがとう、助かったよ。
じゃあ、僕はぼたんを送ってくるからね。
朔夜、一緒に来てもらえるかい?」
「わかりました」
「すみません、よろしくお願いします」
「お兄様! 私も行きたいです!」
「憩は、漣や千歳と留守番だよ」
「わかりました……」
「明日も会えるんだから、いいだろう?」
「そうですね! では、ぼたんさんまた明日!」
「はい、また明日。では、失礼いたします」
ぺこり、と頭を下げるとぼたんは帰っていった。
「千歳さん、本読まない?」
「……そうだね、そうしようか」
「なあ、最近お前らずっと一緒にいねえか?」
「そうですが、ダメですか?」
「いや、ダメじゃねえけど。
憩は今まで、杣と一緒にいただろ?」
憩は気づいてねえのかもしれないけど、杣は最近それで荒れてるんだよ……。
「たしかにそうでしたが、今は千歳さんといたいんです」
おいおい、マジかよ……!!
杣、このままだとやばいぞ!!
寒凪に取られるぞ!!
しかも照れもせず、普通の顔して言ってるのがさ、もう……。
「あー、そうなんだなー……。
寒凪は? 寒凪も憩といたいのか?」
寒凪はさすがに、憩に付き合ってやってるだけだよな?
まさか、だって寒凪だぜ?
ないない。絶対ない。ありえない。
「……なんでそんなこと答えなきゃいけないの?
細小波さんに教える必要ないでしょ」
「いやさ、どうなのかなーって思っただけだよ」
「……憩には伝えてるんだからよくない?」
憩には伝えてるんだからよくない? 何が?
なんにもよくねえよ!! どうなってんだこの2人!!
「漣様、もうよろしいですか?
私、千歳さんにいただいた本を読みたいのですが」
「寒凪に、本もらったのか?」
「はい! 3冊ずつ買って、贈り合ったんです!
それで、この漢詩集なんて同じだったんですよ!
しかも、選んだ句まで同じだったんです!」
「……そんなこと、この人に教えなくていいから」
「だって、すごいことじゃない?
こんなにたくさんある詩の中から、同じ句を選ぶなんて」
「あー……、そうなんだな。
それ、杣には絶対言うなよ。約束な?」
「朔夜には言っちゃダメなんですか?」
「……いいよ、別に言って」
「お前……、マジなやつ……?」
「……たぶん、そうだと思う」
「マジかよ……、俺どうすんだよ……」
「漣様? 頭が痛いのですか?」
あまりの衝撃に、漣は頭を抱えながらしゃがみ込んだ。




