29句 春雷
「よし、じゃあ今日もみんなよろしくね」
旭の声がけで、班毎に巡回任務へと向かう。
「今日も頑張ろうね!」
「……うん。じゃあ、出発しようか」
「お兄様、行って参ります!」
「いってらっしゃい、頼んだよ」
憩は手を振ると、嬉しそうに千歳の横へと並ぶ。
そんな背中を旭は眺めていた。
「なあ、憩ってさー、寒凪に敬語だったよな?」
「そうだったね。まぁ、いいじゃないか。
2人がそれでいいのなら、僕たちが口を出すことじゃないだろう?」
「いや、それはそうなんだけどよー……」
そう答えつつも、漣は朔夜の方を見る。
昨晩に引き続き今も尚、不機嫌な顔をしていた。
「朔夜、今日は休むかい?」
「いえ、行けます……」
「わかった。なら、その顔はやめてね。
色々思うところはあるだろうけれど、これは仕事だよ」
「はい、すみません……」
「うん。じゃあ、僕たちも出発しよう」
漣は先を歩く旭の隣へと並ぶ。
「なあ、杣だいぶダメージ受けてねえか?」
「そうだね。でも、仕方ないんじゃないかな」
「仕方ないって……、ちょっとかわいそうだろ」
「そうかもしれないね。
でも、僕らがどうこうすることじゃないだろう?」
「まあ、そうだけどさー」
漣は空を見上げる。
旭の言う通りだ。俺らがどうこうする問題じゃない。
憩が外に出るようになって、世界を知ったのは俺も嬉しい。
でも、杣の気持ちを考えたら複雑だろうとも思う。
「漣、もう1度言うけれど、これは僕たちが口を出すことじゃないよ」
「わかってるよ」
そう旭に返事をしつつも、漣は唇を尖らせるのだった。
「今日も千歳さんと一緒で嬉しいな!」
「……そうだね、僕も嬉しい。
屯所まで少し遠いけど、大丈夫?」
「うん! 歩くの好きだから平気!」
「……そっか。休憩しながら進もうね」
「うん!」
一方、こちらの2人はゆったりとした時間を過ごしていた。
「ねぇ、千歳さんのいた北領ってどんなところ?」
「……冬が長くて厳しいんだ。
雪も多いしすごく寒くて、偵察なんかは大変だったよ」
「へぇー! 毎日雪が降ってるの?」
知らない世界のことに、憩は興味津々だ。
「……うん。一面銀世界だった。
視界が悪くて、仲間と逸れる人もいたよ」
「えー! 千歳さんは大丈夫だったの?」
「……僕は慣れてるから。
逸れた後輩を迎えに行ったことは、何度もあるけど」
特に面白い話をしているわけでもないのに、僕の話を楽しそうに聞いている。
知らないことを知るのが楽しいのだろう。
「私も北領、行ってみたいなぁ……」
「……任務で行くこと、あるかもしれないよ」
「本当!? でも、私が行ったら絶対逸れちゃうね」
「……大丈夫。僕が離れなければいいから」
僕は一体、何を言っているのだろう。
自分の口から出た言葉に、自分が1番驚いた。
「そっかー! 千歳さんが一緒にいてくれるなら安心だね!」
そんな僕の気持ちとは裏腹に、憩は嬉しそうにニコニコ笑っている。
この笑顔を護りたい。
ずっと隣で笑っていてほしい。
そう思った。
「さて、屯所が見えてきたよ」
「あー、頼む! 綺麗であってくれ!!」
「いや、絶対汚ねぇだろ」
「じゃあ杣が先頭で行こうぜ!」
「はぁ? なんでだよ」
「昨日、なんか変なの踏んじまってよー」
「知らねぇよ!! 俺に踏ませようとすんな!!」
歩いている内に、朔夜も幾分か気が紛れたのだろう。
いつものように漣とギャイギャイ騒いでいる。
「全く……。
四門がこれじゃあ、他の隊士に示しがつかないよ」
「すみません」
「悪い悪い! でも杣が先に行ってくれよ。
俺はおそらく初対面だし、旭は最後の方がいいだろ?」
「そうだね。朔夜、頼めるかい?」
漣が言うように、自分は最後に入った方がいい。
その方が素の状態の隊士たちを見られる。
「わかりました。おい、さっさと行くぞ」
「なあ、旭と俺とで態度違いすぎねえか!?」
「うるせぇな、さっさと来いよ」
朔夜が屯所の戸をガラッと開けると、タバコの煙が一気に外へと流れ出てくる。
「うわ!! 臭っせえ!!」
「おい! 中で吸うなって言ってんだろ!!」
「あー! 杣さんだー!」
「久しぶりじゃないっすかー!」
椅子に腰を掛け、隊服をだらしなく羽織った隊士たちがタバコを吸っている。
職務机の上に置いてある灰皿には、入り切らないほどの吸殻が捨てられていた。
「なんつーか、すげえ知り合いだな」
「別に知り合いってほどじゃねぇ。
東西は近ぇから、遠征で一緒になったりすんだよ」
「杣さん、その人誰すか?」
「なんか杣さんとタイプ違いますよねー?」
隊士たちは椅子に足を上げ、タバコも吸ったままだ。
そんな隊士の姿を見て、もういいかと旭が顔を出した。
「やぁ、お疲れ様。
南門や西門にそんな態度で接するなんて、キミたち随分と偉くなったんだね。
知らなかったよ」
「あ、旭さん……!!」
「い、いや、あの、これは……」
「うん? まずは挨拶じゃないかな?」
「「お疲れ様です!!」」
朔夜や漣に対する態度とは打って変わり、タバコを消し、椅子から立ち上がって深々と頭を下げている。
「それで? 一体、何をしていたのかな?」
「あー……、今日は非番で……」
「それはお疲れ様。
非番なら、屯所でタバコを吸っていいんだったかな?」
「いや、吸うなら外でと……」
隊士たちの表情はどんどん青ざめていく。
一方の旭は、ずっと笑顔だ。
「そうだね。これで何回目だったかな」
「……5回目です」
「5回目!? どんだけ叱られてんだよ!!」
「おい!! 静かにしてろよ!!」
「わ、悪い……。でもよ、さすがに叱られすぎだろ」
俺でも3回叱られたらやらねえのに。
「朔夜、昨日の屯所は掃除させたんだよね?」
「はい。寒凪が徹底的にやらせました」
「じゃあ、ここの屯所も同じように掃除しようか。
場所によって差をつけるのは、よくないからね」
「いや、でも俺たち非番で……」
「そう、非番だよね。
緊急時は職務に当たる義務があるわけだ」
「えっと……、つまり……」
隊士たちが恐る恐る旭の顔を見る。
「屯所の掃除は緊急指令だよ。
東門である僕の命令が聞けないのかな?」
「や、やります!! 今すぐやります!!」
「うん。よろしくね」
東門の聖人・旭。
1番怒らせてはいけない相手である。
「あ! ねぇねぇ、あれが屯所?」
「……うん、そうだよ」
「へぇー、なんかちっちゃいね!」
「……相楽の屋敷が大きいんだよ」
こちらの2人も、目的地に着こうとしていた。
「……屯所では、僕の後ろにいてくれる?」
「どうして?」
「……男しかいないから、憩が嫌な思いをするかもしれない。
だから、後ろにいてくれると嬉しい」
間違いなくジロジロと見られ、話しかけられるだろう。
後ろにいてくれれば、ある程度のことからは護れる。
「千歳さんの後ろにいればいいの?」
「……うん。
それでも嫌なことがあったら、教えてね」
「わかった!」
「……ありがとう。じゃあ、入るよ」
ガラッと屯所の戸を開けると、一気に視線が集まる。
「……お疲れ様。特務部隊、北門の寒凪です。
旭さんからの指令で、巡回に来ました。よろしく」
「皆様はじめまして。
お祖父様やお兄様がお世話になっております。
相楽憩と申します。以後お見知りおきください」
憩は千歳に言われた通り、半歩後ろに立ったまま挨拶をした。
「女の子だ……!」
「女の子がいる!!」
「隊服着てるぞ!!」
わらわらと隊士たちが集まってくる。予想通りだ。
「……それ以上、近づかないで」
「隊服着てるってことは特務部隊っすよね!?」
「挨拶させてくださいよ!!」
「……個人的な挨拶はいらない。
僕たちは仕事で来てる、道を開けて」
「憩ちゃん! こっちで話そうよ!」
「はぁ!? お前抜け駆けすんなよ!!」
こいつらから距離は保てても、こういう視線からは護ってあげられない。
不甲斐なさに苛立ちを感じ始めたとき、クイッと憩に袖を引っ張られた。
「……どうしたの?」
「みんなに言いたいことがあるの」
「……言いたいこと?」
「うん。ちょっと隣に並んでもいい?」
「……わかった」
なんだかよくわからないが、隣ならいいだろう。
憩は僕の隣に立つと、隊士たちをじっと見つめる。
「あの、みなさんにお尋ねしたいのですが、なぜ千歳さんに挨拶をしないのでしょうか。
彼は四門の1人、北門の寒凪千歳さんです。
私なんかより、先に挨拶をするのが礼儀ではないですか?
上官に挨拶をしない、そんな不届な方たちなのですね」
憩の静かな怒りに、屯所は静寂に包まれる。
まただ。またこの気持ちだ。
まだこの気持ちがなんなのか、僕にはわからない。
ただ、どうかこの心臓の音が、隣にいるこの子に聞こえませんように。
と、願うことしかできなかった。




