「犬肉でしたが、メイドになりました」
第一章 降臨
太陽が昇る東の国は、無秩序な異邦人の受け入れにより、その輝きを失っていた。ヨーロッパがたどった悲劇と同じ運命を、この国もまた歩んでいた。街はスラム化し、暴力と貧困が蔓延する。かつて世界で最も安全と謳われた秩序は崩壊し、人々は互いに不信と憎しみを抱きながら生きていた。
渋谷スクランブル交差点。世界で最も人の行き交う場所として知られていたが、今では油と埃にまみれ、悪臭を放つ混沌の地と化していた。信号機はとうにその役目を終え、電光掲示板には意味不明なノイズが流れ、人々は互いを避けるようにうつむいて歩いていた。
その日の午後三時、どんよりとした空を切り裂くように、一筋の稲妻が落ちた。
轟音とともに、交差点の中心に光の柱が立ち、その光が収まると同時に、一人の女性が立っていた。
彼女の名は、神宮寺結衣。
純白の白髪が風になびき、瞳はまるで血潮を宿したかのような深紅の輝きを放っていた。彼女は、白のフルジップのロングパーカーを羽織り、下は白のジーンズ、足元は履き慣れた茶色いミリタリーブーツだった。その姿は、この地の汚れとは対照的な清廉さを放っていた。
人々は足を止め、呆然と彼女を見つめた。
結衣はゆっくりと、あたりを見渡した。油でドロドロになったアスファルト、崩れかけたビル、そして、希望を失った人々の顔。その光景に、彼女はそっとため息をついた。
次の瞬間、彼女の足元から、淡い光が広がり始めた。それは、まるで強力な除菌洗剤が汚れを溶かすように、アスファルトの油を分解し、空気中の悪臭を浄化していく。人々は、その光がもたらす清涼な空気に、久しく忘れていた安堵の表情を浮かべた。
一滴の強力除菌洗剤が、油でドロドロになった日本の運命を変え始める。
この日、日本の運命は、神宮寺結衣という一人の女性によって、静かに、しかし確実に変わり始めたのだ。
第二章 結衣の審判
神宮寺結衣の降臨は、瞬く間に日本中のメディアを駆け巡った。彼女が触れるものはすべて清らかになり、朽ちかけた植物は再び生命を取り戻した。人々は彼女を「女神」と呼び、熱狂的に崇拝した。
しかし、彼女の使命は、単なる環境の浄化ではなかった。彼女の力は、人々の心に深く根差した「穢れ」を洗い流すことにあった。そして、その穢れの根源は、無秩序にこの国に入り込み、秩序を破壊した異邦人たち、そしてそれを積極的に推進し、自らの文化と誇りを捨てた国民だった。
結衣は、まず東京湾岸部に集まっていた異邦人の居住区に向かった。そこは、スラム化し、暴力と薬物が蔓延する無法地帯だった。彼女は、その中心に静かに立ち、目を閉じた。
次の瞬間、彼女の身体から、強烈な光が放たれた。光は、異邦人たちを包み込み、彼らの存在そのものを、この国から完全に消滅させた。彼らは、苦しむこともなく、ただ、光の中に溶けていった。
その光景を見ていた一部の国民は、恐怖に震えた。しかし、多くの国民は、その光景を歓喜をもって迎えた。彼らは、長らく自分たちを苦しめてきた「汚れ」が、一掃されたことを知ったのだ。
次に、結衣は、異邦人を受け入れる政策を推進した政治家、そして、それに賛同し、この国の文化を貶めた知識人たちのもとへ向かった。彼らは、テレビや新聞を通じて、結衣を「独裁者」「殺人者」と非難していた。
結衣は、彼らが集まる国会議事堂に現れた。彼女は、彼らの前で静かに言った。
「あなた方の心は、この国を裏切った。その穢れは、光をもって清められなければならない」
結衣の言葉に、彼らは嘲笑した。しかし、次の瞬間、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。その涙は、彼らの身体に触れると同時に、彼らの存在を消し去った。
結衣の行動は、日本に新たな秩序をもたらした。
しかし、それは、多くの犠牲の上に成り立っていた。彼女は、この国を救うために、自らの手を血で染めたのだ。
結衣は、静かに言った。
「この国は、まだ、清められるべき場所がある」
彼女の旅は、まだ、始まったばかりだった。
第三章 結衣の真実
結衣の浄化の審判は、世界中に衝撃を与えた。彼女の力は、たった一人で軍艦六億隻分の戦力に匹敵すると計測され、どの国も彼女に逆らうことは自国の滅亡を意味すると悟った。日本の政府や裏社会、そして自衛隊もまた、彼女にひざまずき、その絶対的な支配を受け入れた。
結衣が関与した日本以外の国々は、例外なく浄化され、その国土は荒廃した。しかし、それは破壊ではなく、新たな創造のための前段階だった。結衣の力により、それらの国々は広大な『資源大陸』へと姿を変え、その莫大な天然資源が東の国、日本の繁栄を支えることになった。
日本は、穢れのない、清浄な国家として生まれ変わった。そして、結衣が創り出した五つの巨大な白亜の都市が、この国の新たな中心となった。そこには、穢れを払われた者だけが住むことを許され、彼らはもはや争いや憎しみを持たず、完璧な調和の中で生きていた。
しかし、その完璧なユートピアの外には、結衣の審判に背いた人々が追いやられた『穢れの地』が広がっていた。彼らは、清浄な光の届かない場所で、かつての油と埃にまみれた世界を生き続けていた。
この章をもって、神宮寺結衣の物語は終わり、この世界の全体像が明らかになった。
ここからは、一匹の元牝犬、ララの物語が始まる。
物語の視点は、穢れに満ちた世界で、無意味な暴行の末に食肉として消費されようとしていた一匹の犬、ララに切り替わる。彼女は結衣に救われ、獣人のメイドとして転生し、白亜の都市で幸せな日々を送ることになる。
これは、ディストピアから救われ、ユートピアで生きる一人の獣人の、穏やかで幸福な日常の記録である。
第四章 獣人ララ
ララは、朝の光が差し込む白い部屋で、まどろみからゆっくりと目を覚ました。
窓の外には、空に向かって伸びるクリスタルのタワーが輝いている。かつての悪臭と汚れに満ちた世界は、もうどこにもない。ここは、神宮寺様が創造された完璧な世界、「白亜の東京」だった。
「ララ、起きて」
耳元で、優しい声が聞こえる。親友のメイド、ミミだ。ミミは、ララと同じように、かつて犬だった獣人のメイド。二人は同じ犬舎で育ち、今は同じ部屋で暮らしている。
「ん、ミミ。おはよう」
ララは、白いシーツから身を起こした。毛むくじゃらの犬の耳がぴこりと動き、ふさふさの尻尾がベッドの上で揺れる。鏡に映る自分は、かつて自分が持っていた記憶とは全く違う姿だ。人間と同じ手足、滑らかな肌。でも、この獣の耳と尻尾だけは、私たちが犬だった頃の証だった。
私たちは、あの地獄のような世界で、ただの家畜だった。無意味な暴行の末、肉として食われる運命だった。そんな私たちを、神宮寺様は救ってくださった。穢れた世界を浄化し、私たちに新たな体と、この完璧な楽園を与えてくれた。
「今日も、神宮寺様のお屋敷はピカピカにしないとね」
ミミがにこやかに言う。ララは、うん、と頷いた。私たちの仕事は、神宮寺様のお屋敷を完璧に保つこと。そして、神宮寺様にお仕えすること。それが、私たちの生きる喜びだった。
制服である真っ白なエプロンと黒いワンピースに着替え、私たちは部屋を出た。廊下は、どこまでも磨き上げられていて、まるで鏡のようだ。足音を立てないように、静かに廊下を進む。
お屋敷の窓から見える世界は、すべてが完璧だった。道行く人々は、誰もが笑顔で、互いに助け合っている。争いも、憎しみもない。すべては、神宮寺様が作り出した、理想の秩序だ。
ララは、ほうきとちりとりを手に取った。今日の仕事は、玄関ホールの掃除だ。完璧に磨き上げられた床に、埃一つ落ちていないか確認しながら、ゆっくりとほうきを滑らせる。
「今日も、いい日になりそう」
ララは、静かにそう呟いた。この平和な日々が、永遠に続くことを願いながら。
第五章 ララの日常
玄関ホールの掃除を終えたララは、次に庭の手入れに向かった。神宮寺様のお屋敷は、広大な敷地の中に、手入れの行き届いた美しい庭園を抱えている。
「ララちゃん、お疲れ様」
庭の入り口で、先輩メイドのタマが声をかけてきた。タマは、ララよりも少し早くメイドになった獣人だ。彼女は、元々三毛猫だったため、猫の耳と尻尾を持ち、その動きはしなやかで優雅だった。
「タマさん、おはようございます」
ララは、ほうきを立てかけて、タマに挨拶した。タマは、いつも優しい笑顔でララに接してくれる、頼れるお姉さんのような存在だ。
「今日は、お庭のバラの手入れをお願いね。この前の雨で、少し傷んでるから」
「はい、わかりました」
ララは、タマから剪定バサミを受け取った。庭には、純白のバラが咲き誇っていた。その完璧な美しさは、神宮寺様の力の象徴だった。
ララは、一輪一輪、丁寧にバラを観察した。傷んだ葉を切り落とし、枯れた花びらを取り除く。このバラたちも、かつては穢れに満ちた世界で、人知れず咲いていたのかもしれない。そう思うと、ララは、この花たちを大切にしなければならないという気持ちになった。
「ララちゃんは、本当にバラの手入れが上手ね。前世も、花を愛する人だったのかもしれないわ」
タマの言葉に、ララは首を振った。
「ううん。私は、前世はただの犬だったから。花なんて、見たこともなかった」
タマは、少し悲しそうな顔をした。しかし、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「そうね。でも、神宮寺様のおかげで、私たちはこうして、美しいものに触れられるようになったのよ」
「はい、本当にそうですね」
ララは、改めて神宮寺様に感謝した。あの絶望的な世界から、自分を救い出してくれた恩人。そして、こんなにも美しい世界を、自分に与えてくれた偉大な存在。
ララは、バラを撫でた。完璧な世界で、完璧に咲き誇るバラ。その美しさに、ララは心の底から満たされるのだ
第六章 ララの恋人
夕方になり、ララは食堂へ向かった。メイドたちの食事は、皆で同じ場所で摂ることになっている。食堂には、すでに多くのメイドが集まり、楽しそうに談笑していた。
「ララ!こっちだよ!」
声の主は、ウルフ。彼もまた、元犬の獣人だが、その体格は他のメイドとは一線を画していた。筋肉質でがっしりとした体つきに、鋭い狼の耳と尻尾。彼は、主に神宮寺様の身辺警護を担当している。
「ウルフ、お仕事お疲れ様」
ララは、ウルフの隣に座った。ウルフは、ララの頭を優しく撫でた。彼の大きな手が、ララの耳をくすぐる。
「今日のお庭仕事はどうだった?疲れてないか?」
「うん、大丈夫だよ。バラの手入れ、楽しかった」
ウルフは、嬉しそうに微笑んだ。彼は、このお屋敷に来てから、ずっとララのことを気にかけてくれている。ララも、彼といると心が安らいだ。彼の大きな手は、かつての世界で、自分たちを殴りつけた人間の手とは全く違う、温かく優しいものだった。
「神宮寺様のお屋敷に来て、本当に良かった。こんなに幸せな日々が送れるなんて、思ってもみなかった」
ララは、心からの言葉を口にした。ウルフは、静かに頷いた。
「俺もだ。あんな地獄のような世界から、俺たちを救ってくださった神宮寺様には、感謝してもしきれない」
二人は、静かに食事を摂った。周りのメイドたちは、皆楽しそうに話している。この完璧な世界では、誰もが幸せだった。
食事が終わり、ウルフはララを部屋まで送ってくれた。廊下は、静まり返っている。ウルフは、ララの部屋の扉の前で立ち止まった。
「ララ、俺は……」
ウルフが何かを言いかける。その時、向こうから別のメイドが歩いてきたため、彼は言葉を飲み込んだ。
「明日も、頑張ろうね」
ウルフは、そう言って、ララの頭をもう一度撫でた。
「うん、また明日」
ララは、部屋に入った。ドアを閉めた後も、心臓がドキドキしていた。ウルフが言いたかったこと。それは、もしかしたら、ララがずっと期待していたことなのかもしれない。
ララは、胸に手を当てた。この完璧な世界で、自分は本当に幸せだ。そして、ウルフという存在が、その幸せを、さらに特別なものにしてくれていることを、ララは知っていた。
第七章 ララの幸福
翌朝、ララは朝食後、ミミとともに神宮寺様の私室へと向かった。お仕えするメイドの中でも、神宮寺様の身の回りのお世話ができるのは、ごく限られたメイドだけだ。
「神宮寺様、おはようございます」
ララとミミは、完璧な所作で挨拶をした。神宮寺結衣は、白いソファーに腰掛け、窓から外の景色を眺めていた。彼女の白い髪と赤い瞳は、この世のものとは思えない美しさを放っている。
「おはよう、ララ、ミミ。今日もご苦労様」
神宮寺様の声は、どこまでも優しく、心に響いた。ララは、その声を聞くだけで、心が満たされるのを感じた。
今日の仕事は、神宮寺様の朝食の準備と、ティータイムの準備だ。ララは、新鮮な果物と、焼きたてのパンを、ミミはハーブティーの準備を進めた。
「神宮寺様、何かお手伝いできることはありますか?」
ララが尋ねると、神宮寺様は振り返り、微笑んだ。
「ララは、本当に働き者ね。いい子だわ」
そう言って、神宮寺様はララの頭を優しく撫でた。その手は、かつてララを救い、この世界を創り出した、絶対的な力を持つ者の手だ。ララは、その温かさに、目を閉じた。
「ララ、お前は幸せかい?」
突然の問いかけに、ララは少し戸惑った。しかし、すぐに心からの笑顔で答えた。
「はい、神宮寺様。私は、とても幸せです」
「そう。なら、よかった」
神宮寺様は、再び窓の外に目を向けた。その瞳の奥には、どこか遠い過去の、そして、まだ終わっていない浄化の旅の記憶が宿っているように見えた。
ララは、神宮寺様のために、心を込めてパンを皿に並べた。自分は、この世界に生まれた意味を、見つけられた。それは、神宮寺様に仕え、彼女が創り出したこの完璧な世界で、幸せに生きること。
ララは、この平和な日々が、永遠に続くことを願った。それは、神宮寺様がこの世界を創り上げた理由そのものなのだから。
第八章 ララの新たな任務
数日後、ララとミミは、お屋敷のメイド長であるマリーに呼び出された。マリーは、かつて人間のメイドだったが、結衣に仕えることで、その能力を極限まで高められた人物だった。彼女の表情は常に冷静で、その言葉には絶対的な権威があった。
「あなたたち二人には、新たな任務を命じます」
マリーの言葉に、ララとミミは緊張した。
「私たちは、神宮寺様の命により、新たに『穢れの地』から救い出された動物たちの世話を任されています。あなたたちには、その中でも特に精神的に不安定な子たちの担当になってもらいます」
マリーの視線が、ララの耳と尻尾に向けられた。
「あなたたちは、かつてあの穢れに満ちた世界で、辛い経験をした。その経験は、彼女たちを救うための力になるはずです」
ララとミミは、マリーの言葉に息をのんだ。自分たちの過去が、こんな形で役に立つとは、思いもしなかった。
二人は、神宮寺様のお屋敷の敷地内にある、新しく建てられた施設へと向かった。そこは、清潔で光に満ちていたが、檻の中には、怯えた目でこちらを見つめる動物たちがいた。犬、猫、そして、これまで見たこともないような動物たち。彼らの瞳には、恐怖と絶望が宿っていた。
「大丈夫だよ。もう、ここは安全だから」
ララは、そっと檻に近づき、犬に話しかけた。しかし、犬はララの言葉を理解できず、ただ怯えるばかりだった。
ララは、ゆっくりと檻の扉を開けた。犬は、さらに身をすくませた。ララは、犬の目線までしゃがみ込み、優しく、語りかけた。
「怖くないよ。私は、君と同じ。昔、犬だったの。君が、どんなに辛い思いをしたか、わかるよ」
ララの言葉は、犬には通じなかったかもしれない。しかし、その声に含まれた温かさと、共感の気持ちは、犬に伝わったようだった。犬は、ゆっくりとララの手に鼻を近づけ、震える体で、その匂いを嗅いだ。
ララは、犬の頭を優しく撫でた。その瞬間、犬の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
ララは、新たな任務の重さを感じた。自分は、この完璧な世界で、ただ幸せに生きるだけではない。かつての自分と同じように、絶望の淵にいる命を、救い出す義務があるのだと。
第九章 獣人部隊とウルフの誓い
ララが新たな任務に奮闘する中、ウルフは神宮寺結衣の護衛という重要な役割を担っていた。彼の任務は、結衣が『穢れの地』へ赴く際に、その身を護ること。結衣の力は絶対的だが、物理的な攻撃には無力だった。そのため、彼女の護衛には、優れた戦闘能力と忠誠心を持つ獣人が選ばれていた。
ある日、ウルフは結衣とともに、かつての隣国、現在の『資源大陸』へと赴いた。そこは、結衣が浄化した後、資源採掘場として利用されていた。かつての都市の面影はなく、ただ荒涼とした大地が広がっている。
「ウルフ、お前はなぜ、私に仕えるのだ」
結衣は、静かにウルフに問いかけた。ウルフは、一瞬戸惑ったが、すぐに決然とした表情で答えた。
「私は、あなたに救われました。あの地獄のような世界から、私と、そしてララを救い出してくださった。だから、あなたのために命を投げ出すことに、何の迷いもありません」
結衣は、ウルフの言葉に微笑んだ。
「そうか。お前の心は、清らかだ」
その時、地中から、巨大な怪物が姿を現した。それは、穢れが凝縮して生まれた、異形の存在だった。怪物は、結衣に向かって咆哮し、襲いかかった。
ウルフは、迷うことなく、結衣の前に立ちふさがった。彼は、持っていた剣を抜き、怪物に立ち向かう。しかし、怪物の力はウルフの想像をはるかに超えていた。ウルフは、怪物の攻撃を受け、吹き飛ばされる。
「ウルフ!」
結衣が叫んだ。ウルフは、怪物の足元で、血を流しながらも、結衣を見つめた。
「神宮寺様……!」
ウルフは、満身創痍の体で、再び立ち上がった。彼の瞳は、強い光を宿していた。
「私は、あなたを……ララが大切にするこの完璧な世界を、守ります!」
ウルフは、叫びながら怪物に突進した。その瞬間、彼の身体から、淡い光が放たれた。それは、結衣の浄化の力とは違う、ウルフ自身の純粋な忠誠心から生まれた光だった。光は、怪物を包み込み、その動きを止めた。
その隙に、結衣は怪物の穢れを浄化した。怪物は、光の中に溶け、消滅した。
結衣は、倒れたウルフに近づいた。
「よくやった、ウルフ。お前は、この世界を護る、真の戦士だ」
結衣の言葉に、ウルフは安堵の表情を浮かべた。彼は、この命が尽きても、この世界と、そして愛するララを護ることができたことに、心の底から満足していた。
第十章 ララの決意
ウルフが怪物を撃退したという知らせは、すぐにメイドたちの間にも広まった。ララは、ウルフが無事だと聞いて安堵したが、同時に彼の身を案じずにはいられなかった。
その日の夜、ララはウルフの部屋を訪れた。部屋の中には、ベッドの上で静かに横たわるウルフの姿があった。彼の身体には、かすかな光が宿っており、それは結衣の浄化の力による治癒の光だった。しかし、完全に傷が癒えるには、まだ時間がかかりそうだった。
「ウルフ…」
ララは、ウルフのそばにそっと腰掛けた。ウルフは、ララの存在に気づき、ゆっくりと目を開けた。
「ララ…大丈夫だ。もう、痛みはない」
ウルフは、弱々しい声でそう言った。ララは、ウルフの大きな手に、そっと自分の手を重ねた。
「無茶しないで。私、ウルフがいなくなったら…」
ララの瞳から、涙がこぼれ落ちた。ウルフは、その涙を優しく拭った。
「心配ない。俺は、神宮寺様と、この世界を護る。そして、お前を護るために、絶対に死なない」
ウルフの言葉に、ララは涙を拭った。彼の瞳は、かつてないほど強い光を宿していた。
「私…決めたの。私も、もっと強くなる」
ララは、決意を込めて言った。
「私も、神宮寺様と、この世界を、そしてウルフを護るために、もっと役に立ちたい。ただ、守られるだけの存在じゃなく、護る存在になりたい」
ウルフは、ララの言葉に驚いたが、すぐに優しい笑顔を見せた。
「お前は、もう十分強い。お前がいてくれるだけで、俺は、この世界で生きていく力が湧いてくるんだ」
ウルフの言葉に、ララは顔を赤くした。
「ありがとう、ウルフ」
ララは、ウルフの手を強く握りしめた。この完璧な世界で、自分は愛する人を見つけた。そして、その愛する人を護るために、自分は強くなる。
ララは、静かに誓った。神宮寺様が創り出したこの完璧な世界を、自分は、自分の手で護っていくと。
第十一章 ララの新たな才能
ウルフとの誓いを胸に、ララはより一層仕事に励んだ。特に、『穢れの地』から来た動物たちの世話には、並々ならぬ情熱を注いだ。彼女の優しい心と、かつて犬として経験した苦しみが、言葉を話せない動物たちとの間に、特別な絆を生み出したのだ。
「大丈夫、もう怖くないよ」
ララは、怯えて檻の隅にうずくまる子犬に、優しく話しかけた。その声は、魔法のように子犬の心を解き放ち、子犬はゆっくりとララに近づいてきた。
ララは、子犬を抱き上げ、その震える体を優しく撫でた。その瞬間、子犬の瞳の奥にあった恐怖と絶望が、温かい光に変わった。ララの手に、子犬が心を開いた証である、微かな浄化の力が宿ったのだ。
その光景を見ていたマリーは、驚きを隠せなかった。
「ララ…あなたは、神宮寺様と同じ力を持っているの?」
マリーの問いに、ララは首を振った。
「いいえ。これは、神宮寺様の力とは違います。ただ、この子を助けたいという気持ちが、形になっただけです」
ララの言葉に、マリーは深く頷いた。ララの力は、結衣の絶対的な力とは違う。それは、穢れを払う力ではなく、傷ついた心を癒し、新たな希望を与える力だった。
マリーは、このララの特別な才能を、神宮寺様に報告した。神宮寺様は、その報告を聞き、静かに微笑んだ。
「その子は、私とは違う。私にはできない、優しい浄化ができるのだろう」
神宮寺様は、ララに新たな任務を与えた。それは、穢れの地から来た動物たちだけでなく、穢れの地に追いやられた人々を、言葉と心で浄化すること。
ララは、新たな任務に、身が引き締まる思いだった。しかし、彼女の心に迷いはなかった。愛するウルフ、そして、この完璧な世界を護るために、自分にできることがある。
ララは、新たな希望を胸に、穢れの地へと旅立つ決意をした。それは、彼女にとって、新たな試練であり、そして、新たな始まりだった。
転生メイド